月夜の闇に煌めく星〜ゲイビの世界に愛はあるのか〜

はちこ

文字の大きさ
77 / 90

引退

しおりを挟む

「お疲れーっす」
「お疲れーっしたー」

ステージを終え、舞台裏の楽屋へとまわり、思い思いにモデルがドサっと腰を下ろす。

「あーやってもうたぁー」
「聖也お前なに泣いてんだよ」 
「あの雰囲気はダメだって~泣くってぇ碧生は冷静だなぁ」   
「でもファン増えたと思うよ聖也」
「そうかぁ?」

コーラを飲みながら、聖也が机に顔を突っ伏して、その隣で碧生が笑っている。

凌空へのラストメッセージ。
聖也は、涙を流した。

その隣で聖也を支えるように寄り添って立つ碧生の姿に、朔良は頼もしさを感じた。

そしてもっと若いモデルたちが多くいて、まだステージに上がれない者もいて、初めてイベントに出演した、たった5人のイベントとの違いに、事務所の成長を感じた。



凌空は、泣かなかった。
引退発表でも、ラストイベントでも、彼はいつもと何も変わらない、挨拶をした。

「ファンの方には会えなくなる。でも、俺たちの関係は終わらない。ずっと続いていく。凌空でいられて本当に、幸せでした」

静かにそう挨拶して、静かに、ステージを降りた。


「おっつかれっしたー! 終わったなぁ~っておまえなに泣いてんだよ!」

派手な音を立てて聖也の後頭部を叩き、そして笑う凌空は、いつもと変わらない。

なにも変わらない。

また、数週間後には撮影をして、
また、来月にはライブをして、
また、数ヶ月後にはこうして、イベントをして、

まるで、そんな日が続くような。

いつもと、いつものイベントの後と、なにも変わらない。


違うのは、待っても待っても、スタッフが戻ってこないこと。いつものように、「早く帰ってー」と、ファンを追い出せないのだろう。

聞こえたすすり泣きは、止むことはなくて。
それだけが、いつもと、違った。


「なぁー打ち上げ弦の店でやりたかったわー」
「あーなんか予約入ったらしいっすよ、得意さんの」
「そんなん断ったらいいじゃん弦の店でやりたかったわー」

凌空は、子供のように駄々をこねて、ソファにゴロンと横になった。
その足元に、朔良は腰かけた。
凌空はジロリと、足元に視線を向ける。

「朔良ぁ、なんでそっち? こっちだろ」

膝枕をしろとばかりにポンポンと頭側のソファを叩く。

「そこは弦くんの場所でしょ」
「弦ちゃんいないもん」
「もうー寂しがりだなぁ」

眉を下げ笑いながら朔良は、凌空の頭側にまわる。
無言で凌空は頭を上げて座る場所を作って、そして自然に、朔良の膝を枕にした。

「うわ、あの人らラブラブや~」

遠くで聞こえる声に「俺は朔良とラブラブだもん」と返した凌空は、ふっと、息を吐いた。

そっと、右手で、髪を撫でる。
前髪から覗く瞳が、ちらりと朔良を見上げる。

「なんですか?」
「なにが?」
「いや……」

ゆっくりと瞬きをして、その視線がまた、どこかに移る。

黒目がちな、丸い瞳。
朔良がこの世界に入った時すでに、凌空はスターだった。
手の届かないところにいる人だと思っていて。
別世界で生きる人だと思った。

でもこの人は、全然スターなんかじゃなくて。
全然、別世界にいる人なんかじゃなくて。

周りが勝手にこの人を、スターにした。

そっと、左手で、手を握った。

この手で、どれだけの人を抱き締めてきたのだろう。
この手で、どれだけの人の背中を押し、どれだけの人の、心を支えてきたのだろう。

あの日聞いた歓声、今日見た涙、そしてすすり泣く声は、十分その存在の大きさを、朔良に感じさせた。

でもそれだけではない、この人を、知っている。

その瞳で、どれだけのモデルを見送ったのだろう。
その拳を、どれだけ強く、握ったのだろう。
その足で、どれだけ強く、踏ん張って、踏ん張って踏ん張って。

そこに、スターであるその場所に、立ち続けたのだろう。


今日、凌空は言った。

「俺はパートナーに恵まれた。相手がいないとできない仕事。ひとりではできない。」


きっと彼は、今まで絡んだすべてのモデルに対して、言った。彼は、そういう人。

「なにくつろいでるんですか!早くハケる準備してくださいよ!」

やっと戻ってきたKANが、バタバタと片付けを始める。

「今日くらい、ゆっくりさせろよぉ~」

のっそりと起き上がった凌空の背中。
大きいその背中が、少しだけ、小さく見えた。

「なぁKANちゃん、なんで今日弦の店じゃないの?」

今度はKANの肩に顎を乗せ、「なぁなぁ~」と邪魔をして、「あーもう邪魔!あっちいってて!」と怒られている。


不貞腐れた凌空のターゲットは、真面目に帰り支度をしている碧生に移る。

「なぁ~なんで碧生そんな普通なのー?」
「凌空くんこそいつも通りじゃないですか!」

碧生の包み込むような、あったかいその声で、一蹴される。

「聖也ぁ~!」
「もうーなんですか!」
「つまらん~つまらーん!」
「もぅ~りっちゃぁんっ!」

遊び相手を探し回る子供のように、戯れあって、そして結局最後は、聖也と遊びはじめた。

ゆっくりと朔良も、荷物を片付け始める。

この片付けが終わったら。
もう、凌空は二度と、この場所には戻ってこない。

そう思うと、少しだけ胸が痛い。

「片付け終わった~?」

SUUがゆっくりと階段を上ってきた。

「ちょっと全然終わってないじゃん!」

散らかったフロアを見て、声を上げる。
その声も、いつもと変わらない。
でもその目は、いつもと変わらず聖也と戯れる凌空を見て、少し安心したような、寂しげのような、そんな気がした。

急き立てられるように、バタバタと荷物をまとめて、車に詰め込む。

ガランとした、ファンのいなくなった会場。
そこは、やけに広く感じて、やけに、寂しい。


朔良は後方の椅子に座り、ステージを眺めた。
そこから観るモデルは、ファンにどのように映るのだろう。

この世に生を受け、偶然、この世界の人間と出会い、モデルとなった。

そこには、スターとしてそこに居続けた、いつも、眩しいくらいの笑顔の、「凌空」がいた。


凌空の目には、どう映っていたんだろう。
モデルである自分たちは、どう映っていたんだろう。


凌空の言うパートナー。
それは紛れもなく、弦。

掃いて捨てるほどいるモデルの中で、そんな存在に出会えるなんて、どれほどの確率なんだろうか。


スターというその立場にいて、自分の意志ではどうにもならないことも、耐えなければならないことも、苦悩することも、あったのだろう。

一瞬で消えていくモデルたちを前にして、長年共に過ごしたモデルたちを見送って、それでもなお彼は、そこに立ち続けた。


それは、弦が、隣にいつも居続けたから。


凌空の全てを受け止めた弦のことを、凌空は、本当に、本当に、好きだったんだと思った。


「どうしたん?」

椅子ひとつ開けて、そこにKANが座った。

「凌空くんはさ、本当に弦くんが好きなんだよね」

先ほどまで立っていた場所。
いつもこのステージには、共に弦がいて、凌空の隣に立っていて、今日は、いなかった。

それでもファンは集まって、そして、イベントは進んでいく。


時は、流れていく。

「そやなぁ……」

小さく息を吐くようにKANは、呟いた。


今日、ファンは皆、泣いていた。
そして、30秒で朔良は、何度も聞かれた。

何度も、何度も、ほとんどのファンに。

「朔良くんは、辞めないよね?」

そして、あるファンに言われた。

「引退する人を見送るのはね、言い方悪いし語弊があるかもしれないけど、死んでしまう人を見送る感覚と似てる」

一瞬、意味がわからなかった。
勝手に殺すなとも、思った。

それでもそのファンは、言った。


「もう二度と会えない別れだから。その人が残してくれた思い出を胸に、私たちは生きていくしかない」

そう言って涙を流したファンを前に、言えることはひとつしかなかった。

「凌空は、死なない」

それは、本心だった。
死ぬわけではない。
彼はこれからも生き続けるし、引退はそのモデルの死、ではない。

それでも、ファンにとってはそれ程の悲しみを意味する別れ。

自分は、まだ辞められないと、思った。

この人たちの傷が少しでも癒えて、若いモデルたちが力をつけて、それから、もう十分だと思えたら、引退しよう。

まだ、その時じゃない。

朔良は静かに、心に決めた。


「お疲れ、終わった?」

真後ろで足音が止まり、見上げるとそこには、櫂がいた。

「来たの?」
「あの人が来いって。来なかったら怒られるわ」

笑いながら櫂は、聖也とはしゃぐ凌空に目を向けた。

櫂を知らない若いモデルたちが、突然現れたその姿に驚き櫂は注目を浴びる。

「なんか俺、注目浴びとる?」

恥ずかしそうに櫂はKANに尋ねた。

「若い子らによく、あの頃のDVD見せるんよ。この子たちになる必要はない。でも、この子たちのこんな関係性が、ファンを惹きつけるんよって。初期のころのあんたら5人はさ、あの子らには伝説なんよ」
「伝説って! 死んだみたいやな」
「レジェンド! かっこいいな」

思わぬKANの回答に、思わず声を上げて笑う。

レジェンド。
そう言われて、悪い気はしない。


「おー働いてるかぁ? お疲れー」

突然後方から大きな声が聞こえ、そこにいたのは弦。

「あれ! 弦なんでいるの!」
「打ち上げだろ? 店任してきたわ」
「まじで!? 弦ちゃん好きぃーー」
「お前の引退だぞ? 当たり前だろ」

おどけて抱きつく凌空と、それを当たり前のように受け入れてる弦。
その姿も、いつもと変わらない。

この仕事を続ける自分に、櫂は何も言わない。
この仕事が、普通だとは思わない。

朔良は、凌空と弦を見て笑う櫂の横顔を見上げた。

「ん? どした?」
「ううん……」

あたたかい声に包まれて、そして、デビューからの日々を思い出し、心に想う。


夢の中にいるとは思わないけど、夢みたいな世界にいるとは思う。

もう少し、もう少し、ここにいさせてほしい。
まだ、今じゃないと思うから。

もう少し。

いつか、あんなさっぱりした顔して、夢の続きが見れたらいい。

なぁ、櫂。
もう少し、もう少し待っててな、櫂。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...