降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜

朔月カイト

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第七章 サイン会と暴露

40.女の子同士の秘密

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 あの後のサイン会は、まぁ大変だった。

 まず、登場したねーじゅ先生が、同じクラスの怜愛だったと知った秋里さんが、フロア中に響き渡る奇声を上げて、その場を騒然とさせた。
 古参勢を名乗る程のファンなのだから、そうなるのも致し方なし。
 彼女は真っ黒な歴史を作る事になってしまった。
 どうか、安らかにお眠りください。

 次に、和咲だが、一番目にねーじゅ先生の前に立つと、本にサインをしてもらいつつ、溢れんばかりの作品に向ける愛を、怒涛のように捲し立てる事三分強──。
 その勢いにたじろいだスタッフが、暫くして何とか持ち直し彼女を引き剥がしたものの、後ろに並んでいた参加者等は、皆唖然としていた。
 昨日俺の存在を無視して、あれだけ怜愛と語り合っていたくせに、未だ彼女を満たすには足りなかったらしい。
 事前にあれだけ念押ししていたというのに、兄として不甲斐なさを感じるばかりだ。

 このようにして、ねーじゅ先生のサイン会は、初っ端から大荒れの出だしとなってしまったのだった。


   §


「いやー、昨日はホント面白いサイン会だったねー」

 ローテーブルの前でクッションに座る怜愛がからからと笑う。
 
 危うく初のサイン会という大事なイベントを台無しにされるところだったというのに、寛大なものだ。

「君はポジティブな物の見方が出来ていいな。俺は身内として、羞恥で死にそうだったっていうのに⋯⋯」

 ベッドに腰を下ろした俺が嘆く。

 お泊り会も三日目となる和咲もいるが、彼女は、昨日買ったばかりの『変調愛テロル』二巻をソファに寝転びながら熟読している。
 既に二周目で、今度はじっくりと噛み締めながら楽しむらしい。

「でも、どうするつもりなんだ? 委員長に正体がバレてしまって、マズイんじゃないのか?」

 と俺は危惧している事を挙げた。

「彼女、自分から言い触らす事はしないと思うよ」

 怜愛は気にする素振りもなく、平然としている。

「俺も委員長の人柄はある程度知ってるから、そう思いはするんだけど、万が一って事もあるだろ? 何かの弾みでポロッと口から漏れちゃったりとか」
「もう、この際だから、思い切って皆にバラしちゃおうか。その事で周りの興味を引いて、根掘り葉掘り聞かれたりもするだろうけど、そんなのは今まで通り無視しちゃえば言い訳だからね。私の影響力が増せば、相対的に、その私と親しくしている君の株も上がるよ」

 開き直ったような提案をする怜愛。

「そうは言ってもなぁ⋯⋯煩わしい事が増えるのは確かだろ?」
「私はメンタルつよつよだから、何の問題もないよ。なんたって、孤高の存在──『雪氷の美姫』だからね」

 とその豊満な胸を張りながら。

「その二つ名、気に入ってたのか?」
「悪くはないんじゃない? 美姫ってのはちょっと痛々しいかもしれないけれど、雪氷って言葉は好き。どこか神聖で静謐な響きがして」
「君は雪の生まれ変わりみたいな存在だからな」
「お? 文学青年らしい比喩表現だね。今のは結構ポイント高いよ」

 彼女の琴線に触れたらしい。

「実は今執筆している新作ラブコメで、ヒロインの表現として使ってるんだ」

 その事実を打ち明ける。

「なるほど。私がモデルだから、ぴったりって事だね」
「あっちも、『雪花の美姫』だからな」

 俺は答えると共に立ち上がった。

「それじゃあ、そろそろ昼飯にするか。何か食べたい物でもあるか? 昨日和咲と近くのスーパーに買い出しにいったから、カレー、ハンバーグ、唐揚げ、炒飯、オムライスとかだったらすぐに作れるけど」
「蒼兄さん、私は、オムライスを所望します」

 手にした文庫本から目を離す事なく、和咲が伝えた。

「君、一昨日も昨日も食べたじゃないか」

 と呆れながら。

「蒼兄さんのオムライスは至高です。何度食べても問題ありません。むしろ、毎食オムライスでもいいくらいです」

 俺の指摘は意に介さず、そんな事を言い出す。

「はぁ⋯⋯栄養が偏ると思うんだけどな⋯⋯まぁたまにだからいいか。それで、怜愛はどうする?」
「私も同じものでいいよ。色んな料理作るのって手間が掛かるでしょ?」
「和咲にも見習って欲しい謙虚さだな⋯⋯」

 俺は溜息混じりに呟いた。


   §


「それじゃあ和咲。向こうに戻っても元気でな」
「さよなら、和咲ちゃん。青黎は、十月の頭に文化祭があるから、またその時にでもこっちに遊びにきてよ」
 
 最寄り駅の改札前で、怜愛と共に、和咲に別れの言葉を告げる。

「うぅ⋯⋯帰りたくない⋯⋯このままずっと二人と一緒に過ごしていたいです⋯⋯」

 和咲はそうぐずるが、電車は待ってはくれない。
 後ろ髪を引かれるように何度もこちらを振り返りながら、キャリーバッグを引き、改札を潜っていった。

「いっちゃったね」
「次に会えるのは、何もなければ、早くても文化祭か。それまで、また寂しい一人暮らしだな」

 胸の中に隙間が出来たような侘しさに、眉尻を下げた。

「一人でいるのには慣れてるんじゃなかった?」
「最近そう思えなくなってきたんだよなぁ。君と親しくするようになってからかもしれない」
「ふふっ。大丈夫。それは君にとって決して悪い事じゃないから。もちろん、私にとってもね」

 これまでに何度も見せられた、彼女の悪戯っぽい笑み。
 柔らかく細められたそのアーモンドアイの黒目がちな瞳の無邪気な輝きを見ていると、何だか本当に彼女の言った通りのような気がしてくるから不思議だ。

 石鹸で擦って輝きを取り戻した鏡のように、寂しさに曇っていた心が晴れて澄んだ気持ちになった俺。
 そこで、一つ気になっていた事を尋ねてみた。

「そう言えば、和咲が帰る前に、君に耳打ちしていたよな。なんて言ってたんだ?」

 けれど、彼女は人差し指をそのぷるんと瑞々しい唇に当て、パチリとウインクをしながら、

「女の子同士の秘密だよ」

 その悪戯っぽい笑みをさらに深めた。


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