21 / 27
おまけ 一話〈4〉
しおりを挟む◇ ◆ ◇
かくしてロザリーはチェレギンと共に旅立った。
時折届く報告を見るに案外上手くやっているらしい。転移者と転生者ということで、此方には分からないところで通じ合うような部分もあるのかもしれない。何にせよ、私にとっては彼女が二度と面倒を起こさず、此方の手を煩わせるようなことがなければそれでいい。
ノエルは義妹の突然の旅立ちに驚いていたけれど、彼女が『研鑽のために師事した』と聞くと驚くほどあっさりと納得した。
例の一件以来塞ぎ込んでいたロザリーが元気を取り戻した(ように見えた)のも受け入れた理由だろうけれど、ノエルは基本的に、人間はみんな自らの力を磨くために生きている、と思っている節があるのよね。何の疑いようも無く当然だと考えているところが厄介だわ。
姉妹仲は極めて良好らしい二人は度々手紙のやり取りをしている。ノエルを唆したのは事実のようだが、ロザリーもそれが正しいことだと信じ切っていた訳で、騙しているだとか良いように使おう、だとかは考えていなかったということだ。素で悪を断罪するつもりで来た辺り、限りなく似たもの姉妹ね。
「見て下さい、ミミィ様! ロザリーから手紙が届いたのです! 運河の街にいるそうですが、風景画が一枚同封されていました!」
「あらそう。あの子、意外に絵のセンスはあるのね」
「ええ、そうです! 家に居た頃もよく私を描いてくれました! 人物画もとても上手なんですよ!」
放課後の喫茶店にて。ノエルは持参した手紙を掲げると、快活な笑みを浮かべて素直な褒め言葉を並べ立てた。
自慢の妹について話すノエルの顔には、ロザリーへの好意だけが溢れている。例の一件は『行き過ぎた正義感の暴走』として片付けられており、今ではノエルの奇行を見た生徒の間で噂になる程度の騒ぎでしかなくなった。
唆された当人であるノエルもそれは疑っておらず、『正義と正義がぶつかった結果』だと思っている。実際のところ双方共に欠片も正義など無いわけだけれど、わざわざ訂正する気も無い。
「それから此方、ミミィ様宛にも手紙が同封されていました!」
「……私に? 何かしら」
旅立った当初は謝罪を綴った手紙が一通だけ届いていたけれど、それ以降はチェレギンからはともかく、ロザリーから私の方には連絡はないのが常だった。別に欲しいとも思わないからそれ自体は構わない。さして興味もない相手の近況なんて、状況把握以外に聞きたくもないものね。
向こうもそれは理解していることだろう。ならば、連絡を寄越すというのは余程伝えたい何か────恐らくは厄介事がある、ということだ。
差し出された封筒は、至って簡素な代物だった。余計な装飾は何もないそれを、ノエルから受け取って開く。
拝啓、から始まる妙にかしこまった挨拶を読み飛ばし、本題に目を通す。
『私のスキルに新たな反応がありました。文字表示の一部が判読不能になっており詳細はわかりませんが、恐らくはミシュリーヌ様やその周囲を狙った何らかの存在による攻撃があるかもしれません。何もなければ一番良いのですが、ノエル姉様に万が一のことがあってはならないと思いお伝えしました。くれぐれもノエル姉様の安全をよろしくお願いします』
スキル、という文言を目にした瞬間、自分でも目が細まるのが分かった。ロザリーの持つ『プレイヤー』とやらは、この世界における最善手を表示するスキルだ。だが、レベル上げを怠った今、スキルの情報自体への信頼が薄い。
チェレギンの見立てでも、今からレベルを上げるには相当の努力が必要だと判断されていた。
そんなスキルの情報を貰ったところでわざわざ対応する気にはなれない。ロザリーも、此方が真面目に受け止めるとは思っていないだろう。それでも連絡してきたのは、被害を受ける対象が『ミシュリーヌ・シュペルヴィエルの周囲の人間』を含んでいるからだ。つまりは、ここ一年ですっかり私に懐いているノエルが巻き込まれるのを恐れている。
「全く、清々しい程あなたの心配しかしていないわね」
「? 何か心配するような事態でもありましたか? 学園生活は順調です、と送っているのですが」
「……ノエル、他人宛の手紙を覗き込むのはやめなさい」
「はっ、これは失礼しました! 興味が勝ってしまい……!」
対面から覗き込むように立ち上がっていたノエルが、慌てて着席する。見られたところで困るのは自身の偉業の正体を知られる羽目になるロザリーだけだから構わないのだけれど、単純なマナーの悪さについ口に出してしまっていた。
ノエルは貴族令嬢と言うには何もかもが足りない。足りなくても一切困らないほどの才能があるとはいえ、人として当然のマナーくらいは身につけておいても良いだろう。マナーを知った上で破るのと、知らないで破るのでは意味が変わってくるもの。
「それにしても、『何らかの存在』ね……」
想定される敵は人間であるかも怪しいらしい。それがスキルの情報不足によるものか、それとも本当に人間ではないものが敵になるのかは分からないが、もしも有り得る未来だとすれば興味のない話でもない。
「ねえ、ノエル。明日は久しぶりに訓練に付き合ってあげましょうか」
「ほっ、本当ですか!? ミミィ様が直々に!? この間のように直前で『やっぱりダンと遊んでいてちょうだい』なんて突き放しませんよね!? 本当にミミィ様が!?」
「本当よ、だからそんなに喧しく騒ぎ立てないで。鬱陶しいわ」
椅子を倒す勢いで立ち上がったノエルは、そのまま嬉しそうに両手を組むと、夢見る乙女のような仕草でうっとりと明日の予定に思いを馳せ始めた。顔だけ見れば健気な少女でしかないけれど、頭の中は最近威力を上げることに成功した爆散魔法の効果のことしかないだろう。
ところで、この店にはもうノエルとは一緒に来ない方がよさそうね。
引き攣った顔に何とか笑みを浮かべている店主を横目で眺めながら、私は静かにグラスに口をつけた。
0
あなたにおすすめの小説
推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。
石河 翠
恋愛
伯爵令嬢ミランダは、前世日本人だった転生者。彼女は階段から落ちたことで、自分がかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生したことに気がついた。
そこで彼女は、前世の推しである侯爵令息エドワードの幸せのために動くことを決意する。好きな相手に振られ、ヤンデレ闇落ちする姿を見たくなかったのだ。
そんなミランダを支えるのは、スパダリな執事グウィン。暴走しがちなミランダを制御しながら行動してくれる頼れるイケメンだ。
ある日ミランダは推しが本命を射止めたことを知る。推しが幸せになれたのなら、自分の将来はどうなってもいいと言わんばかりの態度のミランダはグウィンに問い詰められ……。
いつも全力、一生懸命なヒロインと、密かに彼女を囲い込むヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:31360863)をお借りしております。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
転生令嬢と王子の恋人
ねーさん
恋愛
ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件
って、どこのラノベのタイトルなの!?
第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。
麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?
もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが
クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた
そして殿下にリリーは殺される?
転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが
何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる