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旅の終わりと戸惑いと
しおりを挟む戸惑っていた。
深く考えないようにしていた。
あの時湧き上がってきた感情を、どう処理すれば良いのか、どう解釈すれば良いのかーー。
*
「あーイクっーー櫂、櫂……イクよ……ッーー」
パチンというゴム音の後、櫂の腹の上に朔良は遺伝子をぶちまけた。
「あーー……朔良ーー」
ハァハァと息を整え、その白濁の液をSUUのカメラが追うのを待つ。そのカメラのレンズは、遺伝子から朔良の上気した頬へと移動する。
そして、「カットー」と言うSUUの声を合図に、一旦撮影は止まった。そして一度トロトロのソレを綺麗にした後、今度は櫂が朔良に、挿入をした。
一度果てた後のその行為。
そのまま横たわりたい気持ちに鞭打って、朔良は、彼を受け入れた。
力の抜き方が上手くなったのだろうか。
1回目ほどの痛みは、感じなかった。
ただ、違和感ではあって、挿入による気持ちよさを感じるものではなかった。
はずなのに。
覆い被さる櫂の顔は、ついさっき果てる直前に見たすがるような、仔犬のような瞳ではなくて。鋭い視線、鍛え上げられた身体、それとは真逆の、優しく髪を撫でる手、そして「朔良…」と呼ぶ甘えたような声。
その姿に朔良は、下腹部に感じる違和感とは違う、こみ上げる感情を、捉えていた。
「櫂……櫂……好きだよ、櫂…… —— 」
「もっと、もっと突いて…… ——」
気づけば朔良は、櫂の腕をキュッと握り、櫂を、求めていた。
・
締めの撮影も含め、深夜にまで続いた仕事から解放されたのは、日付も変わり数時間が経ってからで、「おやすみなさい」と布団に入るその瞬間まで、カメラに収められた。
「きっつかったなぁ~」
「なんやねん凌空、はよねぇや」
「一緒に寝よ~斗真ぁー」
「弦のとこ行けやー」
「弦ちゃん怒るもん……」
まるで修学旅行のように、並べられた布団で戯れ合う。今にも寝落ちそうな朔良の隣で、櫂はスマホをいじる。
「こんな時間に、誰かと連絡?」
「ん? まぁな……」
「櫂……ケツ大丈夫?」
「ん……大丈夫。朔良は?」
「ん、大丈夫……」
布団をすっぽり肩までかけた櫂は、ソレを聞いてふっと笑った。
・
「お疲れっしたー」
「お疲れさまー」
「家に帰るまでが遠足だからね」
「はぁぁーい」
朝、カメラ片手のSUUに起こされた俺たちは、睡眠時間3時間程度で、朝からジャケット撮影や旅風景撮影などをこなし、ホームである横浜へと戻ってきたのは、すでに日が暮れた頃であった。
その、最後の最後までKANはカメラを回し続け、休日の夕方の横浜駅で行われるその光景に、道行く人は視線を向けた。
「俺これから仕事なんだけどぉー」
「まじっすか」
「朔良、これから来る?」
「え、行こかな」
「まじで? おいでや」
「つーか、仕事なんすか?」
「内緒」
「こわっ!!」
昨夜ひとり隅っこで早々に寝た弦を、ふざけてばかりの凌空が構わなかったのはこのためかと、朔良は凌空を横目に見た。
これから大阪に帰るという斗真に絡んでは怒られて、相変わらずの天真爛漫ぶりを発揮している。
「櫂は? 行く?」
「んや、ちょっと帰んないといけなくて」
「家?」
「そう、ウチ厳しくて」
「女子高生かよ!」
弦にパシッと肩を叩かれた櫂は、笑って手を振った。櫂を見送り弦の方へ振り返ったその時、後ろから聞こえた声にその現場が、凍りついた。
「あー、ミツキくん?」
女の声に、朔良の心臓の音が、バクバクと波打った。
できるだけ平静を装って、朔良はその声に振り返った。
朔良の脳内には、振り返る前からそこにいる顔が浮かんでいた。朔良に話しかける女子は、そういない。
いつも難しそうな顔をして、ひとりボーッとしていることが多く、「とっつきにくい奴」と、女子は特に思っているだろう。
「あ。やっぱりミツキくんだー。どしたの?そんなスーツケース持って。旅行? あれ、なんかいつもと違う」
サクラは、朔良の頭のてっぺんから足元まで、さらりと視線を移した。
「サクラ……だっけ? どした?」
「あ、名前覚えてたー。友だちと遊んでた」
「へぇ」
「髪型が違うんだーいつもそうしてればいいのに。てゆーか……なに? ごめんなんか邪魔した?」
サクラは周りにいる人間の、いつもの朔良が醸し出す空気とは違うその雰囲気を察して、その大きな瞳を少し左右にずらした。
サクラの視線の先で、KANがニコリと愛想笑いをする。
「あー、いや、大丈夫」
「え、なに? カメラ? なにやってるの?」
「いや、別に……」
「え、なんかの撮影? ……まいっか、じゃ頑張ってね!」
KANの持つ、家庭用とは違う大きめの、マイクのついたカメラを見たサクラは不思議そうな顔をしながらも、恐らく空気を読んで、足早に駅から出て行った。
「さくちゃん……嘘下手すぎやん!」
一部始終を見ていたKANが、呆れたように朔良の背中を叩いた。朔良は一気に吹き出した汗を、腕で拭った。
「出方によっては応戦したろうと思ったのに、どーしようかと思ったぜマジで」
「たまたま取材うけてとか、読者モデルとかさぁ、いろいろあるじゃん言い訳!」
「でもクールな朔良の焦りようが面白かったなぁーオフショに撮っときたかった」
「撮ったところで使えんやん!」
「いやまじで焦りましたから! ここ大学も家も近すぎて怖いっすよ……」
朔良は力が抜けたように、ふっとしゃがみ込んだ。
なんとなく、踏み込んでしまったこの世界にいること。
何よりも怖いのが、身バレ。
警戒していなかったわけではない。
それを気にしないなんてことは、絶対にない。
この人たちといると、忘れかけてしまう現実。
アダルトな世界の、モデルをしているということ。
その事実に朔良は、翻弄されていた。
「とりあえず行こや」
膨大な編集が残っているスタッフと大阪に帰る斗真と別れ、朔良は弦と凌空に連れられて、横浜のとある場所へと、足を踏み入れた。
・
賑やかなその場所は、弦が足を踏み入れると、パッと雰囲気が湧いた。
「あー! こっちこっち!」
「待っとったでぇ!」
飲んでいた客たちに声をかけられた弦は、ひらひらと手を振りながら店の奥へと消えた。朔良と凌空はその店の店員らしき人に案内され、カウンターに座った。
「え、ここなんすか? バー?」
「ん、普通のバー」
「へぇ……バーで働いてるんだ……バーテンすか?」
「んや……見ときぃ、かっこいいから。惚れるよマジで」
凌空は横目に朔良を見て得意げに言うと、カウンターの中にいるマスターに話しかけた。
「マスター、こいつ、まだ未成年だから」
「え、未成年連れてきたの?」
「兄やんの新しい弟だから」
「また増えたんか弟……」
「たまに減るけどな」
マスターは穏やかに笑い、凌空に酒を、朔良にノンアルコールカクテルを出した。
「酒、飲めますけど」
「アホか今は厳しいんだよあと数ヶ月だろ?外では我慢しろ家で飲め」
凌空は朔良のグラスに手にしたグラスをカツンと当て、そして口をつけた。凌空の顔は、王子様という代名詞がまさに似合う、王道の綺麗さがあった。
カッコいいとか可愛いではない、子供の頃見たディズニー映画に出てきた王子様のような、そんな綺麗さがあって、出された酒を飲むその横顔は、美しかった。
そして同時に、朔良の心に湧き上がる。
なぜこの人が、あんなことをしているのか。
あんな世界にいるのか。
それを言うなら、斗真も弦も櫂も、あの事務所にいるモデルに対しては全員、その疑問が朔良の中に渦巻く。
朔良の視線を感じて凌空は、チラリと朔良を見た。
朔良の、目にかかりそうな長い前髪。それをかき分ける姿を見て、「その前髪エロくていいよなー」と笑う。
「朔良さー、撮影、きつい?」
グラスをカラカラと揺らしながら、凌空は聞いた。
揺れる酒を、じっと見つめて。
「まぁ……あれが良くなる時があるのかと思いますけど……」
「んーーまぁ、楽しいことばっかじゃないけどな……」
凌空が何か言葉を続けようと口を開いたその時、店がまた、わっと湧いた。
後ろに座る人々の視線の先。
そこには、アコースティックギターを持った弦が立っていた。
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「え、弦くん歌うんすか?」
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髪が、彼の顔を少しだけ隠し、影を作る。そこから覗く彼の目は、優しくギターを見つめていて、優しくも力強いその指先に、弦が弾かれる。
短い曲を弾き終えた弦は、立ち上がり、席を見渡した。
「今日も入ってんなぁ~ありがとうございます。あとは、食事と酒を楽しみながら、聴いてください」
そう言って弦は頭を下げると、また、椅子に座りギターを構えた。
カーキの長めのシャツが、ふわりと揺れる。
人々はそれを聴きながら、酒を愉しむ。
酒を交わす音、ナイフの当たる音、そこに流れる弦の奏でるギターの音。
そこに在る音は、ただ、ただ、心地よかった。
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