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一話 〈3〉
しおりを挟むその物語の主人公は、とある孤児院で過ごしていた十四歳の少女。
慎ましくも誠実に暮らしていた彼女の元に、ある日突然立派な馬車に乗った貴族が現れる。
どうやら、彼女はその貴族の前妻の子供だったらしい。
だが、病に倒れた妻の遺した忘れ形見を気に入らなかった後妻が、主人公を何処かの孤児院に送ってしまった。
この歳になってようやく探し出せたのだと涙ながらに語る父に誘われ、突如として貴族の令嬢としての生活をすることになった主人公。
一年間の教育を受けてから学園に入学した彼女は、そこで出会った数々の見目麗しい青年たちと恋に落ちていくのだ。
そして、そこに現れるのが悪役であるマリーディアである。
彼女は主人公が王太子と恋に落ちた際、婚約者としての立場を守るために主人公に辛く当たるのだ。
要するに、恋を盛り上げるためのお邪魔虫というわけだ。
しかして、お邪魔虫というにはやり過ぎてしまったマリーディアは、到底王妃には相応しくない気質の人間として断罪され、今後は危険のないように幽閉されてしまう。
やがてそこで孤独と飢えに苦しみながら死ぬ、というのがマリーディアに用意された結末らしい。
「………………」
話を聞いている途中、僕はふと気づいた。
これ、最近ちょっと流行っている恋愛小説によく似た設定だな、と。
話の流れがなんとなく似ているし、恋愛対象別に同舞台で出ているシリーズが何巻かあったと記憶している。
マリーディアは基本的に娯楽の一切を禁じられているので、そういった小説を読むような機会はない筈だが、何処かで見聞きしたのかもしれない。
もしくは、精霊の囁き、ということもある。
この世界のあちこちにいる精霊は人間が大好きで、時折気に入った文化があれば、精霊たちの間でも同じものが流行るのだ。
精霊の声を聞ける人間は決して多くはないけれど、神聖視されがちな精霊についての記述には、実際のところかなりの確率で『結構俗っぽい』という報告がなされている。
ついでに言えば、精霊の声が聞けるという自覚がある人間もあまり多くはない。
やたら勘のいい冒険者が実は精霊の導きを受けていた、なんて話は結構あることだし、変に気が滅入ると思っていたら今まで精霊の声に励まされて頑張れていたのに神聖濃度の低い土地に引っ越したせいだった、なんてこともある。
マリーディアももしかしたら自覚のないタイプの人間なのかもしれない。
だとしたら、公爵様はかなり損していることになる。
精霊の声が聞ける人間は、それだけで特別な手当が出るほどには貴重だ。
それを証明するのに馬鹿みたいなくらい時間のかかる手続きがあるのと、成長と共に失われてしまうことがある才能だというのが難点だけども。
「だから、もうどうでもいいの。みんなみんな嘘っぱちなんだから、どうなったって構わない筈だわ」
「成る程ねえ。確かに、そうかもしれないね」
この世界が本当に嘘っぱちだったなら、そうかもね。
残念ながら僕には到底そうは思えないのだけれど、今のマリーディアにとってはそうとしか思えないんだろう。
思いたくない、というのが正しいかもしれない。
辛く苦しい現実を乗り越えたい、と望む時、この世界そのものを無価値と断ずるのは一つの手だ。
全部が全部無価値ならば、苦しみにも喜びにも差は無くなる。
代わりにどうしようもなく無気力になるし、なんなら自暴自棄になるけど。今のマリーディアみたいにね。
確かに言えることがあるとするならば、少なくともこの世界は作り物ではない。
より正確にいうのなら、マリーディアが語るような世界ではない、というのが正しいか。
彼女の語った物語には、まず人物の固有名詞がなかった。予知というにも天啓というにも曖昧で、あまり頼りにならない占いよりも更に曖昧だ。
ほとんど、絵空事としか思えないような内容である。きっと、彼女の心に余裕があったなら、自分でも気づくことはできただろうに。
僕が今それを伝えたところで、マリーは納得できないだろう。何せ、今の彼女は限りなく平静を失っているし、この場にはマリーを納得させられるだけの材料がない。
正直なところ、ないこともない──のけれど、現状の僕にはそれを上手く証明できなかった。
なので今のところはマリーの思う状況の中で、最善に思える手を提案することにする。
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