悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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おまけ 一話〈4〉

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      ◇   ◆   ◇



 かくしてロザリーはチェレギンと共に旅立った。
 時折届く報告を見るに案外上手くやっているらしい。転移者と転生者ということで、此方には分からないところで通じ合うような部分もあるのかもしれない。何にせよ、私にとっては彼女が二度と面倒を起こさず、此方の手を煩わせるようなことがなければそれでいい。

 ノエルは義妹の突然の旅立ちに驚いていたけれど、彼女が『研鑽のために師事した』と聞くと驚くほどあっさりと納得した。
 例の一件以来塞ぎ込んでいたロザリーが元気を取り戻した(ように見えた)のも受け入れた理由だろうけれど、ノエルは基本的に、人間はみんな自らの力を磨くために生きている、と思っている節があるのよね。何の疑いようも無く当然だと考えているところが厄介だわ。

 姉妹仲は極めて良好らしい二人は度々手紙のやり取りをしている。ノエルを唆したのは事実のようだが、ロザリーもそれが正しいことだと信じ切っていた訳で、騙しているだとか良いように使おう、だとかは考えていなかったということだ。素で悪を断罪するつもりで来た辺り、限りなく似たもの姉妹ね。

「見て下さい、ミミィ様! ロザリーから手紙が届いたのです! 運河の街にいるそうですが、風景画が一枚同封されていました!」
「あらそう。あの子、意外に絵のセンスはあるのね」
「ええ、そうです! 家に居た頃もよく私を描いてくれました! 人物画もとても上手なんですよ!」

 放課後の喫茶店にて。ノエルは持参した手紙を掲げると、快活な笑みを浮かべて素直な褒め言葉を並べ立てた。
 自慢の妹について話すノエルの顔には、ロザリーへの好意だけが溢れている。例の一件は『行き過ぎた正義感の暴走』として片付けられており、今ではノエルの奇行を見た生徒の間で噂になる程度の騒ぎでしかなくなった。
 唆された当人であるノエルもそれは疑っておらず、『正義と正義がぶつかった結果』だと思っている。実際のところ双方共に欠片も正義など無いわけだけれど、わざわざ訂正する気も無い。

「それから此方、ミミィ様宛にも手紙が同封されていました!」
「……私に? 何かしら」

 旅立った当初は謝罪を綴った手紙が一通だけ届いていたけれど、それ以降はチェレギンからはともかく、ロザリーから私の方には連絡はないのが常だった。別に欲しいとも思わないからそれ自体は構わない。さして興味もない相手の近況なんて、状況把握以外に聞きたくもないものね。
 向こうもそれは理解していることだろう。ならば、連絡を寄越すというのは余程伝えたい何か────恐らくは厄介事がある、ということだ。

 差し出された封筒は、至って簡素な代物だった。余計な装飾は何もないそれを、ノエルから受け取って開く。
 拝啓、から始まる妙にかしこまった挨拶を読み飛ばし、本題に目を通す。

『私のスキルに新たな反応がありました。文字表示の一部が判読不能になっており詳細はわかりませんが、恐らくはミシュリーヌ様やその周囲を狙った何らかの存在による攻撃があるかもしれません。何もなければ一番良いのですが、ノエル姉様に万が一のことがあってはならないと思いお伝えしました。くれぐれもノエル姉様の安全をよろしくお願いします』

 スキル、という文言を目にした瞬間、自分でも目が細まるのが分かった。ロザリーの持つ『プレイヤー』とやらは、この世界における最善手を表示するスキルだ。だが、レベル上げを怠った今、スキルの情報自体への信頼が薄い。
 チェレギンの見立てでも、今からレベルを上げるには相当の努力が必要だと判断されていた。
 そんなスキルの情報を貰ったところでわざわざ対応する気にはなれない。ロザリーも、此方が真面目に受け止めるとは思っていないだろう。それでも連絡してきたのは、被害を受ける対象が『ミシュリーヌ・シュペルヴィエルの周囲の人間』を含んでいるからだ。つまりは、ここ一年ですっかり私に懐いているノエルが巻き込まれるのを恐れている。

「全く、清々しい程あなたの心配しかしていないわね」
「? 何か心配するような事態でもありましたか? 学園生活は順調です、と送っているのですが」
「……ノエル、他人宛の手紙を覗き込むのはやめなさい」
「はっ、これは失礼しました! 興味が勝ってしまい……!」

 対面から覗き込むように立ち上がっていたノエルが、慌てて着席する。見られたところで困るのは自身の偉業の正体を知られる羽目になるロザリーだけだから構わないのだけれど、単純なマナーの悪さについ口に出してしまっていた。
 ノエルは貴族令嬢と言うには何もかもが足りない。足りなくても一切困らないほどの才能があるとはいえ、人として当然のマナーくらいは身につけておいても良いだろう。マナーを知った上で破るのと、知らないで破るのでは意味が変わってくるもの。

「それにしても、『何らかの存在』ね……」

 想定される敵は人間であるかも怪しいらしい。それがスキルの情報不足によるものか、それとも本当に人間ではないものが敵になるのかは分からないが、もしも有り得る未来だとすれば興味のない話でもない。

「ねえ、ノエル。明日は久しぶりに訓練に付き合ってあげましょうか」
「ほっ、本当ですか!? ミミィ様が直々に!? この間のように直前で『やっぱりダンと遊んでいてちょうだい』なんて突き放しませんよね!? 本当にミミィ様が!?」
「本当よ、だからそんなに喧しく騒ぎ立てないで。鬱陶しいわ」

 椅子を倒す勢いで立ち上がったノエルは、そのまま嬉しそうに両手を組むと、夢見る乙女のような仕草でうっとりと明日の予定に思いを馳せ始めた。顔だけ見れば健気な少女でしかないけれど、頭の中は最近威力を上げることに成功した爆散魔法の効果のことしかないだろう。

 ところで、この店にはもうノエルとは一緒に来ない方がよさそうね。
 引き攣った顔に何とか笑みを浮かべている店主を横目で眺めながら、私は静かにグラスに口をつけた。


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