江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

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袋屋は千利休の夢を見る

第一話 詐欺の現場に居合わせた幸運

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「これは、見事な茶壷。筑波屋つくばやさん、私多少心得がありまして。もしや、もしやですよ。これは信楽焼では?」
 風呂敷から出てきたのは、木箱でその中から出てきたのはビードロ釉がしっかりと全体にかかり、焦げの味わいのある筑波屋の亭主収蔵しゅうぞうの手の中に納まるほどの小さな小さな茶壷だった。
 望んでいた返しをされたことで、収蔵の鼻がぷくりと膨れた。
「お目が高い。いかにも」
 先日手に入れた茶器を褒められ収蔵ははまんざらでもなかった。
 だって、これは100両もした知られざる名品中の名品なのだから。
「して、いったいどのような品で」
「信楽の茶壷とだけ。後は詳しく言えんのですわ」
 この名品に出会えたのはまさにツキが自分に回ってきたからに他ならない。



 数日前、仕入れの帰りに泊った宿で居合わせたのが元の持ち主である夕凪ゆうなぎだった。
 夕凪は甲賀の出身で。嫁ぎ先は代々日本六古窯の一つ信楽焼を生業としており、最近は土鍋に徳利それに水がめと大衆向けの仕事が次々と舞い込み景気はよかったそうなのだが……
 不幸なことに夕凪の夫は商品を運ぶ際に大罪である事故を起こしたのだ。
 どれほど気を付けていても事故というものは起こるというのに、夕凪の夫は事故の責任をとるために訴えむなしく死罪となってしまったそうだ。
 夫が死罪となると、夫の弟子たちはたちは薄情なことに他の窯元のところに行ってしまったそうだ。

 そこで、銭に困り骨董の買い付けをしている座頭ざとうに、まだ家に残っていた日用品や出来のいい見本としてあった品々を見てもらった際。
 その中で、ちょっと値打ちがありそうなものがあったらしく。
 その買手を見つけるためにわざわざ甲賀から江戸にでてきたそうだ。

 座頭は身長がでかく恰幅のいい男だった。何より収蔵と同じ商売を商いにしているからこそ、穏やかに笑みをたやさない座頭は明らかに、その辺の店の主なんかが持ってはいない成功者特有の落ち着きを持っていると収蔵は思った。
 商売で移動している、男と女。
 毎夜毎夜二人での食事は会話が続かなかったそうで、よければ一緒に食事をと収蔵は誘われ宿の部屋で簡単に飯を食べることになったのだ。


 骨董に目がない収蔵と骨董屋の座頭、そして信楽焼を作っていた夫を持つ夕凪の会話は弾んだ。
 酒も随分回ったころ、夕凪がぽつりと言ったのだ。
「千利休が秀吉に殺されることがなければ、夫が亡くなってもうちの窯元が無くなることはなかっただろうに」と。
 今は夫を無くしてしまったせいかひどくやつれ、顔に疲れをのぞかせるが。もともとはさぞ美しかったのだろう。
「夕凪」
「あっ、これは失礼を……今のは忘れてくださいませ」
 座頭にたしなめられるように名前を呼ばれると夕凪は慌てて取り繕うが長い沈黙となった。


 こりゃどうしても気になると思った収蔵はついつい、聞き返してしまった。
「私もこれでも骨董を集めている端くれ、利休の名がでては聞き逃せませんな」と。
 座頭と夕凪は顔を見合わせた。
 利休と聞かば偽物と疑えという諺があるほど、利休が生前所有していたという偽物を持ってくる詐欺師が多い。
 信楽といえば、利休の偽物として出てくるのが多い窯の一つである。

「夫の家は信楽の窯元だったのですが。利休は信楽焼の茶器を自分で作って焼いていたことを御存じでしょうか?」
 夕凪がぽつりぽつりと話し出したそれは驚くような話だった
 


 利休は窯元に注文を付けるだけでは飽き足らず、自分が望む茶器を自分で作ることにしたそうで。
 実際に信楽焼を自分で作ったのだが、焼くときに窯が足りなかった。
 そのため、銭を出すからと夕凪の夫の家の窯が同じ時期に火をいれるということで、何点か利休の作品をいれて火入れをしたそうだ。
 しかし見事割れることなく茶壷が出来上がったまではよかったのだが、利休がそれを引き取りに来ることはなかった。
 秀吉の不評をかったとかで、利休は切腹となったからだ。結果、利休のもとへ行くはずの茶壷が窯元に利休に送られることはなく残ったそうだ。



「結局のところは利休が亡くなったことで、利休の手に渡っておりませんし。今となっては、利休が作ったものを焼いたと言っても信用されないですし。そんな時に茶壷自体は見事なできなので買手をこちらで探しましょうと座頭さんがいってくださって……夫の家で大事にされていたものですし、沢山信楽も譲っていただいたので、この茶壺がどこへ行くか見届けではといわれ。甘えさせていただき、心を癒す旅がてら、共にこちらに着た次第です」
「ほほう、ところでいったいどれくらいの値段で売るつもりで?」
「5両、いえ、できれば3両ほどにでもなればと……」
 夕凪はそういって、笑った。
 5両!?
 仮にも千利休が自ら作り上げたかもしれない茶壷をか!? 収蔵はギョッとして正気かと座頭を見つめると、座頭は糸目を見開き収蔵を睨みつけた。
 余計なことを口に出すなよと言われたのだと収蔵はすぐに解った。

 

 利休の手に渡っていないのは事実だが、利休がこの手でこしらえたのだ。
 そりゃ、一番いい出来の物は、いつもの窯元に頼むにしても。利休が作ったものは作ったものだ。
 とりあえず、ブツ、ブツがみたい。
「あの。夕凪さんよろしければ。拝見させていただけませんか? あの、私これでも日本橋で筑波屋という袋屋をやっておりましてね」
「日本橋の……」
「えぇ、これも何かの縁。もちろんそのような代物、タダで見せてほしいとはいいません。いいものを見せてもらうんですから。いざというときに店の宣伝もかねて配れるように袋や小物を持ち歩いているんですよ」


 収蔵は慌てて自身の部屋に置いてあった風呂敷包みから、お得意さんに配ろうと思っていた巾着をいくつか出した。
「えぇ、どれでもどうぞ。よければいつでも店にも顔を出してください。収蔵と名を出せば値段も勉強させれますんで」
 そういって愛想笑いをした。
 夕凪は、色とりどりの巾着に手を伸ばし本当にいいのかと選び始めた。


 そんな様子を眺めていると、座頭が徳利を片手に隣にどかりと座り込んだ。
「こちらも商売、この意味はおわかりですね?」
 そう釘を刺された瞬間理解した。
 収蔵も長く商売をやっている、探られても困らない商売もあれば、困る商売もある。
 座頭は人のいい顔をしているが、とんだ悪党だ。
 千利休がこの手で作り上げた逸品を二束三文で価値を知らぬ未亡人から買い叩こうとしているのだから。


 収蔵も骨董収集の端くれ、長くやっていると当然偽物も掴ませられる。
 偽物を掴ませられてキーキー怒ることもあったが、よもや名品をだまし取る場に居合わせることになろうとは、人生何があるかわからない。



 巾着のおかげで気をよくした夕凪は、座頭に茶壷を出して見せてやるようにと言って、座頭は一瞬だけ嫌な顔をしたが、自身の傍に置いてある風呂敷包みから大事そうに木箱を取り出した。
 中から出てきたのは、間違いなく信楽焼の茶壷だった。
 丸みを帯びた両手に収まりそうなほどの小さな茶壷は、ビードロの釉薬が全体にしっかりとかけられており、全体に見事な信楽特有の焦げがあり、収蔵でも本物の信楽焼だとすぐにわかった。



 座頭と夕凪は明日には立つそうで、もう日がなかった。
 自分が利休を手に入れる出会いなんてもうないかもしれない。
 そう思い立った収蔵は夜が更けてから、座頭と夕凪の部屋を訪ねた。


 寝ていると思ったがすぐに、座頭がぬっと部屋から顔を出した。
「こんな時間に訪問するのは非常識ではないでしょうかね?」
 座頭は私の様子から、眠っている間に私に茶壷を盗まれてはかなわないと寝ずの番をしていたようだった。
 それがますます、あの茶壷を夕凪からだまし取ろうとするのだと収蔵に確信を持たせた。
「夕凪は?」
 小声でそう問うと。
「もうとうに寝ておりますよ」



「頼む、あの茶壷をわしに売ってくれ10両、10両だす」
「……お話になりませんね」
 夕凪から5両ぽっちで買い叩くつもりなのに、こちらの提示した10両もの大金を座頭はあっさりと断り、そっとふすまを閉めにかかる。
 ふすまが絞められたらたまったもんじゃない。
「15いや20両ならどうだ」
 しかし座頭は首を横に振った。
「50両。わしが出せるのはここまでだ」
「しつこい。そんな値で売るはずがない」
 先ほどの柔らかな話し方から座頭は一変した。
 そう、こういう詐欺をはたらくほどだ、まともそうに見えてまともなはずはなかった。
 それでも、この機会を逃してなるものかと収蔵は食い下がる。



「頼む、後生だ。それにアンタも困るはずだ。事故も死罪だが、詐欺も死罪だ」
 夕凪に言うぞと匂わせたが、座頭のほうが上だった。
「あの茶壷の価値が表になれば、残念ながらお前さんじゃ買えねぇよ」
 座頭の言うとおりだった。価値が表ざたになれば、それこそわしが銭を積んで買えるものではない。


「……しかしながらこちらも詐欺で捕まるわけにはいかない。100両だ」
「100両!?」
「下調べや弟子たちを他の窯元にやるのにこちらもそれなりに投資している。それに本物だと理解して買ってもらうために、わざわざ甲賀から未亡人になった夕凪を連れてきて旅費がかなりかかっている。これくらい回収できないと割に合わない」
 夫が亡くなった後、弟子たちが他の窯元に行ってしまったと夕凪は言っていたが、世もや世もや弟子たちを他の窯元にやった男こそが、困っている自分に手を差し伸べてくれた座頭だとは夕凪も思うまいである。
 悪党というものは、なんと恐ろしいことかと震えあがった。



 収蔵は考えた、100両はなんとかかんとか出せないことはない。
 これを逃すと機会などないだろう。
「手持ちがない。店まで来られるか? 代金は100両払うが。その中から夕凪に10両払え。未亡人でこんな風に宝をだまし取られてはあんまりだ」
「だまし取るのは私もだが、アンタもだ。いいか、アンタも共犯だ。アンタもだぞ」
 こうして、収蔵は座頭と手を組み、夫を亡くした夕凪から千利休に収められなかった作品をまんまと手に入れられることとなったのだ。


 翌日収蔵が身の上を聞いた仲だ、アンタにも暮らしがあるだろう。品はとても良いものだから。10両で買おうというと、夕凪は泣いて何度も頭を下げ、収蔵の心がチクリと痛んだのは、茶壷のはいった風呂敷を受け取るまでだった。
 手持ちがないからと日本橋までもう一晩泊って、共に行き。妻が怒るのをなだめ用意したのは100両。
 10両を渡すと夕凪は何度も頭を下げ、これから観光をした後帰ると去って行った。
 座頭はというと、夕凪と共に去ってからしばらくすると現れた。


 すでに茶壷は手の中にある。90両がおしくなった収蔵は欲を出した。
「代金ならすでに払った。客の邪魔になるから冷やかしなら帰った帰った」
 そういって、店の者を使い座頭を追い返そうとしたとき、座頭の袂から、見慣れた茶壷が現れた。
 ハッとした顔をすると、座頭がにやりと笑った。

 慌てて風呂敷を開けてみると、中には案の定茶器は入っていなかった。
 やられた……
「私は約束を守ろうとしたんですがねぇ……あんたが今買ったのはその箱だけ。何なら私はこのまま消えてもよかったんですよ?」
「悪かった、悪かったよ。座頭さん」
「詫びにもう10両」
「払う、払うから。すまんかったすまんかった」
 そう痛い目を収蔵がみて手に入れた茶壷だった。

「さて、今回のことはことがことだけに、私たちの名前だけは出さぬように。噂が広まれば、こんな小さな店からはあっという間に取り上げられてしまいますし、下手をしたら死罪になるのはあなたもですよ」




 すぐに見せびらかしたくなった収蔵は、骨董仲間の反物屋の与一よいちを呼び出し冒頭の会話となるのであった。


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