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運命の時②

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【side アオ】

穏やかな日々だった。
蓮は忙しそうで。
朝早くに出勤して、帰りは深夜で。帰って来られない日もたまにはあって。

でもそれは全て、『あの子』のためであって。
『あの子』の運命を変えるために、蓮は闘っているんだと感じた。

闘っている相手は、病気であり、死神。

「今日な、データ良かってさぁ……」
「なんや合併症が強くて心配やわ……」
「しんどいやろうにさぁ、笑ってん今日!」

蓮は知らない、俺の仕事。
知られてはいけない、俺の仕事。

蓮が恐ろしいほどに報告してくる『あの子』の病気の具合は、良いのか悪いのか、俺にはさっぱらわからなくて。でも蓮が、『あの子』の具合のちょっとの変化で、心から喜んだり落ち込んだりしているのが、わかる。それくらい一生懸命で。俺はただ、『あの子』が対象となる仕事依頼が来ないことを、祈るしかなかった。

サツキさんはというと、それは生き生きと仕事をしていて。暇さえあれば人間の世界をウロウロして人の顔を覗き込んで、兄ちゃんがいないか探し回っている。流石に、子ども相手の仕事は控えてもらっているようだが。サツキさんの死神としての腕はかなりものものらしく、その分他に回すことが大変だとケイがボヤいていた。

俺は、多分その分の子どもの仕事が回ってきていて、蓮の話を聞けば聞くほどその仕事の重さを知って、難しさに心が折れそうになりながら。

でも蓮と過ごす時間に救われながら。仕事をこなし、時を過ごした。





仕事がない日。
蓮が俺に指令を置いていった。

「家を探せ」
「家ぇ!?」

もう、出会ったばかりではない、俺たちの関係にはなったと思う。どちらかが美味しくない料理を作っては文句を言いながら食べるのが通常で、焦げたとか硬いとか切り方がデカイとか。そんな言い合いが、心地よくて。

そして夜は、優しく包まれ抱かれることが、幸せだと思った。

「時間ないねん俺マジで!」
「それはわかる」
「俺の家の候補……探してくれへん?」
「どんな家よ……」
「アオがいても狭くない家」
「俺? 俺はあの家は引き払えへんよ?」
「わかっとるわ、でも入り浸るんやろ?」
「なんやその言い方!」
「いやだからさ……一緒に住む家や無いけど、アオが居心地いい家でええよ」

最近の蓮は、少しだけカッコ良いときがある。言い合いして、もう知らん!ってなることより、最後になんかカッコいいこと言って、俺が黙らされることが増えた気がする。

俺が居心地いい家ってどんな家だよ……と、蓮の予算で。この辺の地域で、少し広めのマンションを探す。

俺の居心地のいい家って、どんな家やろ。
居心地だけで言ったら、今の家で全然居心地悪くはない。ただ、ベッドが狭いだけ。でもベッドを大きくしたらあの家は、それだけでいっぱいになる。

不動産屋の入り口で、間取りを眺めながらそんなことを、考える。

「お引っ越しをお考え中ですか?」

外勤の後なのだろうか。
資料を手にした女性が店内に戻るその途中に、声をかけてきた。

「よろしければご案内できますよ」と、笑顔で促される。

「あ、俺やないんですけど……友達の家で……このくらいの間取りと値段で。資料だけいただけますか?」と、言うと笑顔で店に通された。

「どのような家がご希望ですか? このくらいの予算ですとかなりご要望に沿ったお部屋をご用意できそうですが」
「あー……」

言葉に詰まって、改めて考える。

「広すぎなくて……リビングと寝室は別で。できれば……夜景が見える部屋がいいと、言っていました」
「他にはなにか、ありますか?」
「んー……空から、見えやすい場所……」
「空?」
「あー、なんでもないです」
「パイロットさんとか……ですか?」
「え?」
「いえ、失礼しました。空から、という表現はあまり聞かないものですから」
「あぁ……まぁ、そんなもんです」
「素敵ですね」

女性はにっこり笑って、いくつかの書類を持ってきた。この地域にタワーマンションは少なくて。隣駅や少し離れたところまで。いくつかの夜景の綺麗なマンションと、この地域の低層の綺麗なマンションをいくつか手渡されて。

「内見もできますよ?」なんて言われるが俺が見ても仕方ないから、丁重にお断りして店を出た。

と、目の前に見覚えのある顔があって。
金髪にサングラスをかけたやたらデカイ人。街で見かけたら目を逸らしたくなるような人が、「よぉ」と声をかけてきた。

「サツキさん!」
「どーした、新居か?」
「んや、俺のやないっす」
「やろなぁ、アイツの?」
「うん、今の家で狭すぎて」
「へぇ、幸せそうでなによりやわ」

サツキさんは笑って俺の頭をクシャッとした。
その手は大きくて。いつか兄ちゃんが俺にしたみたいに、あったかい手だった。

「サツキさん、兄ちゃんみたいやんね」
「アキはもっとできたヤツや」
「早く見つけてや、兄ちゃん待っとるわ」
「おー、探しとるんだわ今日も。なんか手がかりないねんかなぁ」
「前住んどった場所の近くとか思い出の場所とか、ないん?」
「……そんなんとっくに探したわ……」
「ですよねぇー」

見つからない兄ちゃんを求めるサツキさんの声は明るくて。それだけで、よかったと思った。

「あ、あのさ、わからんけど……」
「……なに?」
「俺、空から見えやすい家がええなぁって、思ったん……だよね……」
「……空から?」
「なんとなく、さ。飛ぶやん、俺ら」
「うん」
「目印というか、そーいうところ……? 兄ちゃんに少しでも引っかかる記憶みたいなのがあればやけど……俺らが探し出しやすいところに、おったりせんかなぁ……そんな記憶もないねんかなぁ……」

そもそも兄ちゃんが人間に戻ったのか、死神としてどこか現場ではないところにいるのか。それはわからない。でも兄ちゃんはきっと、サツキさんを待っていて、サツキさんが見つけてくれる場所に、いる。


そこへ突然、スマホが鳴った。
それはケイからの、明日の仕事の依頼。

「あー、仕事の連絡や」とボソリと呟いて、いつものようにそれを開く。

そこには、小さな子どもの写真、場所は、蓮の病院の一室、であった。

「あ……」

あの時、かざぐるまを持った子どもは、こんな顔をしていたんだったか。いや、覚えていない。そんなハッキリとは、覚えていない。

それでも、俺は嫌な予感がして、キュッと唇を噛んだ。

「アオ、どした?」
「明日の仕事の子……蓮が治そうとしとる子、かもしれん……」
「あー、アイツ医者やったな……」
「蓮がいつも話しとる子やと思う……」
「……アオ、大丈夫か?」
「……うん……」

浮かぶのは、蓮の顔。
どんな悲しい顔を、するだろう。
どんな喪失感に、襲われるだろう。
蓮はどんな想いを、するんだろう。

「アオ、忘れんなよ?」
「なに?」
「俺たちは、死神。運命は、変えられん」
「うん……」
「ちゃんと、帰れよ? アイツの家に、帰れよ?」

頷くことしかできなくて。
それでも、俺には選択肢なんてない。
やるしかない。
記憶を消されて、皆の記憶から消えてしまうなら、死神としての職務をまっとうするしかない。

「信じとるからな!」

もう一度、サツキさんはそう言って。
パシンと、背を叩いた。


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