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二話 〈2〉
しおりを挟む「ねえマリー、僕って言葉が足りないかな?」
「急にどうしたの? ロバートの言葉が足りないのは今に始まったことじゃないけれど」
「えっ? そ、そう? 自分では結構お喋りだと思ってるのに……」
僕とマリーは、婚約者であるからには当然、月に何度かは会う時間を作っている。
学園に入学した後は授業で顔を合わせる機会も増えるかと思ったのだが、一般教養科目と合同科目を除けば剣術科と魔術科はあまり授業が被らないので案外顔を見る日は少ない。
こういう分離も騎士と魔導師の間の溝を深める要因になっているのでは、と教育課程の見直しも計画されているらしいのだけれど、まだまだ先の話になるだろう。
ちなみに、僕とマリーは基本的に婚約者として仲睦まじくしていること自体がある程度良い効果をもたらすので、なるべく人目につくところでいい感じの逢瀬をするように、と命じられている。
よって今日も、海岸沿いで開かれる華やかな祭りを見に出掛けていた。日傘を差したマリーと一緒に、色とりどりに輝く砂浜を見ながらよく冷えた氷菓子を齧る。
普段は深海にいる妖精が地上に遊びにくる日だと伝えられているレアンの朔日は、砂に混じる魔石の欠片が聖なる魔力に反応して煌めくのだそうだ。
夜には月光を反射してもっと美しく煌めくそうだけれど、流石に正式に夫婦となっていない女性を夜に野外に連れ回すのはあまり褒められたことではないので、見るとしたら卒業後になるだろう。
「もちろん、いつも話しやすくて心地いいわ。でも、ロバートって一番大事なことはいつも胸に秘めている気がするの」
「なるほど。僕って案外神秘的な男だったんだね。そこが魅力ってことかな」
「…………………………」
「ごめん、冗談」
日傘を傾けて僕を見遣ったマリーの視線に耐えきれず、両手を降参の形に上げる。
そこまで冷えてはいなかったけれど、しっかり呆れてはいる様子だった。
「ねえ、ロバート」
「なんだい。何でも買うよ」
「何もねだってないわ。聞きたいことがあるの」
「何でも答えるし、何でも買うよ」
「ロバートはどうして私を助けてくれたの?」
僕の精一杯の甲斐性は、どうやらそのまま聞き流されてしまったようだった。まあ、氷菓子なんて食べすぎても身体に良くないからね。
こちらを真っ直ぐに見つめるマリーの瞳は、どこか不安を抱いて揺れていた。一体何をそこまで不安になることがあるのだろう。
「君が好きだからだよ」
「…………本当に?」
「嘘ついてどうするのさ」
「…………ごめんなさい、人目があるところで聞くことじゃなかったわ」
本当に、心の底から本心として口にしたのだけれど、やっぱりマリーは信じてはくれないようだった。多分、誰かに聞かれたら不味いから当たり障りのない答えを返したと思われている。
どうしてなんだろうなあ。こんなに好きなのだけれど。いつも上手く伝わらない。表現方法が問題なのだろうか。
「マリーってもしかして理想の愛情表現みたいなのがある人?」
「理想の? いえ、特にはないけれど……」
「本当? 花束を持って傅いてほしいとか、壁際に追い詰めて上から囁いてほしいとか、そういうのない人?」
「花束はもらっても意外と邪魔だし、そんな乱暴なことをしてくる人は嫌だわ」
「じゃあどんな愛情表現だと嬉しい?」
さっぱり思い浮かばないので素直に聞くことにした僕に、マリーは少し困ったように首を傾げた後、そっと自分の掌を見下ろした。
日傘を持っていない方の手にあった氷菓子は、食べ終えて片付けてある。
白い指先をハンカチで丁寧に拭ったマリーは、そっとその手を僕へと差し出した。
「…………それなら、そうね、手を握ってくれると……嬉しいかしら」
「なるほど。じゃあ一旦、その傘僕が持っていい?」
「いい、けど」
隣り合った僕らが手を繋ごうとすると、僕はマリーの日傘に割り込む形になってしまう。
身長差を考えると僕が差した方がいいんじゃないかな、と思って手を差し出せば、マリーは戸惑いまじりに、少しだけ頬を染めて僕に傘を預けた。
空いている手を軽く握って、傘を持って寄り添って歩く。普段は凛と前を見据えて姿勢良く歩くマリーは、何故か乗合場に向かうまでずっと俯いていた。
それでも距離を取られたりはしていないから、きっと嫌がられてはいない。
「ねえ、ロバート。貴方はとても素敵な人だわ。こんなこと、私が言うまでもなく分かっていることでしょうけれど」
「そうかな。僕のことをそんな風に誉めるのなんてマリーくらいだよ」
「それは貴方が本当の自分を隠しているからよ。みんな本当のロバートを知ったら心惹かれる筈だわ」
「マリーって面白いこと言うね」
本当の僕、とやらがどんなものかはよく分からないけれど、そんなものマリーだけが知っていればいいのだから、マリー以外が知る機会は一生ないのに。
なんだか面白くなって笑い出した僕に、マリーはほんの少し沈黙した後、何かを堪えるように小さく笑った。
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