国殤(こくしょう)

松井暁彦

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六章 竜影

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 四方は敵に埋め尽くされていた。その数は万を超え、その総てが、己の首を求めていた。
 
 魂の奥底に残滓ほど残されていた、竜の力を解放した。瞬間、巡る血潮は灼熱と化し、総身のあなという孔から煙が噴き出した。熱を放つ煙は項燕こうえんの老いた躰に纏わりつき、須臾しゅゆの間、壮年期の力を齎した。
 
 瞬間、雑念が全て吹き飛んだ。意思を介さず、四肢が動いた。
 
 記憶にあるのは、己が血風乱舞の真っ只中にあったこと。剣を振るえば、ほうぼうに血潮が吹いた。
 幾度も衝撃が躰を突き抜けた。傷をうけ、最期の力を振り絞ったことで、刃の一閃とともに、躰が内側から毀れていく。だが、不思議と躰の崩壊に快感を覚える。

 血の嵐の中で、嗤っていた。何十人、何百人という敵を一人で屠った。
 視界が完全に朱に染まると、己の内から竜が飛び立ったのを感じた。見上げると、空へと舞う黒き竜の姿があった。

「ああ」
 声が漏れる。

 振るい続けていた腕が垂れ、剣が地に落ちる。凄まじい喪失感が総身を走り、漲っていた力が解けていく。
 膝から崩れる。命の灯が消えようとしている。

「項燕の首を奪れ!」

 泥濘を駆ける兵士の足音が間近に迫っている。
 後悔はある。だが、今は心が晴れていた。あの陰険な王翦おうせんに首をくれてやるのは癪だが、今は自死する力も残されていない。
 
 残される息子達、孫の項籍こうせきの無事を祈念する。そこで、項燕の気力は底をつくとどめを待たず意識は奈落へと誘われて行った。
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