公爵令嬢は占いがお好き

四宮 あか

文字の大きさ
27 / 40

第26話 笑顔が下手くそ

しおりを挟む
 ノアの父を敵に回すことはできれば……というかできることなら絶対ごめんなところだけれど。
 これ以上いい方法が頭をどれだけひねっても思いつかない!!!!

 私はこの街で生まれ育ってきた。
 変わってほしくない景色、死んでほしくない人がここにはたくさんいる。
 戦争のことがもし本当なら、これ以上の最善の手はない。


 前門の虎後門の狼という諺がピッタリな状況に、ぐうううっと思わずうなってしまうけれど。
 もう他に手段がない。
「わ、わかりました……け、結婚のお話を……っぐぐううう。進めましょうぅぅ」
 背に腹は代えられない。
 全く持って不本意、不本意だわ。



「結婚を決断するとき覚悟を決めると聞いたことがあるが。覚悟を決めるときはこういう声がでるんだね」
 こちらの心情をおそらくわかっているうえで面白くてたまらないのだろう。
 ノアはいい笑顔で笑った。
 こうして私とノアは考え方は違えど、結婚に向けて話を進めることとなった。



 ノアとの結婚の話を本当に進めることを報告すると、父は自分の手柄のようにどや顔をしたのがうっとおしい。
 母は父ほど頭がお花畑ではなかったよう……
 時間を置いたこともあるんだろうけれど、すっかり冷静さを取り戻した母は
「娘は親から見るととてもいい子ではあるけれど。本当に親御さんは納得しているの?」
 とぎこちない笑顔で質問をしていた。
「早く結婚しろとさんざんせかしていたので、ようやく相手が決まったことでむしろホッとしていると思いますよ。それに私が本当に必要ではないですか?」
 にこやかな顔で話すノアをしり目に、本当に大丈夫なの? と何度も目くばせをする母だったけれど。
 ノアの最後の一言で、娘を心配する母の顔から公爵夫人の顔となる。
「あなたたちまさかそんなことで?」
 母は整えた髪が乱れることも気にせずに前髪をかき上げあきれたようにそういった。


 私が気が付くより前から戦争になるのではとあちこち走り回っていた母だけあって。
 ノアのたった一言で意味をすんなり理解したようだ。
 そしてギロリと鋭い母の視線が私に向いた。
 能天気な父と違って母はやり手だ、 鋭い視線に思わず私は耐えきれなくなって悪いことなどしていないのに、思わず目をそらしてしまう。
 はぁあっと大きな母のため息が一つあった。 


「この件は私が必ず何とかします。子供は子供らしくしてなさい。あなたには私のように苦労してほしくないのよ……」
 そして絞り出すように母はそういった。
 悪い人ではないけど、できる人でもない父に代わって奔走する母の心からの言葉だったのだと思う。
 そんな母の言葉に、これが最善だと思った私の気持ちが揺れる。
 かといって、他に私に結婚相手ができるかと言えばそうではなく、さらにこの状況をひっくり返す何かがあるかと問われるとそれもない。



 黙る私から視線をそらし、母の目はノアをとらえる。
「マクミランの爵位は確かに公爵だけれど。これは厄介な辺境の地を任せるためだけの名ばかり爵位」
「その辺に」
 父が珍しく母の様子をたしなめるけれど、母はそれを無視して言葉を続けた。
「肥沃な大地もなければ平らな場所すら少なく、あたりは山だらけ。かといえば、その山に貴重な資源が眠っている鉱脈があるわけでもない」
 トントンと母は椅子の手おきをリズミカルに人差し指でたたきながら怒らぬように、自分の気持ちを押し殺したように話しだす。
「私にとってはかけがえのない娘だけれど、その娘が絶世の美貌も魔法の才も娘にはないこともさすがにわかっているのよ……」


 母は人差し指でリズムを刻むのをやめて、悲しそうに目を伏せため息をついてこういった。
「――知ったのね? この子の計り知れない価値を」


 マクミランは肥沃とは対極な地、かといって産業が発展しているわけでもない対価としてヴィスコッティ家に差し出せるものなんて何一つない。
 娘と恋に落ちたとかのたまっているけれど、いくら親ばかでも娘は絶世の美貌も魔法の才もないことはわかっているし。
 この男が恋に落ちる要素がないことはわかっている。

 そんな娘でも彼にとって選ばれてもおかしくない理由が一つだけある。
――加護だ。


 そう母は思ったのだろう。
 言葉の本当と嘘を見抜く私の加護にノアは気が付いたから、こんな辺境の地で名ばかりの爵位のある優れた美貌も魔法の才もない私に利用価値があると判断したのだろうと。



 母はわかっていなかった。
 この男のぶっ飛び具合を。
「価値ですか?」
 ノアはちょっと不思議そうな顔をして、私のことをじっくりと眺めた。
 ノアの言葉にまとわりつくようにホントもウソも浮かび上がらない。




「しらじらしい」
 憎々しそうに母が顔を不快そうにゆがめた、のを確認したノアが愛想笑いの表情を一切崩さず隣に座る私にちらりと目を配った。

 これどういうこと? と言わんばかりに見つめられても……私にはどうすることはできないんだけどという気持ちを込めてノアを見つめ返すが、私の気持ちはどこまで伝わったのやら。
 私たちの様子をみていた母は椅子から立ち上がると、目の前に座る私の元にやってきて母が問う。


「ティア、あなたには普通の幸せを送ってほしいの。ごく普通のね……あなたにはそれができる目がある。だから安心してしまっていたの」
 結婚相手を見つけると張り切った父とは対照的に母は父のように積極的に何かをするわけではなかった。
 それはてっきり、父がこなせていない分の公爵としての社交の仕事を母が代わりにしているからだと思っていたけれど。


 母は私の加護をわかっていて、だからこそ害のあるウソを見抜けると母は見守っていたのかもしれない。
「肥沃な土地もない、資源もない、隣国に隣接するから危険だけが多いこの地で名ばかりの爵位。寄ってくるのはよくない思惑のある物ばかりだってことが、でもね。その中にたった一人でいいのあなたのことを思ってくれる人がいればいいし、あなたにはそれがわかると思っていたのに……」
「お母さま……」
 加護を使う必要なんてない。なのに最後の確信が欲しくて使った母の言葉にまとわりつくホントの文字に目が潤む。


「利用されないで、お願いよ」




「お言葉を挟むようで申し訳ないのですが、利用とは何にですか? 私はすでにもう大抵持っています」
 感動のシーンをぶっ壊すように、そして選ばれた強者しか決して言えない言葉をノアが心底不思議そうに口にした。
「何にってあなた……」
 そういって母は言葉を詰まらせた。

 
 社交界の花だった母親譲りの甘いマスクに、異国の地から嫁いできた祖母譲りの珍しい黒い瞳と黒い髪。
 大魔導士だった祖父ゆずりだという広大な魔力をもつ人物は、パーティー会場でおとなしくしていることはほぼなく。
 社交界の花々をちぎっては捨て、ちぎっては捨てだの、頼むから能力の無駄遣いをしないでくれと一目もはばからずに父親に懇願されるほどのちゃらんぽらんな人物。


 辺境の地マクミラン領には、占い師との勝負に負けたことが気に入らなかったという糞としか言いようのない理由で訪問。
 そして、私のノラリクラーリ作戦により2か月間もの間無駄に滞在して、中身のない話を延々としてきた。


 もう一度いうけれど2カ月もの時間をあっさりとこんなところで無駄にしてきたのだ。


 これは娘の価値に本当に気が付いてない? ということにようやく気が付いた母は目を泳がせて
「えっと、何かに?」
 母ととぼけつつも私の目をじっと見つめた。

 私の目なら、ノアが私を利用するつもりかどうか見抜けるからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ
恋愛
魔王軍四天王「煉獄の魔女」リディア。魔王様に絶対の忠誠を誓い、最強の魔女として人間から恐れられていた私の日常は、一人の男によって打ち砕かれた。 人類の希望、勇者アルフレッド。戦場で相まみえるたび、彼は聖剣ではなく熱烈な愛の言葉を向けてくる。 「君は美しい。僕と結婚してほしい!」 最初は敵の策略だと警戒していたのに、彼の真っ直ぐすぎる求愛に、鉄壁だったはずの私の心が揺らぎっぱなし! 最強魔女の私が、敵の勇者にドキドキさせられるなんて……ありえない! これは、敵同士という運命に抗う二人が紡ぐ、甘くて少し切ない異世界ラブストーリー。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...