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事務所にて(後編)
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洗い晒しのふわふわの髪、キラキラした瞳と、対照的なトロンとした瞳。そして、ゆったりと話す甘えた声。
夢ではない。
現実に目の前に在るそれに、そしてそれを目の前にした自分の感情。
朔良は完全に、動揺していた。
「ううん……あれぇ……こんなとこで寝たん俺……」
差し込む光に目を細め、櫂はもぞもぞと動いた。
「動いちゃあかんでそのまんまおって。櫂が起きたときの反応撮りたい」と、KANが先に起きた朔良に指示を出し、朔良は櫂が起きるまでしばしのマテをさせられていた。
「おはよ……」
微睡んだ声をかけた朔良の目の前にある、櫂の眩しそうな顔。長い手足は朔良に絡みつき、それは重みとなって朔良のカラダを押さえつける。
眉間にシワを寄せながら、少しずつ、ゆっくりと動く睫毛。そこから、徐々に現れる瞳。整った唇は少しだけ開いて、むにゃむにゃと動く。
こんなにも近くでまじまじと、人の顔を見ることなんてあっただろうか。そしてこんなにも、それに見惚れることなんて、あっただろうか。
「うおぉっ!朔良!」
ゆっくり開いた瞳が捉えた、目の前に在る朔良の顔に驚いたのか、櫂は大きな声をあげた。そして、
「びびったぁー朔良だったんか、なんかいい抱き枕あるなぁみたいな感じだったぁーすげぇフィットしてたんだけど!」
と、寝起きとは思えないテンションで朔良をまたぎゅぅーっと抱きしめた。
「うぉっ! 櫂まて! 手! 手ぇ痺れてる……」
「え? どこ? ここ? これか!?」
「マジやめろっ! いてぇよ!」
ソファで櫂の攻撃を受け、朔良はゴロンと転げ落ち、打ち付けた腰に手を当て顔をしかめた。
「朝からそのテンションかよ……」
「あははっ!朔の必死な顔好きだわー」
「アンタら……仲良しやなぁ」
カメラを回すKANにも、慣れてきたのか。
KANのそんな呆れ顔をモノともせず、櫂は寝癖のついたふわふわの髪をかき上げ、笑った。
・
「うまぁっ!」
「KANさんなんなの? 女子?」
「いやそのKANさんって嫌やねんけどー呼び捨てとかKANちゃんとかでええよ」
「んや、質問答えてよ」
KANの作った朝食は、トーストにサラダ、目玉焼きにスープ。こんなにも、ちゃんとした朝ごはんを食べたのは、いつぶりだったかと、朔良は自分の過去を思い返す。
不幸だったとは思わないし、母親が朝早くから夜まで仕事をしていることは仕方ないと思っていた。そんな友人は周りにもたくさんいた。ただ、小さい頃、イベントもなにもないことが寂しいと思ったことは、少なからずあった。
「久しぶりすよ、朝ごはんちゃんと食べんの」
「ご飯食べんと元気出ぇへんよ?」
「わかってはいるんですけどねぇ」
「KANさんさぁ……」
「KANちゃん!」
「KANちゃん……さぁ……」
「なに?」
「疲れないの? こんなに気使わなくてもさぁ……」
トーストを頬張りながら、櫂は言う。
カリカリと音を立てる櫂の前に、KANはやっと腰掛けた。
「まぁ……仕事やからね」
「これも?」
「モデルがどんだけの覚悟と勇気で出てくれてんねやろと思ったら、なんかしてやりたくなる」
「……お母さんだな」
「そんな年齢やないで」
「せめて居心地くらい良くしてやりたいやん」
KANはすでに固くなり始めたトーストを噛みちぎって、そう言った。
「居心地良すぎて住みたいくらいすよ」
「住みついたら当番制にするでな」
「そこは厳しいんか!」
「毎回はやらんで! つーか皿洗いはしてや」
「うわーまじかー!」
「甘やかしはせんで!」
そうは言いつつも、殆ど片付けながら調理したのだろうか。使用した皿程度しか洗うものはなかったが、朔良と櫂は、並んで皿を洗った。
ガシャガシャと豪快に泡立てて、朔良は洗う。
洗い流した皿を、櫂が布巾で拭きあげる。
「なぁ、朔良……」
「ん?」
「……んや、なんでもない」
「え? なんだよ……櫂らしくねぇじゃん」
「んーー……んや、あのさ」
「なんだよ」
「辞めんなよ」
「……」
「返事は?」
「……」
「へ・ん・じ!」
「あーー……はい……」
「よしっ」
ガシャガシャと、皿の当たる音が響く。
朝の爽やかな光の中で、水音がそれを、穏やかにする。
ちらりと横目に朔良は、櫂を見た。
平皿をキュッキュと拭きながら、少し怒ったような顔をして、その頬は少しだけ赤く染まっていて。その表情が照れ隠しだと、すぐわかる。
「櫂もさー」
「ん?」
「可愛いとこあんだな」
「は!?」
ふわふわの白い泡のついた指で、櫂の頬にチョンと触れる。
「うぉっ!」
頬についたまぁるい泡。
「似合うなー」と朔良は、泡だらけの手で櫂を突く。
「うおっ! やめろや! 朔! キャラ違うやろ!」
逃げる櫂を泡だらけの手で追いかける。
「え? なにやってるの!?」
その姿を、出勤してきたSUUが丸くした目で追う。
「アンタら子どもか……」
朝の仕事準備をしていたKANは呆れた声を出し、再び、カメラを構えた。
夢ではない。
現実に目の前に在るそれに、そしてそれを目の前にした自分の感情。
朔良は完全に、動揺していた。
「ううん……あれぇ……こんなとこで寝たん俺……」
差し込む光に目を細め、櫂はもぞもぞと動いた。
「動いちゃあかんでそのまんまおって。櫂が起きたときの反応撮りたい」と、KANが先に起きた朔良に指示を出し、朔良は櫂が起きるまでしばしのマテをさせられていた。
「おはよ……」
微睡んだ声をかけた朔良の目の前にある、櫂の眩しそうな顔。長い手足は朔良に絡みつき、それは重みとなって朔良のカラダを押さえつける。
眉間にシワを寄せながら、少しずつ、ゆっくりと動く睫毛。そこから、徐々に現れる瞳。整った唇は少しだけ開いて、むにゃむにゃと動く。
こんなにも近くでまじまじと、人の顔を見ることなんてあっただろうか。そしてこんなにも、それに見惚れることなんて、あっただろうか。
「うおぉっ!朔良!」
ゆっくり開いた瞳が捉えた、目の前に在る朔良の顔に驚いたのか、櫂は大きな声をあげた。そして、
「びびったぁー朔良だったんか、なんかいい抱き枕あるなぁみたいな感じだったぁーすげぇフィットしてたんだけど!」
と、寝起きとは思えないテンションで朔良をまたぎゅぅーっと抱きしめた。
「うぉっ! 櫂まて! 手! 手ぇ痺れてる……」
「え? どこ? ここ? これか!?」
「マジやめろっ! いてぇよ!」
ソファで櫂の攻撃を受け、朔良はゴロンと転げ落ち、打ち付けた腰に手を当て顔をしかめた。
「朝からそのテンションかよ……」
「あははっ!朔の必死な顔好きだわー」
「アンタら……仲良しやなぁ」
カメラを回すKANにも、慣れてきたのか。
KANのそんな呆れ顔をモノともせず、櫂は寝癖のついたふわふわの髪をかき上げ、笑った。
・
「うまぁっ!」
「KANさんなんなの? 女子?」
「いやそのKANさんって嫌やねんけどー呼び捨てとかKANちゃんとかでええよ」
「んや、質問答えてよ」
KANの作った朝食は、トーストにサラダ、目玉焼きにスープ。こんなにも、ちゃんとした朝ごはんを食べたのは、いつぶりだったかと、朔良は自分の過去を思い返す。
不幸だったとは思わないし、母親が朝早くから夜まで仕事をしていることは仕方ないと思っていた。そんな友人は周りにもたくさんいた。ただ、小さい頃、イベントもなにもないことが寂しいと思ったことは、少なからずあった。
「久しぶりすよ、朝ごはんちゃんと食べんの」
「ご飯食べんと元気出ぇへんよ?」
「わかってはいるんですけどねぇ」
「KANさんさぁ……」
「KANちゃん!」
「KANちゃん……さぁ……」
「なに?」
「疲れないの? こんなに気使わなくてもさぁ……」
トーストを頬張りながら、櫂は言う。
カリカリと音を立てる櫂の前に、KANはやっと腰掛けた。
「まぁ……仕事やからね」
「これも?」
「モデルがどんだけの覚悟と勇気で出てくれてんねやろと思ったら、なんかしてやりたくなる」
「……お母さんだな」
「そんな年齢やないで」
「せめて居心地くらい良くしてやりたいやん」
KANはすでに固くなり始めたトーストを噛みちぎって、そう言った。
「居心地良すぎて住みたいくらいすよ」
「住みついたら当番制にするでな」
「そこは厳しいんか!」
「毎回はやらんで! つーか皿洗いはしてや」
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「甘やかしはせんで!」
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「なぁ、朔良……」
「ん?」
「……んや、なんでもない」
「え? なんだよ……櫂らしくねぇじゃん」
「んーー……んや、あのさ」
「なんだよ」
「辞めんなよ」
「……」
「返事は?」
「……」
「へ・ん・じ!」
「あーー……はい……」
「よしっ」
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「ん?」
「可愛いとこあんだな」
「は!?」
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「うぉっ!」
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