降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第七章 サイン会と暴露

39.サイン会と思わぬ出会い

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 昨日は夕食に和咲の好きなトロトロのオムライスを作ってやったら、喜んで食べていた。
 彼女は、今は亡き母の作るオムライスが大好物だった事から、その味を引き継いだ俺の作るそれもとても気に入ってくれているのだ。

 その後は、寝るまでいかにねーじゅ先生が凄いのかについて、兄妹で熱く語り合った。
 やっぱり、趣味を同じくする仲間がいるってのはいいものだ。
 俺もつい一ファンとしての魂が騒いでしまったよ。


「ふふん。今日は最良の日ですね。ねーじゅ先生の直筆サイン本が二冊も手に入るなんて」

 朝早くに叩き起こした俺を連れて、サイン会が開催されるここ純風堂書店池袋店に馳せ参じた和咲。
 彼女は、宣言通り一番乗りする事が出来てご満悦のようだ。

 イベントに参加するための整理券は、当日購入時に配布され、一冊につき整理券一枚、一人一冊まで。
 そのため、買い占め等の悪質な行為をする事は防がれている。
 和咲は店の前に出来た行列の先頭に並び、開店と同時に素早く目当ての本を購入し、一番の整理券をゲットしていた。
 それに続き俺は二番。
 ここは妹に花を持たせてやるとしよう。

「ちゃんとマナーを守るんだぞ。幾らねーじゅ先生に贔屓ひいきしてもらえてるからって、自分だけ長々と時間を使ったら、後ろに並んでる人達の迷惑になるからな。それは、ファンとして恥ずべき行為だ」 

 興奮気味でブレーキが効きづらくなっている和咲に苦言を呈する。
 今日ばかりは、ねーじゅさんに先生を付けて呼ばせてもらいたい。

「分かっています。ああ、早く始まりませんかね。運営急いで」

 待ち切れない様子の和咲。

「本当に分かってるのか? まぁ早く始まって欲しい気持ちでいるのは俺も同じだけど」

 などと兄妹揃ってイベントの開始を待ち侘びていると、横からぬっと顔を覗き込んでくる誰かが──。

「やっぱり、緋崎君だ」

 どこかで見たショートポニーだと思ったら、俺達のクラスの眼鏡っ娘クラス委員長秋里さんだった。
 相変わらず、俺の名前を間違って覚えたままでいる。

「列に並んだ時から、似たような爽やか横顔のイケメンがいるなーって思ってたんだけど、本人だったんだね」

 ナチュラルに褒めながら朗らかに微笑む。

 しかし、これは少々マズイ事になったぞ。
 怜愛は、自分がプロ作家のねーじゅである事を、関わりの深い特定の人達以外には秘密にしている。
 秋里さんが言い触らすような真似をするとは考え難いが、彼女、クラス委員長なんてやってる割には軽い性格だからなぁ⋯⋯ついうっかり口を滑らせてしまう──なんて事も⋯⋯。

「蒼兄さんに付き纏う泥棒猫⋯⋯!」

 途端、和咲が顔色を変えて秋里さんを睨み付けた。

「ん? どうしたの? そんなに険しい顔して。ねぇ緋崎君、彼女、なんか機嫌悪いみたいだよ? おん? やるってんなら相手になってあげてもいいけど」
 
 秋里さんは思いの外好戦的だった。
 俺の心配を余所に、女同士のキャットファイトが始まろうとしている。

「ふん。私こそが、ねーじゅ先生の映えある最古参です。ひれ伏しなさい、この新参のにわかが」

 鼻を鳴らしつつ、強い口調で上から命じる和咲。圧が凄い。

「おぉ、のっけからいいパンチ打ってくるじゃない。でも、最古参を名乗るからには、それに見合うだけの知識と経験が必要だよ」

 対する秋里さんは、冷静に受け止めて指摘した。

「いいでしょう。では、試してみなさい」

 と不敵な態度で、構える。

「じゃあ、ねーじゅ先生が、最初にカキヨミに投稿した短編タイトルは?」
「『白雪の舞う季節に』」

 秋里さんからのお題に、和咲ノータイムで即答した。

「む。既に削除されていて、ファンの間では、二度と読めない幻の作品と語られているその存在を知っているとは⋯⋯これは、中々侮れないね」

 と唸りながら評価を改める。

「その程度、ファンなら押さえておくべき基本です。そう言う貴女も一応古参のようですし、こちらからも試させてもらいましょう。ねーじゅ先生のペンネームは、フランス語で”雪”という意味ですけど、ではその作品の中で、同じ雪を名前に冠しているキャラと言えば?」
「『変調愛テロル』のヒロイン国近朱莉が家で飼っているスピッツのシュネーでしょ。ドイツ語で雪」

 常識だと言わんばかりのドヤ顔だ。

「ぐぬぬ⋯⋯中々やるじゃないですか」

 和咲が悔しげに唇を噛む。

「ねぇ、このまま不毛な争いしてないで、お互いにハンドルネームを名乗ってみない? 古参勢なら作品の感想やレビュー欄で一度くらいは目にした事があるんじゃない?」
「そうですね⋯⋯それが一番手っ取り早そうです」

 秋里さんからの申し出に、和咲が乗った。

「じゃあ、言うね。私は、”アッキーナ”だよ」
「えっ? 知っています。ねーじゅ先生のデビュー当初から、レビューや感想を残している常連さんじゃないですか」

 驚きを示し、態度を軟化させる。

「まぁね。それで、貴女の方は?」
「私は、”咲き誇る時”です」
「これは驚いた。貴女の名前もよく見掛けるよ。プロフィールで、憚りなくねーじゅさん最古参ガチ勢を名乗ってたね。その意気や良し」

 頷きつつ、評価する発言をした。

「どうやらお互いに誤解があったようですね」
「だね。貴女と私は、共にねーじゅ先生を崇める盟友だ」

 認め合った二人が、ガシッと固い握手を交わす。
 何だ、これ。
 河原で殴り合って友情が芽生えるパターンか?
 一介のファンでしかない俺には理解出来ない世界だ。

 前座としてそんな茶番が繰り広げられている間に、準備は着々と進んでいたらしい。
 予定通りの十一時丁度に、フロアに司会者を務める店員の若い男性が現れ、イベントの注意事項(撮影禁止、握手不可等)のアナウンスを行った。

 それが終わると、会場の雰囲気作りのためのBGMとして、ドビュッシーの『雪は躍っている』が流れ出す。

 参加者一同の期待が、否が応でも煽られる。

 果たして、ねーじゅ先生とはどんな人なのか。(勿論、俺は知っているが)

 男性か女性か。

 大人か、それとも未だ子供だったりするのか。

 その容姿はどんなものなのか。

 そして、固唾を呑んで見守られる中、フロア奥から、真っ白いワンピースに身を包んだねーじゅ先生が登場して──。


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