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なまえ
しおりを挟む「久しぶりじゃん、バイト」
「うん、最近他のバイトの方やってて」
「へぇ、ところでミツキ、サクラとなんかあった?」
「今仕事中ー」
腰にエプロンを巻いて朔良は、酒を運ぶ。
そこにいるのは、常連のリョウ。
リョウが常連というより、リョウの入るサークルが常連、と言った方が正しいだろう。
所謂、大衆居酒屋でのバイト。
理由は、時給がいいから。
学生のバイトが多く、シフトの自由が効くから。
あの世界に足を踏み入れてから、少し遠のいていた。
自分勝手だとは思う。
あれから、なんとなく避けている。
揺れる気持ちに、踏ん切りがつかない。
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朔良は、静かに、思考を巡らせる。
いつものこと。
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リョウは、ジョッキを片付ける朔良に向かい、おしぼりを投げた。朔良はそれを静かに拾い、リョウをジロリと睨み付ける。
リョウなりの気遣い。
それに気づかないフリをして、朔良はキッチンへと消えた。
・
夏のはじめに温泉の撮影をした。
気づけば、夏が終わろうとしている。
KANは、事務所の窓を開け、蒸し暑さの中に在る少しだけひんやりとした空気を感じ、煙草の煙を吐いた。
スマホの履歴は、朔良の電話番号で溢れる。
斗真、凌空、弦の3人で、作品を作り始めて1年。
新しいタイプの違うモデルを、探していた。
スカウトに出ても、それらしき人は現れなかった。
世の中、溢れるほどにイケメンはいる。
でも、画像ではなく映像とした時に、画になるヒト。
あの3人の中で、違う光を放つことができるヒト。
同じタイプでもない、でも、浮かないタイプのヒト。
そんなヒトは少なくて。
というか、ほぼいなくて。
たまたま電車で見かけた。
なにかにやたらイライラしていそうな若者。
彼だと思った。
何かに不満がありそうで、そこに感じる意志の強さと、若さ故の不安定さと、オトコ臭さとは違う、中性的な色気。切れ長の瞳、通った鼻筋、厚みのある唇、透き通るような白い肌。凌空のような王道のイケメンとも、斗真のような男らしい鋭さとも、弦のような雰囲気ある気怠さとも違う。
目が離せなかった。
彼が降りた駅は有名な大学があって。
そこの大学生だとわかるまでに時間はかからなくて。
大学の前で彼を追った。
ほとんど笑わない彼が、たまに見せる笑顔は、まだハタチ前後の、若干子ども感の残る可愛らしさがあった。あの笑顔を撮りたい。あの、彼の苛立ちと、笑った顔のギャップ。それを、撮りたいと思った。
「まだまだこれからなんやて~……」
「……どした?」
後ろに立つのは、櫂。
イベントの詳細を伝えるために呼んだのだった。
「朔ちゃんがなぁ~……」
「朔良がどうしたん?」
「連絡取れへんねん」
「え、大丈夫なの? なんかあったの?」
「んやちょっとなぁ……」
「喧嘩?」
「喧嘩って! なんやねん! 子どもか!?」
はははと笑う櫂は、スウェットにTシャツ姿で、それすらもサマになる。
「櫂は……辞めようと思ったことないの?」
「なにを?」
「この仕事やん!」
「え、朔良辞めんの?」
「んや、辞めたらどうしよ思ってん……」
「んーーー、あるよ」
「そりゃそうやんね……」
「でも俺は……」
「そやね……今日はええの?」
「ん……今家にいない」
「そか……」
櫂は、ビルの影に在り光の届かない、黒い空にその瞳を移した。
横浜の空に、星は少ない。
消えかけそうな星たちが、懸命に光る。
まるでそれは、懸命にもがく自分たちのようだと思う。圧倒的な光を放つ名のある星の影で、誰にも気づかれないで、そのうち、流れ星となり消えてしまいそうな。
「今日現実逃避しよかなー。ここ泊まっていい?」
「ええよー俺も仕事やねん、泊まりや」
「いつもいるじゃん、住んでんの?」
「ほぼウチやな」
「ははっ、あーコンビニ行って来るわ、なんか買ってくる?」
サンダルを引きずり、櫂は夜の道を歩く。
この世界に入り、同級生のモデルがいると聞いた。
どんな奴なんだろうと気になって、そして少し、嬉しかった。
あの温泉で初めて絡んだ同級生。
朔良は、自分とは違って、静かで、何かをちゃんと考えていて、でもなにを考えているかわからなくて。
でも話をすると考えていることは、自分と同じようなことだったりして、それを知ることが嬉しかった。
温泉での絡み、あの時の出来事を浮かべながら、コンビニを出た。ビールとつまみの入った袋を下げて。
「あっ……」
コンビニを出た櫂の目の前を通り過ぎた。
それは紛れもなく、朔良だった。
誰かといる。
友達だろうか。
「さく……」
呼びかけて、それを呑み込む。
本名を、知らない。
それでもKANの言葉を思い出す。
『朔ちゃん辞めたらどうしよう』
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考えるより先に、カラダが動いていた。
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その瞬間だけは、両親に感謝する。
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「か……」
朔良もまた、恐らく『櫂』と呼びかけて、その口を動かすのをやめた。
何か言わなくては……そう思う櫂の頭には、なにも浮かばない。
朔良……事務所……KAN……全てがNGワードのような気がして、口をハクハクさせ櫂は、朔良を見つめた。
「なに? 誰?」
やっと音を発したのは、朔良のバイト仲間。
「えっと……いや……知り合い」
朔良は櫂の瞳から視線を外さずに、言った。
「あの……さぁ、ちょっと来て」
「は?」
「ちょっと……とりあえずちょっと来て」
櫂の、精一杯の言葉だった。
櫂は朔良の手をぐいぐい引っ張って歩く。
「ちょっ……なんだよっ……」
背後で騒めくバイト仲間の声を聞きながら、朔良は力強いその手を払うことができず引っ張られていく。
「いてぇよ、なんだよっ櫂っ!」
「いいからっ……」
「良くねぇよなんだよっ!」
「お前さぁっ!」
事務所まであと少し、という路上。
急に立ち止まり振り返った櫂が、大きな声を出し朔良を見下ろした。
それを、朔良は睨みつけるように見上げた。
「あーー……えっとぉ……」
「へ?」
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「いや……よくわかんねぇけど、KANさんが困ってる……だけ」
「は?」
「いや、なんか言おうと思ったけど、俺なんも知らなかったわ」
「ふっ……なにそれ……」
「だってそうなんだもん。でもKANさんがすげぇ落ち込んでたところにお前見つけたから、なんとなく? 連れてかなきゃみたいな?」
「なんだよそれ……櫂だなぁ~」
「いや逆になんだよそれ」
「だから、櫂のそーゆーところ好きだわ」
「は? 前も言った気するけどさ、お前そっち系なの?」
櫂に掴まれた朔良の腕には真っ赤な痕があり、少しだけ緩めたその手の力に朔良は笑う。
「どんだけ必死なんだよ……」
「だって……」
「行くから……事務所。手離せって」
「やだ……」
「なんでだよ」
「なんとなく……」
「逃げねぇから」
「逃げそう」
緩めた櫂の大きな手は、男としては細い朔良の手首を静かに包む。
少し前をゆっくりと歩きはじめた櫂の背中を、朔良はちらりと見た。
男の背中をこうして見上げるのは初めてで。
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大きな櫂の背中から、朔良は、そっと目を逸らした。
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