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しおりを挟む「大丈夫よ、オリヴァー様は何も心配なさらないで。それよりアリア様のお話だけれど、今から公妾として立場を得るには、あまりに成績不振が過ぎると思うの。卒業を遅らせるおつもりなのかしら?」
我が国では、公妾について明確な制限がある。少なくとも王都の魔法学園を一定の成績で卒業した者でなければならない。社交の場にも出る廷臣として扱われる以上、あまりにも成績の酷いものは宮廷に入れられないのだ。
アリア様は、はっきり言って落第生も良いところだった。侯爵家に後妻の連れ子として加わらなければ、一生学園の門を潜ることはなかったような人間だ。当然の結果だとも言える。
「それについては問題がない! 何せ、この俺が直々に講義をしているところだからな!」
「まあ、お優しいこと。学年首席のオリヴァー様が教えて下さるのですもの、きっとアリア様も見違えるように成績が上がることでしょうね」
「フフフ、聞いて驚かないでくれ! なんと全教科赤点だったところが、何とか平均に届きそうなくらいには改善したのだ!」
「あら」
酷い、という言葉を、何とか飲み込んで、わたくしは淑女の笑みを浮かべてみせた。
ちなみに、酷いのはアリア様の成績についてだけで、オリヴァー様の手腕自体は素晴らしいものだと言える。
どうやら指南については不得手なわたくしと違って、オリヴァー様は教師としても優れた才を持つようだ。相変わらず、持ち合わせた自信に相応しい才覚に満ちた方である。素敵ね。
わたくしの予想が正しいのであれば、どうやらオリヴァー様は『魅了』の効果に囚われて尚、生来持ち合わせた豪胆さによって確固たる意志を保っているようだった。
『真実の愛』を二つ抱えている辺りがその証左だろう。通常、魅了をかけられた人間は術者を何よりも最優先し、愛することになる。『真実の愛』とやらが二つも存在する筈がないのだ。
けれども、オリヴァー様は現在、わたくしとアリア様を同時に愛すると言っている。
これが彼の単なる心変わりではないことは明確だ。だって、オリヴァー様はわたくしのことがこの世で一等好きなのですもの。
これだけは、たとえ世界が滅んだとしても永遠に変わらぬただ一つの真実である。
仮にオリヴァー様がわたくしを好きでなくなる世界があるとするのなら、その時は世界の方を疑うべきだ。
「おっ、お嬢様! 魔導士の方をお連れしました……!」
「ありがとう、ジゼル」
息を切らして走ってきたジゼルが、魔導士の方をわたくしに紹介する。
第一王子の異変とあっては飛んでくるしか無かったのだろう、冷や汗を掻きながらやってきた老齢の魔導士は、柱に手をつきながら大きく息を吐いていた。
呼吸を整えるのを待つ間に、わたくしはオリヴァー様へと向き直る。
「オリヴァー様、わたくしの我儘を聞いてくださるかしら?」
「無論だ、君が望むならば俺は海すら割って見せようとも!」
「では、今からしばらくの間、目を閉じて待っていて?」
オリヴァー様は豪胆で豪快で時折傲慢ですらある方だが、わたくしの前ではとても素直で可愛らしい方でもあるので、妙な頼みだと言うのに特に疑問を持つでもなく、素直に目を閉じてくださった。
ただ、若干、口付けを期待されている気がする。とりあえず、終わったらしておこうかしら?
静かに待っているオリヴァー様を、魔導士に見せる。熟練の魔導士殿は、少しばかり迷うような仕草を見せた後、諦めたようにオリヴァー様の周囲を観察するように見回った。
妙な間の後に、少しばかり歯切れの悪い声で呟きが落ちる。
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