悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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おまけ 二話〈1〉

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「ダニエルくん! 君はやっぱり素晴らしいよ! もはやこのまま我が研究部に所属してはくれまいか!?」
「部長がミミィに話を通してくれるなら構わないが」
「よーしやっぱりこの話は無しにしよう!! これからもたまには協力してくれると嬉しい!!」
「ああ。時間が合えば」

 笑顔のまま勢いよく判断を切り替えた部長は、別れ際に俺の披露した魔法について更に賞賛を重ねた。
 彼は明るく研究熱心で、至極良い人だと思う。ミミィには利用されている気がしてならないが、彼だって貴族なのだから、その辺りは承知した上で探究心を優先したのだろう。

 今更言うまでもないが、俺は大分友人の少ない人間である。親しい人、と聞かれて思い浮かぶ人間は親族かミミィか、という程には。
 社交の場で失態を犯すほど人付き合いに向けていない訳ではないが、積極的に交友関係を広げて上手く立ち回れるほど器用でもない。今ぐらいの立ち位置が俺には丁度よかった。

 何より、ミミィは俺が下手に交流を持って妙な虫がつくのを嫌がる。普通は逆じゃないかと思うのだが、確かにミミィは近づいた虫すら食らうような華なので、呑気に風に揺れている俺の方が心配になるのはまあ、分からなくもない。

 ただ、ミミィはあまり分かっていないと思うのだが、俺のような花に惹かれる虫はそう多くはないのだ。殆ど居ないと言っていい。
 恋は盲目、というのはどうやらミミィ程の人間でも当て嵌まるようだった。

 学園を出て、普段は通らない道を選んで歩く。
 何か面白い──ミミィを楽しませられるような──店がないかと探してからしばらく。

「………………」

 背後から後を付けてくる人間の気配に気づいて、ほんの一瞬足を止めた。

 本来は人通りの多い道に向かう筈だった足取りを、人気のない裏路地へと向ける。
 聞こえる足音は軽く、気配からして手練れでもない。むしろ素人だ。

 こういう時、わざわざ俺に手を出してくるような輩は大抵ミミィの商売敵……というか、ミミィのせいで被害を被った下級貴族であることが多い。
 正当な抗議や裁判を起こすタイプならまだ話し合う余地があるが、こんな風に、最初から跡を付けて回ってくる相手は大抵は暴力に訴える人間だ。

 人気のない場所に向かうことで尾行の失敗を察して離れるのならば、探偵や調査官の類である。
 そして、人目のない場所で二人きりになるまで後を追ってくるような人間は、雇われの暴漢だ。

 巻き込まれるのは困ったものだが、言ったところで聞きやしないのがミミィなのだから、降りかかる火の粉は自分で払わないとならない。
 まあ、大抵の人間はミミィよりは弱いので、俺でもまだ何とかなる。

 音の反響から距離を測りつつ振り返ると同時に、やけに幼い声が響いた。

「お前がダニエル・グリエットだな?」

 立っていたのは、まだ十を越えたばかりかと言うような少年だった。
 人混みを歩いていても最低限違和感のないような衣類に身を包んでいるが、よくよく見れば日常的に栄養が足りていない暮らしをしているのが分かる。

「そうだが。俺に何か用か?」
「アリアーデ様がお前を呼んでいる。僕に着いてこい」
「…………」

 少年の手には武器らしいものは一つもなかった。だが、一目見てすぐに分かった。
 彼の首元には、魔術式の刻印が刻まれている。術式が人類に伝わっているものとは違うが、用途には心当たりがある。
 自分に逆らった存在を罰し、下手すれば首を落とし命を断つ、罪人用の魔法だ。此方の法では、二十年前に禁呪指定されている。

 要するに、彼は使者であり、同時に人質なのだ。

 ……多分、ミミィだったら気づいた上で明確に無視しただろう。
 見も知らぬ、それも貴族社会にもいないような子供を人質に取ったどころで、それを気遣ってくれるほどミミィは優しくはない。

 だからこれは、俺を狙って持ちかけられた脅しだ。
 何処の誰が首謀者かは分からないが、黙って言うことを聞かなければ、この子供を殺すと言っているのだ。

 弱ったことに、俺にとっては暴力に訴えられるよりもよっぽど解決の難しい問題だった。

 仮に何処ぞの誰とも知らぬ相手だとして、幼い子供の首が腐り落ちる様なんて見たくはない。
 しかも、こんな追い詰められた目をした子供の。

 抵抗の意思はないことを示すように両手を上げると、少年は僅かに肩の力を抜き、そしてそれを自分で律するように鋭い動きで俺を指差した。

「それと、そのチョーカーを外せ」
「…………多分、後悔することになると思うんだが」
「いいから外して捨てろ!」
「…………分かった」

 絶対に譲れない事情があるのだろう。少年の目には薄らと涙の膜が張っており、今にも雫となって零れ落ちそうだった。
 彼を刺激しないで済むよう、最小限の仕草で首元へと手を伸ばす。頸の金具を外せば、チョーカーはすんなりと首から離れた。

 路地裏に廃棄された樽の上に、軽く放り投げる。出来れば後で回収したかったが、難しいだろうな、と思った。
 ミミィの莫大な魔力が込められた品なので魔物や野良猫が持っていく心配はないだろうが、逆に金に困ったような人間が拾って売り捌いてしまうだろう。

 売られた方が回収しやすかったりするだろうか。逡巡の合間では判断がつかなかったので、ひとまず俺は目の前の少年に集中することにした。

「外したぞ」
「……ついてこい、余計なことは喋るな」

 強張った声で告げた少年の背を追う。入り組んだ裏路地の更に奥へと進み、一際深い影の落ちた角で立ち止まる。
 彼は、苦虫を噛み潰したような顔で首に下げたネックレスを手に取ると、叩きつけるようにして漆黒の宝玉を地面へと叩きつけた。

 途端に、地面に円形の魔法陣が展開した。少年の首に刻まれたものと同じ、人類史には記録のない魔法術式だ。
 多分魔族のものだな、と頭の片隅で考えた頃には、俺の身体は黒く眩く光に包まれていた。




 ────目を開くと、見慣れない景色が広がっていた。
 広大な森だ。空は紅く、黒い針葉樹ばかりが並んでいる。人類の生活圏ではないことは確かだった。随分と遠くに来たものだ。

 召喚術式を転移に応用しているのか。
 多分、上手くやらないと再構成された身体がバラバラになって死んだままになるやつだな。

 手のひらを見下ろし、指の動きを確かめる。身体に異常は無いようだった。まあ、今の所は、という話だが。
 鬱蒼たる森を少年の案内で抜けると、立派な城が建っていた。全体的に黒々と陰鬱な色合いをしている中に、妙に弾けた色の宝石が散りばめられていた。

 物語の魔王城と言うものが現実にあったとしたら、きっとこんな形をしていることだろう。ちょっとばかり、センスがあれだが。
 少しどころではなく嫌な予感がしたが、なんにせよ、俺に引き返すという選択肢はなかった。

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