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第八章 青黎祭と文学市場
42.文化祭の出し物決めと第七ミッション
二つの秘密を打ち明けられて、白鳥が驚愕し、何かと騒がしかった昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
五限目が終わると、次はホームルーム。
この時間では、来月十月の頭に開かれる我が校の文化祭──通称”青黎祭”でのクラスの出し物を何にするかの話し合いが行われる事になっている。
「はーい。じゃあ、青黎祭でのクラスの出し物を決めていくねー。何かこれってアイデアのある人は、挙手して発表してくださーい」
教壇に立ったクラス委員長の眼鏡っ娘女子秋里さんが、ショートポニーを元気に揺らしながら告げた。
すると、一人の男子が真っ先に手を挙げる。
彼は確か、原口だったか。
セクハラ発言をしてばかりで、女子達からはエロ原と呼ばれている。
だが、別に嫌われているという訳でなく、愛嬌があるため、憎めないキャラとしての地位を得ている男子だ。
「はい、原口君、どうぞ」
「メイド喫茶とかよくね? このクラスの女子って、綺麗系から可愛い系まで粒揃いじゃん」
エロ原こと原口が、自信ありげに述べる。
流石にその渾名にエロを冠するだけあって憚りがない。俺には一生掛かっても出来ない芸当だ。
「エロ原ー、それあんたが私達のメイド姿見たいだけでしょー」
女子からの揶揄いの声が飛ぶ。
「違うって! ⋯⋯否、まぁその気持ちもない事はないけど、それよりも、そんだけ見栄えがよければ、それ目当ての男共が押し寄せてきて、大盛況になる事間違いなしだろ」
必死に反駁する原口。
「確かに。俺はやっぱり白鳥さんのメイド姿が見てみたいな。胸元が大胆に空いた格好で、『お帰りなさいませ、ご主人様』って言って欲しい」
「七海さんだって、胸以外なら負けてないぜ?」
「小柄な橘さんもひらひらのフリルが似合うだろうなぁ」
「お前ら、『雪氷の美姫』の存在を忘れてねぇか? あの美脚で踏まれたい⋯⋯」
男子達が、自分達の卑しい欲望を仲間同士で呟き合う。
「はーい、静かにー。男子達ー、全部聞こえてるからねー」
秋里さんは、ぱんぱんと手を叩いてざわめくのを収めると、黒板にチョークで『メイド喫茶』と記した。
「他に何か意見があれば、ドンドン出していってねー」
求められ、暫くの後、「はい!」という元気な声と共に、手が挙がった。白鳥だ。
「はい、白鳥さん、どうぞ」
「演劇やるっていうのはどうかな? 女子のレベルが高いっていうんだったら、役者としても映えるんじゃない?」
その言を受けて、黒板に『演劇』の二文字が加えられる。
「演劇かぁ。それも定番だよねー」
「文化祭の二日目は一般にも解放されるから、大勢の観客が見にくるだろうな。何か目玉になるような要素があれば、話題になって注目されるかも」
「仮に演劇やるとして、演目はどうするの?」
「『美女と野獣』! 美女は白鳥さんで野獣は朝倉!」
「おい! 誰が野獣だって!」
獣扱いされたと、朝倉がすかさず声を大きくして抗議する。
「なによ、文句あんの? ラストでは、元の姿に戻ってハッピーエンドなんだからいいでしょ?」
「私は、『源氏物語』をおすすめさせてもらうよ。源氏を女にして見たいものだと想いを寄せる兵部卿宮と、その兵部卿宮に対して、女にしてヤレたらなぁと想っている源氏──その複雑な男同士の秘めた恋愛感情を赤裸々に描いてみたい。ぐ腐腐腐⋯⋯」
「『ロミジュリ』もいいと思うんだよね。皆知ってる悲恋の代名詞。ラストシーンは大号泣だよ」
「古典じゃない『君の名は』ってのもアリよりのアリじゃない? 壮大で切ない青春ファンタジーだよ。私、あれ好きでBD持ってるんだよね」
などと、今度は女子達から、次々と有名なタイトルが挙げられる。
やはり恋愛物となると、女子の方が関心が強いらしい。
一部腐った意見があったが、それはスルーでいいだろう。少しは自重しろ。
「ねぇ、皆が出してくれたお題ももちろんいいとは思うんだけど、せっかくだから、オリジナルを演ってみたくない?」
そう提案したのは、演劇を推した白鳥だ。
「そりゃあ出来る事ならオリジナルを演った方が、やり甲斐もあるし思い出にも残るだろうけど、脚本は誰が書くの? っていう問題があるよ?」
「それについては、解決策があるよ」
「解決策って?」
「ふっふっふ。それはね、怜愛に頼めばいいんだよ。なんたって、怜愛の正体は、あの新進気鋭の人気ラブコメ作家ねーじゅ先生なんだからね。演劇の脚本を書くくらい朝飯前ってやつだよ」
「ん? 私?」
それまで話半分で聞いていたのか、突然水を向けられた怜愛が、きょとんと首を傾げる。
彼女がプロ作家という事実は、昼休みに白鳥が声高にその事を話していたので、既にクラスメイトのほとんどが知っている事実だ。
「確かに、それはいいアイデアだね」
「でも、彼女プロ作家なんだろ? お金が発生するんじゃね?」
「えー、絶対話題になるのにー。予算を割いてでもお願いしたくない?」
「それはルール違反だと思うわよ」
皆あれこれと意見を交わす中、その渦中の人怜愛が口を開いた。
「お金なんて要らないよ。ただ、その依頼を受けてもいいけど、一つ条件を出したい」
「条件って?」
白鳥が尋ねる。
「蒼介君との共作でだったら、書いてもいいよ」
その発言に、教室が先程まで以上に騒然となった。
「やっぱり、二人ってそういう関係⋯⋯?」
「くそぅ! 爽やかイケメンに変身されちまったし、お似合いとしか言えねぇ!」
「緋本君もWeb作家なんだっけ? だったら、イケそうじゃない?」
「処す?」
やはり関係を疑われているが、それは今更だろう。
それと甘粕、君は黙ってろ。
しかし、怜愛が脚本の共作を提案するとはなぁ。
俺なんかがねーじゅ先生と──だなんて、烏滸がましいにも程があるが、彼女がそれを望むなら、挑戦してみるしかないだろう。
「緋崎君は、それでもかまわない?」
「まぁ彼女がそうしたいっていうんだったら、やってみてもいい」
秋里さんに問われた俺は、そう頷きを返した。
その後も、焼きそばやたこ焼きの模擬店、お化け屋敷、ファッションショー等、様々なアイデアが出されて、その中からクラス投票で決める事になった。
「それじゃあ発表するよー。投票の結果、映えある第一位に輝いたのは──この続きはWebで!」
「って言わねーのかよ!」
眼鏡っ娘女子秋里さんのお茶目なボケに、朝倉が椅子から滑り落ちながら突っ込みを入れ、教室が笑いに包まれる。
「というのはほんの冗談。じゃあ今度こそ発表するねー。第一位に輝いたのは──オリジナルの演劇です!」
「「「おぉー!」」」
皆が拍手と歓声でその結果を迎え入れる。
「それじゃあ、その演劇の役割分担についてだけど、キャストとスタッフについては未だ脚本が出来てないから後日に回すとして、この後は、文化祭の実行委員を決める為の話し合いに移りまーす」
§
午後八時半過ぎ。
部屋に置かれたミニコンポが鳴らすのは、やなぎやぎの『春擬き』──。
これは、俺が共感するペシミスティックな男子高校生が主人公の大人気ラノベが原作のアニメで、二期のOPテーマとして使われている曲だ。
──『こんなレプリカはいらない。本物と呼べるものだけでいい』
問いかけてくるようなメッセージが込められた歌詞は、強く心を揺さぶってくる。
そんな曲に聴き入っていると、スマホが震えた。
Rainを開くと、ゆるぺんくんの『こんばんは』というスタンプが押されている。
俺も恒例になった文屋紡希のスタンプで『こんばんは』と返す。
ねーじゅ『さあ、今回もこの時間がやって参りました。お待ちかね、第七回『緋本蒼介成り上がりリア充化プロジェクト』会議!』
ブルー『待ちかねてというか、毎回どんなお題かって戦々恐々としてるんだけどな』
ブルー『そんな貴方に朗報です。今回課す第七ミッションの難易度は、かつてない程のベリーイージー。君なら舐めプしても楽々クリア出来るはずだよ』
ブルー『本当に? 上げておいて、後から落とすっていうのはなしだぞ? 君はそういうのが多いからな』
ねーじゅ『大丈夫。課題は、出し物の準備──うちのクラスは演劇に決まったから、その割り振られた役割での働きだね。それを通じて、皆との仲を深める事。球技大会で評価が劇的に上がった今の君なら、そんなの楽勝でしょ?』
ブルー『まぁ最近は一部から声を掛けられるようにはなったけど』
ねーじゅ『そして、もう一つの課題は、クラスの皆だけでなく、演劇を見にきた大勢の観客達も感動させるような脚本を仕上げて、舞台で成功を収める事。これも、ねーじゅこと私が手を貸すからクリアは確約されたようなものだね。ああ、そうそうミッション名は、『文化祭を通じてクラスメイトとの仲を深め、皆を感動させる脚本を完成させよう!』だよ』
ブルー『ねーじゅさんの力は信じてるけど、コケる事だってないとは言い切れないぞ。幾ら脚本が良くても、キャストの演技が稚拙だったりしたら、観客も冷めるだろうしな』
ねーじゅ『そう言えば、君がキャストとして選ばれるって可能性を失念していたよ。仮に選ばれたとしたら、君、上手く演じ切れる自信は?』
ブルー『幼稚園の頃、お遊戯会で演じた木の役が、俺の中での最高の名演だ。あの風に揺れる枝葉の表現は、俺以外には出来まい』
ねーじゅ『うん。君の熱演が目に浮かぶようで、なんだか泣けてきちゃったよ。明日会ったら、いつもより君に優しくなれそう』
ブルー『そんな感じだから、俺に人としての演技力を求められても困る。まぁどうせメインどころは、あの一軍グループとか、それ以外の目立つやつらで埋まるだろ。俺は裏方に回るよ』
ねーじゅ『うん。舞台に出れば、それだけ注目されるはずだけど、今回ばかりは仕方ないね』
ブルー『出し物についてはそんな感じでいくとして、他に、文化祭で誰かと一緒に回ったりとかいうミッションは課されないのか? ラノベとかじゃテンプレだろ?』
ねーじゅ『それはいいよ。きみには先約があるからね』
ブルー『先約? 誰かと約束した覚えはないけど』
ねーじゅ『もう。このニブちんめ。私がお相手に決まってるでしょ。せっかくの文化祭デート権を、他の女子に譲る気はないよ』
ブルー『お、おぅ⋯⋯ストレートに誘われると、気恥ずかしいな⋯⋯』
ねーじゅ『水族館デートもしたんだし、ハードルはそれ程高くないでしょ?』
ブルー『文化祭は、水族館の時と違って、周りに知り合いが大勢いるからなぁ。どうしても、人目が気になってしまいそうだ』
ねーじゅ『そこは気合いで乗り切って。という訳で、さっそく脚本の打ち合わせに移るよ。私としては、白雪姫をモチーフにしようと考えていて──』
その後も、怜愛と夜遅くまでRainで語り合っていた。
──それは、よく出来た御伽話みたいな、美しくも儚い可惜夜──。
リピートされているその曲のフレーズに擬えて、そんな言葉を心で紡いだ。
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