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第九章 体育祭ともじの広場
64.もじの広場
俺が怜愛の代わりになってラストシーンとその後のエピローグを執筆した作品は、何とか締め切りの一時間前に完成させる事が出来た。
おかげで、無事、Webでの入稿も滞りなく終える。
そして、それから一週間後の十一月十六日日曜。
今日は、いよいよ怜愛に再戦を挑んできた揚羽を擁する文芸サークル『ライターズシエスタ』との対決の日だ。
その舞台となるもじの広場。
それは、スタジオWeが主催する、小説・ライトノベル・エッセイ・詩歌等、文字や文章を主体とした創作物を扱った展示即売、及び、サークル・一般参加者のよる交流を目的としたイベントだ。
ちなみに、スタジオWeとは、ウィメディアが主催する同人誌即売会事業のブランド名らしい。
「ついに、身の程を弁えない泥棒猫との対決の時がやってきましたね。まぁたかが素人に毛が生えたような未熟極まりないアマチュア作家の書いた駄作です。神作家であるねーじゅ先生の圧勝になるのは、始まる前から分かり切っている事ですけどね。事理明白、論を俟たない、です」
今日のイベントに合わせて、昨日俺の自宅マンションに泊まりにきていた和咲が、揚羽に対して、扱き下ろすような言葉を吐く。
今日も妹は、未だ見ぬ揚羽に並々ならぬ敵意を燃やしているらしい。
「私はこの通り変装しているから貢献出来ないけど、和咲ちゃんがブースにいてくれるだけで華やかさが増して、お客さん達へのアピールはバッチリだね」
プロ作家のねーじゅ先生だとバレないように、マスクとキャスケットで変装した怜愛が、和咲をおだてる。
「俺がいても役には立てなさそうだから、設営を終えたら、後ろに引っ込んでおくよ」
殊勝な心構えでいる俺。
三人で訪れた、会場となる港区にある都内貿易センターの館二階南側には、開始時刻前に並んでいる一般参加者と思われる人達が二十人程いた。
このイベントに参加した事のある人のブログの幾つかを読んでみたが、閉場となる午後四時までに訪れる一般参加者達は、三百人程という事だった。
俺達がここで頒布する事になる文芸同人誌の文庫本は、宅配搬入される手筈になっているので、荷物が嵩張るなんて事はない。
事前に配布されているサークル参加案内によると、サークル入場は午前十時からという事で、まだ少し時間がある。
その為、一旦建物の外に出て、目の前にあったコンビニで、昼食用のおにぎりや水分補給のための飲み物等を買った。
再び建物の中に入り、会場へと向かう。
丁度十時になり、サークル入場が始まっていた。
なので、サークル参加案内で前もって確認していた通りに、受付けでカタログや企画シール等を受け取り、ブースで出欠表に記入し、それを受付けに提出した。
そうしてから、荷物の受け取り所として指定されている場所へと向かう。
俺達が発注していた印刷所により、宅配搬入された五十冊の文庫本は、無事段ボールに入れられて届けられていた。
その段ボールを抱えてブースに戻る。
もじの広場で使われる机は、奥行き九十センチ。
机は、半分が自分達のスペースになる為、共に使用するサークルのスペースを侵害しないように、その上に荷物を置く。
そうしていると、隣を使うサークルがやってきた。
「あれ? 緋本君達のブースは私達の隣デスかー?」
「これは奇遇ですわね。対決する相手との思わぬ邂逅に、興奮して乳首が立ってしまいましてよ」
「ん。緋本君、お久。今日は負けない」
「緋本先輩、よろしくお願いします! 正々堂々とフェアプレーで戦いましょうねっ!」
なんと、俺達の隣は、競争相手の文芸サークル『ライターズシエスタ』だったらしい。
もじの広場は、二百スペースに満たないくらいの、文学市場などに比べるとそれ程大きくない中規模の即売会なので、そうなってしまうのも偶然とは言えあり得る事だろう。
一次創作の文芸作品を積極的に頒布出来る場所は限られているのだ。
オールジャンルの同人誌即売会だと、やはり流行りの二次創作がメインだから、一次創作の──ましてやテキスト主体のコンテンツは中々厳しいものがある。
だが、小規模である分、ゆっくりスペースを見て回る人の割合が多くなる可能性が高く、内容の良さが評価され易いのではないかと思っている。
事前にSNS等を使っての宣伝は、一切行っていない。
つまり、当日どういったアピールをするかで全てが決まる。
「蝶々ちゃん、よく逃げ出さずに会場までこれたね。それだけでもう十分勇気は見せる事が出来たんじゃない? 無謀な──が頭に付くけどね」
「貴女が、身の程を弁えない揚羽とかいう泥棒猫ですか。神作家であるねーじゅ先生に歯向かった事、惨敗をもって悔い改め、その御前に平伏しなさい」
「ぐぬぬぬ⋯⋯相変わらず口が回る雪女に加えて、何ですか、この不躾極まりない少女は!?」
俺は、気炎を上げてバチバチとやり合う彼女達は放っておく事にして、一人設営に取り掛かった。
先ずは、俺達のサークルの頒布物は、文庫本一冊しかないので、机の真ん中に平積みして置いた。
その横に、百均で買ってきたブックスタンドを設置し、見本誌となる文庫本を一冊立て、その横と机の前面に、宣伝用のポスターを飾った。
本棚に並べた文庫本の前には、フリーペーパーを置く。
これは、試し読み用の本とは別に、手に取らなくても冒頭部分を読む事が出来るように用意したものだ。
そして、設営を終えた俺は、尚もいがみ合う怜愛達には構わず、製本された文庫本の見本誌を手に取り、会場時間までそれを読みながら過ごす事にした。
§
十一時の開場時間から三十分程が過ぎたが、会場入りする一般参加者達の波はまだ衰えてはいない。
空調機で程良く暖められた館内には、BGMとして、ジャズのスタンダードナンバーがゆったりと流れている。
そんな中、俺達のブースはというと、見事なまでに閑古鳥が鳴いていた。
まっすぐ前を向いて両脇のブースには目もくれず通り過ぎていく人や、見て回ってはいるものの、俺達のブースは刺さらなかったのか、すーっと流れていく人が殆どだ。
江南が描いてくれた表紙は魅力的だと思うのだが、それだけでは、イベントに初参加で知名度もない弱小サークルでは、中々中身にまでは辿り着いてもらえないらしい。
それに対して、隣の『ライターズシエスタ』のブースでは、盛況とまではいかないものの、常連さんらしき人達と交流している光景が見られる。
今回の勝負に彼女達が用意したのは、文学サークルで俺が購入したのと同じ形式の文芸誌。
各メンバーの書いた短編を載せた、『定期刊行文芸誌ビブリオファイルズ特別号』と銘打たれた短編集(見本誌を少し読ませてもらった)だった。
それをメインに据え、さらに、これまでに『ライターズシエスタ』で刊行してきた作品も十冊程度並べられ、たった一冊ぽっちのこちらとは、充実度の違う品揃えを見せている。
「まぁ何も宣伝してなかったし、こうなるって事はある程度予想してたけどね。初動はこんなもんだよ。私、ちょっと他のブースを見てくるから、売り子の方お願い」
そう伝えると、怜愛は、椅子から立ち上がりブースを離れていった。
──俺が売り子をしても、ますます客足が遠のくだけだろうに⋯⋯。
頼みの綱の和咲はと言えば、早速購入したネージュブルの文庫本を椅子に座って熱のこもった目で読み耽っていて、協力は得られそうにない。邪魔したら、刺されそうな雰囲気だ。
そうして売り子になって暫くすると、表紙のイラストに惹かれたのか、一人の二十代前半程の若い男性が俺達のブースの前で立ち止まった。
そして、「試し読みさせてもらいますね」と断りを入れてくる。
これはいい感触だぞと、俺は愛想よく「ええ、ご自由にどうぞ」と促した。
見本誌を手に取ったその若い男性が、パラパラと流し読むように頁を繰る。
どうか彼の琴線に触れますようにと心の中で祈りながら待つ事暫し。
試し読みを終えたらしく、「どうも」と見本誌が元あったブックスタンドに戻された。
──駄目だったか⋯⋯?
そう俺が落胆し掛けた時──。
「とても面白そうな作品ですね。一部ください」
と財布から取った千円札を差し出された。
「お買い上げありがとうございます!」
俺は喜びに、思わず大きな声を上げつつ、お釣りと共に、恭しい所作で、初めて売れた俺達の作品──『コスメティック悪役令嬢の華麗なる下剋上』の文庫本を手渡した。
けれど、その後が続かず、そのまま正午になり、結局午前中に売れたのは、その一冊だけだった。
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