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記憶のカケラ①
しおりを挟む【side アオ】
朝日がめちゃくちゃ眩しくて、目が覚めた。
角部屋で、窓がデカイこの部屋は、朝日も夕陽も綺麗に見える。でもカーテン閉め忘れると朝は悲惨。相当早い時間から起こされる。
「……まぶしっ……何でカーテン開いとるん……」
あまりの眩しさに寝返りを打とうとして手に、なにか硬いものが当たる。
「ん……なんやこれ……」
小さな小瓶が手には握られていて。
「なんやっけ……これ……」
見たことがあるようなないような。
小さな小瓶を朝日に当てる。
太陽の光が小瓶に降り注いで、キラキラ輝いて。そしてなにか懐かしいような温かい気持ちと、淋しくて切ないような気持ちが同居して、なぜか心がキュッと締め付けられるような感覚になる。
その時ドガンと音がして、窓に黒いものが張り付いた。その光景はただのホラーで。
「ビビるわマジ……」
着地を多少誤ったサツキさんがそこにはいて、俺はカチャリと窓を開けた。
「おはよーございます」
「俺はおやすみと言いたいわ」
「どーしたんすか?」
「お前が連絡してこうへんから待っとったんやん」
「へ? 連絡?」
「は?」
サツキさんが眉を顰めて、ドタドタと部屋に入り込んだ。ぽふんとソファに座って、じろりと俺を見上げる。
「昨日、子どもの仕事自信ないって言うとったやん」
「え? ……あぁ……そうやったかも」
「は!? だから大丈夫やったか心配しとったんやで!?」
まだ思考がぼやけているような気がして、目を覚まさなくてはと、頭をぶんぶん振り冷蔵庫を開けた。ミネラルウォーターをプシュッとあけ、ゴクゴクと流し込む。
「え。連絡待っとって寝とらんすか?」
「……何回か連絡したんやで? でも全然繋がらへんし……しゃーないからアキ探しに出とったわ」
「あぁ、兄ちゃん……」
兄ちゃん。そうか。
いまいち目が覚めきらない感覚。
消されて、どこかにいる兄ちゃんをサツキさんは探していて……なんで、なんで兄ちゃんのこと、思い出したんやっけ? サツキさんの絵と、かざぐるま……かざぐるまはどうしたんやっけ。祭りに、行ったんやっけ? 祭り? 行ったっけ……。
「かざぐるま……どこやっけ……」
「かざぐるま?」
「あれ……どこ行った……?」
「……さぁ……お前持っとったやん、どした?」
「……わからん、なんか曖昧やねん」
「なにが?」
「全部が……」
俺はサツキさんの隣に座って小瓶を差し出す。
「これ、なんやと思う?」
「……知らん」
「俺もわからん……でも持っとった……」
「香水?」
シュッと目の前に振りかけて、その香りを確かめる。
「あー、アオの匂いやん」
「俺の?」
「ケイにでももらったんちゃう?」
「……そうやったっけ……あぁ、そうやったかも」
サツキさんに言われて初めて、そうだったかもと記憶が繋がる感覚。それが本当なのかどうか、もはやわからない。不思議な感覚。
「アオ……大丈夫か?」
「……わからん。疲れとるんかな」
「かもな……」
「サツキさん、兄ちゃんの記憶なくした時……どんな感じやった?」
「……」
「こんな感じやった?」
兄ちゃんのことがなかったら、疲れてるのかなで終わった感情だったかもしれない。
寝起きのぼやぼやした感じ。それでも少しずつその記憶が繋がって、そうだったかもしれないと納得していく感じ。
でも今は、違う。
兄ちゃんのことがあったから。
俺の記憶が、違うように置き換えられたのは、こうやって記憶を更新していたからかと、納得する。
きっと、何かが起きて。
何かを、消された。
「俺、なにを忘れてしまったんやろ……」
わからない。
なにを、忘れたのか。
「昨日、なんであんな場所におったん?」
「……昨日……」
昨日、サツキさんに会った。
俺はなんであそこにいた?
なんで、あんな場所に……。
「お前、空から見えやすい家とかに、アキおらへんかなぁって、言うとった」
「空から……?」
「空から、なんでそんなこと思ったん?」
「……そんな家……なんで俺、家のこと……」
兄ちゃんを俺も、探してたのか?
そんな気もするけど違う気も、する。
髪を、クシャッと掴んで、朝の街を見下ろす。
空から、見えやすい場所。
そこに。何があるのか。
サツキさんが突然スマホを取り出した。
「オイ、お前アオに何したん?」
誰かに向かって挨拶もなしに電話越しに詰め寄る。
相手はきっと、ケイ。
「朝とか知らへんわ、こっちは朝から気分悪いわどーいうことやねん。……は? お前……わざとやろ……どーいうことやねん、お前こっち来いやまじで!」
なんの話か、どんどんヒートアップして行くサツキさんを宥めるように俺は、サツキさんからスマホを奪い取った。
「もしもし、ケイ?」
『あ、アオ……大丈夫か?』
「なにが?」
『……いや、別に……』
「なぁ、ケイ……ケイが、やったん?」
『……』
黙り込むのは、それが、答え。
「なぁ、ケイ……なんでなん……?」
『……』
「死神は……奪うことしかできひんの?」
死神になるとき、家族も友だちも、自分のこれまでの存在も、奪われて。そして死神になって、命を奪う。そして大切な何かを、奪われた。
いや、違う。
なんだ。
なにかが、引っかかる。
俺はなにかを、奪うんじゃなくて。
奪うんじゃなくて……どうしたかったんやっけ。
『……アオ、ごめん……』
「どしたら……思い出せるん……兄ちゃんみたいに、どうしたら……」
『俺も動くから、待っとって……』
「動くって……なに?」
『こんなん俺やって、もう……嫌や』
一方的に通話は切られた。
サツキさんはイライラしていて、俺は、得体の知れないモヤモヤに支配されていて。
でも、どうしたらそれを掴めるのか。
わからないまま、時を過ごした。
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