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7. 安心する匂い
しおりを挟む想像以上にけたたましい音が鳴って、面接官が怯んだ間に、高大は立ち上がって面接官から距離を取った。
二人ともお互いに驚いた顔をしている。
けたたましい音とともに、通報しましたという機械音声が流れて高大はドキリとする。
横峯も近くのコーヒーショップにいてこのボタンを押したらすぐに駆けつけると言っていたが、多分そんなに早くは来ないだろうから、少しでも面接官と距離を取りたい。じりっと後ずさりをしてドアに近づいた時、ドアが外から開いて横峯が飛び込んできた。
「はっや!!」
怯えていたことも忘れて高大は思わず口からそんな言葉が出る。横峯は眉をぎゅっとひそめると、面接官をにらんだ。
「オメガを一人こんなところに呼んで一人で面接するっていうのがこの会社のやり方なんですかねぇ……」
高大が見たことがないくらい横峯は怒っていた。地を這うような低い声で、腕を組んで能面のような顔で面接官を見つめている。
「第一声が『君かわいいね』の時点で、就職の面接としておかしいですよね?」
高大は「えっ」と聞き返す。
「『避妊はしてセックスするってことなのかな?』とか余計なお世話ですし、今年の初めに事故があった企業にしてはゆるすぎる。人事部長がこれでいいんですか? 坂元滋さん」
横峯はそこで一息つくと、うーんと唸った。
「何か、叩いたら余罪がたくさん出てきそうな気がするんですが。……会社に連絡してきちんと調べてもらわないと……」
さり気なく、横峯は高大を隠すように背中側に移動させて、ドアから高大を出すと、自分も出て、そのままドアを閉めた。
ぐいと高大の腕を引っぱり、ずんずん進んで、無言のまま横峯の家に高大を連れて帰宅する。話しかけられないようなオーラを感じて、高大は横峯のぎゅっと握った手だけを見て歩いた。
「あの、ごめん……助けに来てくれて、ありがとう」
小さな声で、高大は言う。
無理に笑ってみたものの、驚きと怖さがもう一度溢れてきて、高大の目からは自然と涙がこぼれてしまう。
「あれ? あれ、おかしいな。何だろう」
泣こうと思ったわけじゃないのに涙が出ることに、高大は動揺して肩口でぐしぐしと目を擦る。
その顔を、横峯の手がそっと支えて、「擦ったら腫れちゃうよ」と目もとをなでる。
それが心地よくて、高大は横峯に身を預けた。
安心してしまうと、震えがこみ上げてくる。
「こ、こ、こわ、怖かった……何で、こんなことに、なっちゃったんだろ……」
口に出すと、身体の震えが急に強くなって、ガクガクとおかしいくらいに震えて、高大は自分でも困惑した。
「どうしよ……何だろ……あれ??」
震えを止めようと高大は自分の腕で自身をギュッと押さえつけるが、震えは止まらない。
横峯が、高大の身体をそっと包み込むように抱きしめて、震える身体を覆って、背中を優しくトントンしてくる。
背中がほんわりあったかくなって、横峯の鼓動だけが聞こえて、高大は目をつぶった。
いつの間にか眠ってしまった高大をベッドに寝かし、横峯は鋭い顔をして立ち上がろうとした。
くん、と引っ張られふと見ると、服の裾を握りしめられていて、横峯は思わず微笑んだ。
(――かわいくて、愛しくて、守りたい)
高大のことを見つめて、握りしめられた服をスルリと脱ぐと、高大の脇に寄せて、横峯は頷いた。自分の服を握りしめてくれているのが嬉しい。横峯は首を傾げ、部屋の隅から洗濯物を持ってくると、高大の周囲をそれらで囲み、満足して部屋を出た。
許すことは出来なくて、ずっと怒りがおさまらない。
横峯は、こんなに怒りを感じたのは初めてだった。
高大から就職面接の話を聞いた時から、何か引っかかるものを感じていた。
番に対する独占欲かななんて独り笑いして、過保護だと思いつつ心配で高大が就職する企業のことを調べたり、盗聴器付きの防犯ブザーを用意してしまったりしたが、それらがすべて全く無駄ではなかったことが許せない。
何より高大の気持ちを考えると、今までがんばって、別に好きでもない横峯と番になるなんて言い出すくらい入りたかった企業なのに、可哀想でかわいい。
(まあ、離してあげられないけど……)
横峯は目を細めると、スマホを取り出し電話を何件かかけた。
今日の件は水に流して許すことはできない。
アルファは怒らせてはいけないのだ。
高大は横峯の香りに包まれて、目を覚ました。
「あ、俺、寝ちゃったのか……ごめん、横峯くん……って、え?!」
横峯の香りの元となっていた洗濯物に包まれて寝ていたことに気づいて高大は驚いて飛び起きた。
横峯自身の姿は部屋になく、高大は横峯の香りのする洗濯物に囲まれて寝ていた。
(でも、横峯くんの匂い凄くて、いい匂いだからよく眠れた……)
魔が差して、高大は洗濯物に顔をうずめて深呼吸した。
「にしても、この間洗濯したばっかりなのにまたこんなに溜めるとか」
起き上がった高大は、洗濯物を集めてよいせっと持つと、洗面所に向かった。
何も考えずに洗濯機を回したかった。
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