精霊の落とし子は、ほんとにあんまりやる気がない。

藍槌ゆず

文字の大きさ
6 / 23

二話 〈2〉

しおりを挟む



「ねえマリー、僕って言葉が足りないかな?」
「急にどうしたの? ロバートの言葉が足りないのは今に始まったことじゃないけれど」
「えっ? そ、そう? 自分では結構お喋りだと思ってるのに……」

 僕とマリーは、婚約者であるからには当然、月に何度かは会う時間を作っている。
 学園に入学した後は授業で顔を合わせる機会も増えるかと思ったのだが、一般教養科目と合同科目を除けば剣術科と魔術科はあまり授業が被らないので案外顔を見る日は少ない。
 こういう分離も騎士と魔導師の間の溝を深める要因になっているのでは、と教育課程の見直しも計画されているらしいのだけれど、まだまだ先の話になるだろう。

 ちなみに、僕とマリーは基本的に婚約者として仲睦まじくしていること自体がある程度良い効果をもたらすので、なるべく人目につくところでいい感じの逢瀬をするように、と命じられている。

 よって今日も、海岸沿いで開かれる華やかな祭りを見に出掛けていた。日傘を差したマリーと一緒に、色とりどりに輝く砂浜を見ながらよく冷えた氷菓子を齧る。
 普段は深海にいる妖精が地上に遊びにくる日だと伝えられているレアンの朔日は、砂に混じる魔石の欠片が聖なる魔力に反応して煌めくのだそうだ。
 夜には月光を反射してもっと美しく煌めくそうだけれど、流石に正式に夫婦となっていない女性を夜に野外に連れ回すのはあまり褒められたことではないので、見るとしたら卒業後になるだろう。

「もちろん、いつも話しやすくて心地いいわ。でも、ロバートって一番大事なことはいつも胸に秘めている気がするの」
「なるほど。僕って案外神秘的な男だったんだね。そこが魅力ってことかな」
「…………………………」
「ごめん、冗談」

 日傘を傾けて僕を見遣ったマリーの視線に耐えきれず、両手を降参の形に上げる。
 そこまで冷えてはいなかったけれど、しっかり呆れてはいる様子だった。

「ねえ、ロバート」
「なんだい。何でも買うよ」
「何もねだってないわ。聞きたいことがあるの」
「何でも答えるし、何でも買うよ」
「ロバートはどうして私を助けてくれたの?」

 僕の精一杯の甲斐性は、どうやらそのまま聞き流されてしまったようだった。まあ、氷菓子なんて食べすぎても身体に良くないからね。
 こちらを真っ直ぐに見つめるマリーの瞳は、どこか不安を抱いて揺れていた。一体何をそこまで不安になることがあるのだろう。

「君が好きだからだよ」
「…………本当に?」
「嘘ついてどうするのさ」
「…………ごめんなさい、人目があるところで聞くことじゃなかったわ」

 本当に、心の底から本心として口にしたのだけれど、やっぱりマリーは信じてはくれないようだった。多分、誰かに聞かれたら不味いから当たり障りのない答えを返したと思われている。
 どうしてなんだろうなあ。こんなに好きなのだけれど。いつも上手く伝わらない。表現方法が問題なのだろうか。

「マリーってもしかして理想の愛情表現みたいなのがある人?」
「理想の? いえ、特にはないけれど……」
「本当? 花束を持って傅いてほしいとか、壁際に追い詰めて上から囁いてほしいとか、そういうのない人?」
「花束はもらっても意外と邪魔だし、そんな乱暴なことをしてくる人は嫌だわ」
「じゃあどんな愛情表現だと嬉しい?」

 さっぱり思い浮かばないので素直に聞くことにした僕に、マリーは少し困ったように首を傾げた後、そっと自分の掌を見下ろした。
 日傘を持っていない方の手にあった氷菓子は、食べ終えて片付けてある。
 白い指先をハンカチで丁寧に拭ったマリーは、そっとその手を僕へと差し出した。

「…………それなら、そうね、手を握ってくれると……嬉しいかしら」
「なるほど。じゃあ一旦、その傘僕が持っていい?」
「いい、けど」

 隣り合った僕らが手を繋ごうとすると、僕はマリーの日傘に割り込む形になってしまう。
 身長差を考えると僕が差した方がいいんじゃないかな、と思って手を差し出せば、マリーは戸惑いまじりに、少しだけ頬を染めて僕に傘を預けた。

 空いている手を軽く握って、傘を持って寄り添って歩く。普段は凛と前を見据えて姿勢良く歩くマリーは、何故か乗合場に向かうまでずっと俯いていた。
 それでも距離を取られたりはしていないから、きっと嫌がられてはいない。

「ねえ、ロバート。貴方はとても素敵な人だわ。こんなこと、私が言うまでもなく分かっていることでしょうけれど」
「そうかな。僕のことをそんな風に誉めるのなんてマリーくらいだよ」
「それは貴方が本当の自分を隠しているからよ。みんな本当のロバートを知ったら心惹かれる筈だわ」
「マリーって面白いこと言うね」

 本当の僕、とやらがどんなものかはよく分からないけれど、そんなものマリーだけが知っていればいいのだから、マリー以外が知る機会は一生ないのに。
 なんだか面白くなって笑い出した僕に、マリーはほんの少し沈黙した後、何かを堪えるように小さく笑った。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...