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記憶のカケラ③

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【side アオ】

どんな感情になるんやろう。
俺は、兄ちゃんの時みたいに、思い出せるんだろうか。

あのチラシに書かれた住所の方向に向かって、飛び上がる。黒い、鳥のように。高く、高く。

ビルの屋上に降り立って、街を見下ろす。
すっかり空が暗くなって、夜景が見える。
人々の、生きる光。

このどこかに、探している誰かがいて。
そして兄ちゃんが、いる。

「あの辺やなぁと思っとる」
「ん? 兄ちゃん?」
「うん……」

遠くに見える観覧車と、黒い海。
確かに、サツキさんの部屋から見える。
遠くのテーマパークの光と、海が。
朝は海が光って、すごい綺麗に見える。

「兄ちゃん待っとるわ……」
「うん……」

サツキさんは小さく頷くと、ぐるりと辺りを見渡した。

「あ……あそこ……?」

指さした先には、変わった形に光る形。

「あれは……星形というのか?」
「まぁ、星っちゃ星や」

放射状に建物があって。
最上階の屋根には大きく窓がとられていて、こちらを見られているかのような、そんな気にすらなる。

「あの手前のマンションに降りるか……」
「うん……」

心音が、、ドクンドクンと大きく響く。
俺は何を、思い出せるのか。

サツキさんに手を握られて、それはあの日にギュッと握られていたのと同じ、大きくて温かくて、力強い。

近くのマンションに降り立った。
さっきよりも近くて、大きな窓から、中が見える。

そこには日常があった。

食事をする家族。
子どもを叱る母親。
机に向かう学生。

普通の日常があって。
俺にはない、普通の、生活があった。

「あっ……」

視線を一軒ずつずらしながら、窓の中を覗くように見て。そして、一番端の家でその視線が、止まった。

たった今、電気がついた。
帰宅したばかりなのか。

大きな窓から光が漏れ出てそこに映るのは、背の高い人と、かざぐるまの、シルエット。

そのシルエットが動いて、窓から、空を見上げた。

月を、見上げて。
星を、見上げて。
そしてそのかざぐるまをカラカラと回して、窓近くにある棚に、おいた。

なんだ、この感覚。

ガツンと頭を殴られたかのように、何かが頭の中で響いている。

なんだ、アイツはなんだ。アイツは誰だ。
知っている。

『一緒に見ようや』

なにを? なにを、見ようと言った?

そう、確か。

『朝日も、夕陽も、夜空も』

今、夜空を見上げたアイツと、その話をしたんだったか?

一緒に、見たかった。
そう、一緒に見たかったんだ。

「アオ……大丈夫か?」

頭を抱えて俺は思わず、しゃがみ込んだ。
頭が、割れそうに痛い。

隣のサツキさんの声が、遠くに聞こえる。

「あ? アオ、あれ、ある!? あの瓶! 香水!」
「香水……?」

ローブの内ポケットに忍ばせた、香水。
ギュッと握る。
取り出してそれを見つめた。
シュッとひと吹きして、いつもの香りに、包まれた。

その瞬間に、ガンガンとウチから殴られているような頭痛が収まり、ウチから殴っていたものが、溢れ出た。

俺の頭の中に。
溢れ出た。

それは、アイツの不満そうな顔。

なんで、なんでそんな顔するん。
笑ってや、こんな時は、笑ってや。
なんで、なんでそんな顔しとるん。
俺が、病院行かんって拒否しとった時の顔やん。
お前の、不満そうな、怒った顔。

笑ってや。
いつも一生懸命やったお前の、笑った顔が、心から嬉しそうに笑うところが、好きやったんやんか。

なぁ、蓮。


気づけば俺は、ガバッとローブを靡かせて飛んでいて、蓮が見上げていた屋根の大きな窓に、降り立った。

それはまた、華麗な着地ではなくて。
空から降ってきて落ちたみたいに。
まるでカエルが張り付いたかのように。
窓に、ビタンと張り付いた。

「は!?」

突如目の前に現れた姿に蓮は、大きな声をあげて、腰を抜かして。でも次の瞬間バルコニーに飛び出して。

「どうしたんすか!? 大丈夫っすか! どっから落ちてきたんすか! 怪我は!? ちょっと中入ってくださいっ!!」

その反応に、記憶が戻ったのは自分だけだという事実にズキンと心が痛んで、でもそこにいる蓮は、出会った日の蓮と同じで。

「蓮……覚えてへんの?」
「へ……?」
「アオやん……これ、蓮にもらってんで?」
「あ……香り、この香り……今日病院で匂った香りや」
「蓮の、好きな香りやろ?」
「なんで知っとるん? てか、え、誰?」
「アオやん……アオ……」
「アオ……?そんなマントして……空から降ってきたん? ……なにもん?」
「俺は……」

言いかけたところで、サツキさんが飛んできた。

「アオ! あかんって!」

その叫び声に、ギクリとして口をつぐんだ。
でも目は蓮から離せなくて。

「今明かしたらまた同じことんなるで! せっかく繋がったのに、消されんで!」
「……じゃぁどうしたらええん……目の前におるのに! なんもできひんのかっ!」

大きな声が出て、その声が震えていて、その意味は、怒りか、悲しみなのか。

蓮に会えたのに。
会えたのに、なんで。

「死神……さんですか?」

震える声で、蓮は俺たちを見つめている。

「え……なん、……で?」
「子どもたちが話すイメージが、あなたたちそのものです……」
「……」

なんて答える?
死神だと言えば記憶を消される。でも言わなかったら、俺は嘘をついて。蓮と向き合っていくのか。

そんなの、嫌だ。
俺は、俺は……


「そうや……俺は、死神や……」


覚悟した。
また、ケイが来る。
そして、蓮の記憶が戻らないまま、あの選択を迫られる。同じことの繰り返し。

「死神……?」

青ざめる蓮の顔。
それは、死神が自分を迎えにきたんだと思ったんだろうか。普通そうだろう。突然目の前に、現れたのなら。


「死神……そうやん! アオやん!」
「へ?」

青ざめた顔に一気に血色が戻ったかと思ったら今度は紅潮させて、蓮は叫んだ。

「なんで? え、何が起きとったん? なんでお前……つぅかソイツはアイツやん! 俺許してへんからな!? っつうかはよ入ってこいってんなとこおったら事件なるで!?」

捲し立てるように叫ぶ蓮に、俺はサツキさんと顔を見合わせた。

なんで、なんで記憶が戻った?
なんで、ケイが現れん?
なにが、起きた?

その時、ズサーーーっと大きな音を立てて、空から何かが、落ちてきた。

「今度はなんやーーっ!!!」

目の前に、バルコニーに落ちてきた黒い塊は、ケイで。後退りして蓮は叫んだ。

「ケイ……」
「まじ……勝手なことしてんじゃねぇよ……」
「は?」
「死神やとかなに自分から言っとんねんや!」
「んや聞かれたから……」
「アホやないか! 言ったら俺出てくるしかないやろ!」
「またか! お前またやる気か!」
「つぅかそこで叫ばんとってくださいって!」
「俺らは世の中から見えてへんわ! お前ひとりで騒いどるわ世間的には!」
「え、まじっすか!!!」

ただ、ただ、混乱した状況に、サツキさんが叫ぶ。

「毎回やけどお前は何しに来たん!!!」

その声に、ケイがピタリと動きを止めた。
そしてやけに、得意げな顔をして、わざとらしい咳払いをした。

「なんやねん……」
 
その態度に思わず、舌打ちをする。

「おいおい、そんな態度とっていいのか?」
「いきなり本部ヅラしてなんやねんお前は!」
「知らせがある」

声を張って。
その声が、響き渡る。

「事前申請と本部の審査を通った場合に限り、人間と死神の共存を、許可する!!」

先ほどまでの混乱はどこへ行ったのか、シーンと辺りが静まり返った。

ポカーンと口を開けたままの蓮。
眉間に皺を寄せたサツキさん。
そしてやけに得意顔の、ケイ。

「いや……ちょっと意味わからん、今は共存しとらんの? 俺ら人間の世界におるけど」

眉間に皺を寄せたまま、サツキさんがツッコむ。

「いやいやちゃうねん! 存在を明かしながら一緒におるとか! それが許可されたん! だからアオと蓮は、このままでええねん!!! ホンマは事前申請と審査が必要やねんけど! もうお前らは俺の審査済みってことで許可してきたん! 間に合わへんかったらまた消さなあかんかってんで? 勝手なことすんなやだから!」

ペラペラ喋る。
軽くて、本部の人間らしくないケイ。

「おまえ……なんやそれ……」

腹の底から、感情が湧き上がる。
一方で、カラダの力はヘナヘナと抜けていくような、感覚。

「なんやそれはーーー!!!」

そして俺は、ケイに飛びついた。

「いやなんやお前! 蓮はあっちや!」
「だって……ケイも本部の人間らしくなったやーんっ!」
「俺やって仕事してんねんでちゃんと!」
「やんなー見直したわー」

チラリと蓮を横目に見る。
安堵したような、でもまだ困惑したような顔をして。

俺は、死神で。
そして蓮は、人間。

俺の仕事は、人の命を終わりにすること。
蓮の仕事は、人の命を救うこと。

相反する仕事にプライド持って。
迷いながら譲れない芯を持って。


そんな俺たちがこれから、一緒に、生きていく。

一緒に、生きていこうな、蓮。


「あ、そーいえばアキさんの記憶も戻しときましたよ。今頃、あの部屋戻ってんちゃいますか?」

俺にぎゅうぎゅう抱きしめられながら。
ケイはサツキさんに向かってニヤリと笑った。

「お前! それはよ言えやっ!!!」

サツキさんは怒鳴り声をあげて、夜空に高く、高く、飛んでいった。



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