江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

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三流一流と出会う

第三話 三流一流と出会う

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 浅草寺で観光客を眺めながら、物見雄山に来ているカモを探す人物がいた。

 元服をむかえていないため、前髪が残っているので子供と侮るなかれ、彼はこの辺で横行するスリのうちの一人だ。
 少し薄汚れた格好をして、手ぬぐいで顔を隠している子供がこの辺りにはよくいる。
 それもそのはず、この辺りには又吉またよしという元締めがおり、そいつが身寄りのない子供たちにスリを仕込み、スッた財布を持ってこさせるのである。



 かくいう、彼も済む場所を無くし。又吉に拾ってもらいスリを仕込まれ、なんとか日銭を稼ぎ生きている一人である。
 彼がここに加わったのはわずか一年ほど前になる。
 名前は総司。
 今では薄汚れ、こんなところで物見雄山の客相手にスリを働くガキの一人ではあるが。

 一年半ほど前までは母親と共に長屋に住んでおり、年頃の子供相応に遊び、そして母親は学があったほうが将来こまらないと寺子屋で字の読み書きや簡単な計算を習っていたような子だった。
 なぜ、そんな子がこんなところにいるかというと、母親が流行り病で亡くなり、寺子屋に紹介してもらった住み込みの丁稚奉公先で問題があったからだった。
 仕事は雑務が主で、それでも総司は自分の居場所を作ろうと必死だった。
 主人は優しかったというのに、長いことここに努めている女が嫌な顔をして言うのだ。
「気を付けたほうがいい」と。
 その意味はわからず、そしてことは起こってしまったのだ。



「お前の瞳が悪いのだ。お前が私を誘惑するのが悪いのだ」と。
 優しい主は一変した。
 手を伸ばし、あろうことか総司を求めたのだ。
 冗談じゃなかった、総司は必死に抵抗し、はだけた着物で丁稚奉公先を裸足で逃げ出したのだ。
 自分に手を出すかもしれない主のもとでは働けないと、世話になった寺子屋に逃げ込み安心したのもつかの間。
 信頼して逃げ込んできたというのに、あろうことか使いを出し、総司がここにいると知らせろという会話を聞いたのを最後、もうここにはいられないのだと悟った。



 それなりに大店だったことも災いして、その後丁稚奉公に雇ってもらおうと奮闘したが、睨まれるのが嫌で誰も雇ってくれず。
 それでも、色のある目で見つめられている奉公先に頭を下げて戻れる覚悟もなかった。

 
 男が多い江戸での野宿は体の小さな子供の俺にはとても危険だと、奉公先で理解した総司を拾ったのが、捨てられたり、親が亡くなったりした子をスリとして仕込み、ピンハネすることを生業とした又吉という男だった。
 といっても、又吉はいい奴なんかではない、スリが失敗しても助けてはくれないし、すった財布を渡さないと袋叩きにされる。
 ぎろりとした目つきに、腕には2本の墨。
 そして、すぐに手がでるのは子供にだけではないのだろう。いつやられたのかわからないが前歯が数本ない男だった。



 浅草寺のような場所に物見雄山にきた人の袂から、財布をすり。
 元締めである又吉のところに持っていき、自分が危険を冒し財布をスっても、総司が手にするのはピンハネされてわずかばかりの銭。
 それで、何とか食つなぐ日々。
 同じような子供が俺のほかに何人もいて、時々いなくなるのが、俺は心底恐ろしかった。
 いつか、俺もそうなるのではないかと……
 それでも、他に生きていく術を俺は知らなかったのだ。



 その日も総司は、浅草寺で神様仏様に心の中で食っていくためには仕方がないのだと詫びと、見つからないことを祈った。
 俺だって本当はこんなことはしたくない。
 スリが見つかれば、腕に墨をいれられる。そうすれば、もうまともな商家には働けなくなる。だから、どうか見つからないようにと。
 俺はこんな暮らしに落ちた今でも、いつか銭をためて住むところを見つけたら、ここからうんと遠くに離れてそこで雇ってもらうという夢を持っていた。
 母に、いつかまっとうな暮らしをしている自分を見せたかったのだ。



 その日は、たもとがずっしりと下がった人物を見つけてしまった。
 上等な羽織。
 真新し草履。
 背は周りより頭一つ分ほどでかいが、糸目で実におっとりとしていそうな顔立ちをしていた。

 いつもであれば10両以上ありそうな財布は決してスろうとは思わない。


 それでもその時、総司の頭に魔が囁いたのだ。
『まとまった金があれば、この生活からぬけだせるぞ』と。
 又吉は総司に生きるためにスリを教えてくれたが、自分の腕にはすでに墨が入っているからと、こんな風に子供たちにスリのやり方を仕込み代わりに盗ませて、ピンハネして生活しているような男だ。
 簡単に仕込んだガキたちが逃げ出しては困るようで、定期的に多く金をためていないか確認するようなしたたかさがあった。
 だから、1年たっても総司はここから逃げられることがなかった。


 しかし10両を超える窃盗はそれ以下と違い叩かれ墨をいれられるだけでは済まない。
 死罪であることが総司を躊躇させた……
 だけど、明日をも見えない暮らしが嫌で、総司この財布を盗んだら又吉のところに行かずそのまま逃げようと思ったのだ。
 そっとなれたように手を伸ばしたその時だ。
 おっとりしていると思った男が思いもよらない素早い身のこなしで振り返るだけではなく、なんと総司の手を掴んだのだ。
 ……失敗だと即時に総司は理解した。


「ほうこりゃ噂以上……驚きだ」
 総司の盗みの腕は、今まで一度も捕まらず生き残れたことを考えると、それなりのものだったのにだ。
 でも、それをあっさり見抜くような人物。
 そもそも、袂にずっしりと金が入った財布があること自体がまず妙だったのだと気づいたが遅すぎた。
 なんとか、なんとか挽回せねばと総司は頭を働かせた。
「突然人の腕を掴むなんて失礼じゃないか」
 大丈夫、まだ財布を取ったわけじゃないと、冷静になった俺は、見下ろす人の群れの中で頭一つでかいお男をにらみつけ、はったりをかました。


 ほんの少しでいいひるんでくれ。
 そうすれば、この人ごみの中に紛れてしまえば体格のいいこの男よりも、小柄で地の理がある俺のほうが有利になると総司は祈った。
「これは、見事な」
 睨みつけたことで、隠していた手ぬぐいの下を見られたのだと青くなった。




 早く逃げなければということが総司の頭の中を占める。
 どうしよう、どうしたらいいのか。
 腕はしっかりとつかまれていて、逃げようがない。
 その時、何を言うかと思えば、男はこう言ったのだ。
「こりゃ男嫌いのいい目だ。……君もこんなちんけなことやっていたら、いつまでも元締めに金をとられて終わりですよ」と。
 俺の生活と悩みをずばり指摘されて、ドキッとしたがそれを表情にだすわけにはいかない。
 スリはまだ未遂なんだから。
「何を言う俺は!」
「私もですからね。といっても、君らみたいな三流スリ師とは違って一流ってだです。ここでちんけなことずっとやってたんじゃ、いつまでもお天道様の当たる道なんか歩けやしない。私の名は座頭、一緒にでかい仕事をしましょうよ」
 座頭と名乗る男はそういうと、総司の返事を待たずに手を引いて歩きだした。


 これが、スリ崩れの総司と。
 一流詐欺師の座頭の出会いであった。
 



 
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