騎士団長様、どうか勘弁してください~普通の侍女なのに、どうして騎士団に入団しないといけないんですかっ?! ~

中村まり

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あの娘は? 騎士団長 リュミエール・グランツ視点

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ドラゴンを仕留める所まで、あともう少しだった。

騎士団長、リュミエール・グランツは、高揚した気持ちを抑えられずにいた。長年、追い求め、探し求めて、ついに邂逅できたファイヤードラゴンを手にいれるのは、もう時間の問題だったからだ。

それなのに、ドラゴンに致命傷を与え、息の根を止めるまでほんの少し、となった所で、ドラゴンにまんまと逃げられたのだ。

「くそっ。せっかく、ここまで追い詰めたのに、見失うとは」

悔しそうな顔をしながら、それでもまだドラゴンを追いかけようと、地団駄を踏んでいた騎士団長に、副官が声をかけた。

「団長、敵は手負いです。血の跡をたどっていきましょう」

副官は、そう声をかけると、後ろを振り向き、第一騎士団に命令を下す。

「戦いはまだまだこれからだ。手負いの獣は危険だから注意してかかれ」

剣を鞘に納めるのも忘れて、リュミエールが道なき道を進んだ先には、森の切れ目があり、その先には小さな草原が広がっているのが見える。

百戦錬磨で研ぎ澄まされた神経を持って周囲を感知すると、確かに、その先にドラゴンがいるはずなのだ。

やっと探し求め、もうすぐ息の根を止められそうだ。

リュミエールは、胸の高鳴りを抑えきれずに、ドラゴンを追う。

そして、その草原に出た瞬間、リュミエールが見つけたのは、瀕死のドラゴンと、若い娘の後ろ姿であった。

「お前は何者だ!」

彼が鋭く声をかけると、娘はびくっと飛び上がり、振り返った。

茶色の髪に、まだあどけなさが残る若い娘だった。

来ているものは、平民が着ている服のようなみすぼらしい服ではなく、それなりに上質のものではあったが、貴族が着るような艶やかな服装ではない。ゆったりしたローブを纏い、手には木の実や果物が詰まった籠があった。

彼の問いかけに、娘は困ったような顔をして佇んでいる。

それでも、どうして、こんな所に若い娘が一人でいるのか。

娘が相変わらず、一言もしゃべらないので、リュミエールは、さらに大声で詰問した。

「答えろ、娘。ここで何をしている」

娘に剣を向け、さらに詰問しようとした時、髪の毛が一筋顔におちたので、それを邪魔そうに払いのけた。

とにかく、そのドラゴンにとどめを刺さなくては、と焦りを覚えつつも、その娘の正体を明らかにすることも必要だった。もしかしたら、その娘が魔女かもしれないと思ったからである。

それでも相変わらず、困惑したような娘は言葉を失ったように、ぼけっとしていたので、ついにリュミエールの忍耐の緒が切れたのだ。

「おい、娘、どうした。何か言葉を話せ」

娘はようやく我に返ったようだ。おどおどしながら、聞き取れないくらいの小声でやっと言葉を発した。

「あ、あの、ごめんなさい……。つい、うっかり……」

「うっかり、なんだ?」

そう聞き返した瞬間、娘はくるりと後ろを振り向き、次の瞬間、すごい速度で逃げ出したのだ。

娘がこちらに気を取られている間に、部下である騎士達が彼女を取り囲んで逃げられないように包囲していたのに、彼女はやすやすと、その防已網を突破してしまった。

国で一番の精鋭を誇る第一騎士団の包囲をいとも簡単に破ったのである。

リュミエールも、その事実に一瞬、唖然としたが、他の騎士達も同じだったようだ。

「なっ、なんだ、この女。素早いぞ。気をつけろ」

「うわっ。この加速、一体、どういうことだっ」

部下に攻撃の命令を出していないのに、部下が彼女に切りかかった時には、リュミエールは心底、ぞっとする思いだった。いくらなんでも、ドラゴンの側にいただけという理由で、丸腰の若い娘に切りかかるなぞ正気ではない。

しかし、その刃を素早くかいくぐり、素晴らしい身のこなしで、騎士の剣を余裕で躱す娘の姿を見て、リュミエールなさらに驚いていたのである。

ついでに言えば、彼女に切りかかったのは、第一騎士団でも太刀筋が最も早く、的確に敵を狙う腕利きの騎士であった。部下が刃を振り下ろした瞬間、リュミエールはぞっとする思いだった。

彼女に刃が当たれば確実に命を落とすことになる! 止めようとリュミエールは走ったが間に合わなかった。

ああ、もうだめだ!

彼が絶望の淵に立たされた瞬間、なんと驚いたことに、彼女は刃をするりと躱した。王国の中でも腕利きと言われる百戦錬磨の騎士の刃をだ。

先ほどまで、ドラゴンと死闘を繰り返していた騎士達は、戦闘モードが続いていたのだろう。別の騎士が我を忘れ、彼女に矢の射手が矢を放つころまで、リュミエールは計算違いをしていた。

彼女はドラゴンではない。

それなのに、騎士達はまるでドラゴンを相手にするかのように、彼女を狙い撃ちにしようとしていた。

「お前ら、やめないかっ」

リュミエールが怒りの声を上げたと同時に、矢が彼女の脇をすれて木に刺さる。

彼女に当たらなかったと思って、ほっとした瞬間、別の射手が彼女に向かって火矢を放ったことを知った。

それが、今度は彼女の持っていた籠にささった瞬間、彼女がくるりと振り返ってリュミエールを見た。

その瞬間、リュミエールは我が目を疑った。彼女の瞳は人間のものではなかったからである。

先ほどはありふれた茶色の瞳だったのに、今や、彼女の目はドラゴンのように赤く、瞳孔が縦に長い。
それは、竜の目だった。竜の目を持つ、若い娘。

彼女は、火が燃え盛っていた矢を素手で掴み、何事もないような顔で、いともたやすく、強靭な軍用の矢をぽっきりと二つに折ったのだ。

普通の人間なら、火のついた矢を素手で掴むことなどできはしない。ましてや、軍用の矢が娘のか弱い力でぽっきり折れる訳がない。

この矢は、象でも倒せるほど、強靭なものだからだ。

この娘は一体、何者なのだ。さらに疑問が募っていく。しかし、火矢は彼女の逆鱗に触れたようだった。

「ちょっと、何するのよっ」

彼女がそう叫んだ瞬間、彼女の背後から真っ赤な炎が燃え上がった。それが、魔力による炎だとリュミエールは瞬時に悟る。

どうこうする暇もなく、炎に取り囲まれた騎士達は、一瞬にしてパニックに陥った。

成す術もなく、炎に取り囲まれて茫然としていると、突然、炎が消え去った。彼女が魔力によって燃え盛る炎を打ち消したようだった。

自分達を滅したいのか、助けたいのか。

娘の意図を測りかねて、リュミエールが彼女を見ると、彼女とがっつり視線が交わる。赤い縦長の瞳孔。それは、つい先ほどまでリュミエールが追っていたドラゴンと同じ目だった。

竜の目を持つ娘。

やはり見間違いではない。

魔力の炎に襲われ、自分達の服や靴に火が燃え移り、髪の毛を焼かれてちりじりになっていた騎士たちも大勢いた。それなのに、何よりも彼女が一番、炎に包まれていたはずなのに、髪の毛一つ焦げもせずに、彼女は悠然とした様子でそこに佇んでいた。

「あ……」

なんと声をかければいいのか、リュミエールが全く思いつかない間に、娘は再びくるりと振り返り、森の中へと姿を消した。

炎で焼き殺されかけた騎士たちは、戦意を消失して、娘をもう追いかけることはなかったが、リュミエールもまた、戦意消失した部下たちをしぶしぶと容認しなければならなかった。
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