月夜の闇に煌めく星〜ゲイビの世界に愛はあるのか〜

はちこ

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こっち側に

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SUUは、この横浜の裏路地の片隅にある事務所を維持すること、そのことに、今、必死なんだと思った。

あんな事件が起きて、本社とは一線を引きたいんだと、感じた。

もともと、本社での撮影に嫌な思いをするモデルは多く、ただ、本来はアレが普通で、こっちは普通ではなくて。

撮影にかける時間。
丁寧な撮影。
絡みだけでなく、その2人の関係性やストーリーを大切に創りあげる。

それに魅力を感じる一方、負担が大きいのも事実ではあった。なぜなら、モデルにとっては本業があり学業があり、その合間を縫って撮影しているものだから。

「しんどー……」

ドサッとソファに倒れ込んだのは、弦だった。

「大丈夫すか?」
「朔良ぁ……今度店来いよ……」
「行きたい! あの店?」
「うん、俺の。もうすぐオープンだよ……」
「えー! オープンいつ?」
「うーん……」

モデルになったばかりの頃、連れて行かれたあの店。
「俺の店」と言ったあの場所は、あのときただの、箱だった。そこが、ちゃんと店になる。

興奮した朔良とは対照的に弦はすでに、意識を手放していた。

「あれ? 弦くん寝た?」
「徹夜明け撮影だったんよ」
「えー! 辛すぎる……」
「寝かしといてやり。弦ちゃんあんま無理させられんわ……身体壊しそうやもん」

KANはそう言って弦に、毛布をかけ、ぽんぽんと、その背中を叩いた。

「朔ちゃん、変わったな」
「え、そう?」
「よく笑うようんなった」
「そうかな……」
「今日は新人相手やで」
「大丈夫かな……」
「大丈夫やて。朔ちゃんは、ちゃんと先輩や」

新たな新人がまたひとり、増えた。
櫂が相手した新人、聖也とはまだ一度も、会っていない。今日またひとり、新人が増える。

作品を作るには、モデルがいないと成り立たない。
本社なくして、圧倒的にモデルが足りない状況を埋めること。それに、SUUは、追力していた。


『ピンポーン』というインターホンが鳴り、ボソボソと話す声が聞こえた。

「はいはーい来たかなー?」

KANが、甲高い声を響かせながら、迎えに出る。


あの日、初めての撮影の日、この扉の前に立った日のことを思い出す。

緊張で押せないインターホン。
帰ってしまおうかという気持ちと闘いながら、しばらく佇んでいたら背後にいたのが弦で、そして今と同じように、陽気なKANの出迎えを受けた。


「新人くん来たよーん」
「お願いします……」

震えるような小さな声で、不安げに立つその青年に、あの日の自分を重ねた。

どんな人がいるのか、
どんな人が相手なのか、
なにをするのか、
なにをされるのか、
踏み入れて良い領域なのか……

さまざまな思考をただ、頭の中に巡らせて、やっとそこに立っていたあの日。


「よろしく、朔良です」
「あ、よ、よろしくお願いします」
「今日のお相手だよー」
「あ、お、お願いします」

ペコリと深く頭を下げた彼は、彫刻のような整った顔をした、綺麗な色白の、青年だった。

「きれいな顔してんなぁ」
「やろ? ハーフみたいやねんな?」
「日本人なんですけどね……」
「へぇ~羨ましいわ」
「朔ちゃんもきれいな顔しとるやん」
「え、名前は?」
「あ、まだ決まっとらんのよ、なにがええかな?」

あの日、「名前は?」そう聞いてきたのは、引退した斗真。全く、逆の立場にいる自分の立ち位置に、不思議な感覚に襲われる。

「えぇ……なんかあるかなぁ?」
「きれいな名前がええなぁ」
「トムとかダメなの?」
「は? 朔ちゃんふざけとんの?」
「いやいや、そんな感じするじゃん」
「あかんそれは!」
「えぇ……じゃぁ、アオイとか、カエデとか、あーアスカとか? なんかそんな感じするわ」

そんなやりとりを、不思議そうな顔をして聞いている彼は、くるりと事務所を見渡した。

ベッドを囲むように、機材に溢れる現場。
忙しなく動くスタッフ。
ソファにめり込むように横たわる、弦。

「この人もモデルやよ」
「……そうなんですか……」
「なんかええ名前あった?」
「んや……よくわかんないです……」
「アオイとかええなと思ったわ」
「碧生って感じする」
「綺麗な名前だな、よく合ってる」

なにやら荷物を運んできたSUUが、話に割り入った。

「あ、SUUさん」
「碧生、いいじゃないか、なぁ?」
「はぁ……」

ピンときていない様子の、碧生と名付けられた彼は、「アオイ……」と、呟いた。

「じゃぁ、碧生、準備しようか」

SUUに連れられ碧生は、シャワーと、着替えをした。
シャワーから、指導を受ける。
洗浄の仕方、拡張の仕方。

「俺、そーいやタチって久々かも」
「朔ちゃんウケ多いなぁ、ココがタチキャラが多いんやろな、弦とか櫂とかな、でも若い子らが可愛いからタチも増えるんちゃう?」
「どっちも好きだからどっちでもいいわ」
「どっちも好きとかすっかりこっち側の人間やな」

すっかりこっち側。
自分でも思う。

すっかり、その場所に挿入されることへの痛みも、抵抗も、なくなった。むしろ、ソコを刺激されることで得られる違う快感を感じている自分がいた。

たった今、碧生と名付けられた彼にも、その快感を味わわせてやりたい。そして、この場所に来たことを、後悔して欲しくない。

いいことばかりではないが、嫌なことばかりでもない。そんなことを、いつか、わかってほしいと、思った。


「よし、やろっか」


SUUが撮影用の部屋に踏み入った。


ツンと尖った高い鼻。
白い肌。
見上げる大きな瞳は、不安が溢れている。


「よっしゃ任せろ」

自分に言い聞かせるように、朔良は小さく、呟いた。
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