後宮の下賜姫様

四宮 あか

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第31話 後宮の下賜姫さまと約束

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「さて、約束を守るべき時が来たな。李 琳明、お前を私の権限によりこの時をもって、下賜姫ではなくす」
 やったわ、これで私は後宮の下賜姫様などではない。17になれば後宮から出ることができる。
「本当でございますか。嘘いつわりはその言葉にはございませんか?」
「あぁ、今回のこと大義であった。のことはおって知らせよう」
 琳明は喜んだ。
 時期に市井へと戻れることに、後宮は恐ろしいところだった。
 毒が平然とあり、これほどの人がいるというのに、大胆に毒を盛るために動くやからがいるのだから。


 その次の日だった。『今玉座いにいるのは偽りの王だ。命を狙う輩がいたため長い間くすぶらせてもらった』との言葉と共に、玲真が玉座に座った。


 黒い髪は染色をどうやったのかはわからないが落としたのか王の特徴である、ここらでは全くみない金の髪へと戻っていたそうだ。
 後宮の調整役をやっていた男が実は王だった話はすぐに後宮に回った。
 それと同時に何人もの宦官が一部の妃の宮へと恐ろしい文を携え訪問したのだ。
 玲真が後宮を身分を隠し潜入していた間に、玲真にはっきりと誘惑の言葉をかけた妃、腕にしなだりかかった何人もの妃は下級、上級にかかわらず、王の妃にもかかわらず後宮にいる他の男に色目を使うようなやからに国母になられるわけにはいかない。
 後宮を即刻去るようにというお達しだったようで後宮はたちまち阿鼻叫喚となった。



 悪い噂というのはすぐに後宮に広がる。
 ひっそりと行われたことでもあっという間に広がるのだから、今回のように大々的にそれも何人もに行われたことはたちまち後宮内を駆け巡って、饅頭姫と呼ばれあまり下女に好かれていない琳明の耳にまで入るのだからそうとうのものだ。


 上級妃賓の実家である名家も、王の妃として入内させた娘が王ではない男に粉をかけていた事実を突きつけられ、後宮内で他の男に粉をかける女が産んだ子を、次期王にするわけにはいかないと辛辣に言いきられてしまうと、ぐうの音もでなかった。
 娘が粉をかけた相手というのが、宦官といつわっていた今の王である玲真自身なのだ。


 他の宦官であればなんとかできたとしても。
 さすがに王が身分を偽り潜入していたのに自分に粉をかけてきたというのは覆せることはなかった。
 王の妃として入内したにもかかわらず、他の男に色目をつかいしなだりかかる女として後宮を本来の時期ではないときに出されるのだ。
 不名誉なことを娘にいわれたくなければ、即刻自ら妃を辞して去れと言われたことまでもが噂として後宮を駆け巡る。



 頭を抱えたのは去るようにいわれた上級妃賓だけではない。
 本来任期を終えれば市井に戻る際に、少額だがまとまった金子を貴重な若い時間を妃としてつかってくれた礼にと下級妃賓にも渡されるのだ。

 金子だけではない、後宮で王に賜ったものの一部は持って帰れるのだ。
 玉や簪などは次の妃にも使えるので置いていかねばならないが、採寸され作られた衣や口をつけていた食器類や食べ物などだ。これも売ればかなりの額となったことだろう。

 王の妃としての役割を果たせていない妃にそんなもの当然払わないし。
 今着用している衣だけは見逃すが、箸1本でさえ持ち出すことを禁止するといわれたのだ。
 王のお越しはないと諦めて玲真に粉をかけていた下級妃賓達はたちどころに悲鳴をあげた。




 こんな大々的にやったら新たな火種を産むんじゃないの……と琳明も心配になるくらいだったが、高官があっさり処分されたこともあり、今の段階で異を強く唱えられる者などおらず。
 発言権がある者もおそらく様子見となっているのかもしれない。



 夏の間に後宮にいた半分以上の妃は後宮を去り、妃がいなくなったことにより下女の数も減らされ、かなりの後宮の人材を減ってしまっていたが、これも玲真の思惑なのかもしれない。
 悪事に乗ってくれるような高官を集めるのは難しいことだが、後宮に美しい娘を入内させることはそれほど難しくはないと思う。
 とりあえず入内させることだけを考えれば、見目の麗しいという一目でみてわかる娘を悪事を考えるやつらにすれば探せばいいのだ。
 王といい仲になれずとも、後宮に入ればできることがあるのだろうし。



 今回のことで特に妃が琳明の知るかぎり罪状を明らかにされ、咎められたりはしていないが。
 第二、第三のもめ事を起こそうとする刺客が何食わぬ美しい顔で若い間に入ってくるのが、この後宮の恐ろしいところだ。
 今黙って口をつぐんでいる連中が潜り込ませようとする刺客と玲真との戦いは、これからも後宮で起こるだろうが、まぁこれより先は、下級妃賓で秋の誕生日が終わるころには市井に戻る琳明には関係のない話だと思っていたのだ。





 その時までは……





 季節はあっというまにゴタゴタしている間に夏から秋へと変わろうとしていた。
 琳明も迫る17の誕生日まで、すっかり人が減ってしまった後宮で最後の優雅な時間をと過ごしていたのだ。
 市井におりたら忙しくてできないような見事な刺繍をしてみたり。
 高いお茶をたしなんだり。流行りの書なんかに目を通したり。



 そういえば毎年夏に行われていた武官の力量比べも、後宮の騒動のせいですっかり先延ばしになってしまったようだ。
 王都にいる武官はすべて出るようだし、去年は見ることが叶わなかった向俊の活躍とやらを今回は妃の間にみることができそうだから、いい席で見れるわね。と本当にのんきに琳明はお茶を飲んでいたのだ。


 向俊と会うのはあの日以来だ。髪は特に念入りに手入れをして軽く結わえるくらいで、なるべく下ろしていよう。銀の髪に生えるように色のついた玉の簪をさしましょう。衣は玉の色に合わせたほうがいいかしらなど。
 銀の髪は日にあたるときらめく、髪をおろしていることでどうやれば他の並ぶ妃達の中でも見劣りをどうやったらしないかなど、本当に女らしいことを琳明は考えて過ごしていたのだ。




 そんな日々を過ごしていた時だ。
 息を切らせて宮の扉を大きな音を立てて小蘭が開くものだから、流石の琳明も咎める。
「もう少し静かにお開けなさいな」
 そんな乱暴に開け閉めしたら蝶番が痛むのが早くなっちゃうじゃないの。という言葉を琳明はかろうじて飲み込んだ。


 女官を窘めた真の理由は、琳明らしくみみっちいことなのだが次の言葉で琳明は身に覚えがなく困惑してしまう。
「申し訳ございません。あまりのことについ、失礼いたしました。李 琳明妃様。正午の鐘が先ほど鳴りました。誠におめでとうございます」
 なんのことだから解らない琳明は突然『おめでとうございます』などという祝いの言葉をかけてもらい困惑する。
 さっぱりと意味がわからないなか、香鈴が普段琳明が頂いていたよりも豪勢な食事を宮に運び出す。いつもは二人で食事の準備をするのに今日は品数も多いため下女を3人もつれてきていた。




「琳明様、誠におめでとうございます。私お仕えできてよかったです」
「あの二人が私をお祝いしてくれるのはわかるのだけれど。私の誕生日は……まだ一カ月も先よ。今日は一体何のお祝いなのかしら……あっ、もしかして私が毒のことなど見破ったからまさか王から凄いものでも賜ったのかしら?」
 後半ついつい欲がでて上品に話そうとしていたのに琳明の言葉尻にボロがでる。
「いいえ、もっと凄いことでございます。正式な要請は琳明様が17歳になる日でしょうが……」
 香鈴が話ししていたことをきいて琳明は嫌な予感がするが香鈴は琳明の気持ちなど知らずにその先を口にした。
「妃としての役目を終えられ、市井に戻られる場合は誕生日の一カ月前までに身の回りの片づけもありますから通達があるのでございます。先ほど正午の鐘がなりましたが、琳明様のところには17になれば市井に戻るようにとのお達しが来ておりません。琳明様は後宮に正式な妃として残られるのでございます」






「はぁ!?」
 妃らしく取り繕うことなどすっかりふっとんで、琳明の口からは普段の猫を被っている時よりも低い素の声でそうでてしまった。



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