偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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最終章 

最終話~13

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ジュリアがオーティス侯爵から媚薬を盛られる少し前に遡る。

執務室で仕事をしていたオーティス侯爵の元へ、ポール・クレオール伯爵が訪れていた。

「ご無沙汰しております」

「ああ、この間のエリゼル襲撃は失敗に終わった言い訳でもしに来たのか?」

「それで・・・マクナム伯爵を捕らえたと聞きましたが」

クレオール伯爵は当然、この国の貴族ではない。ジュリアと同様、本来であればエリゼルに遣える身の上だ。だからこそ、宮廷内の詳細な情報を入手し、オーティスへと送ることが出来るのだ。

それにしても・・・だ。クレオール伯爵は、満足げな顔を浮かべ、オーティスを見やった。あのガルバーニ公の想い人が、オーティスに捕らえられたとは、なんと皮肉なことだろう。

そのことを、まだオーティス侯爵は知らない。エリゼル襲撃に失敗はしたものの、この情報を知らせれば、オーティス様は、きっと、自分を許してくれるに違いないと踏んでいた。

少し機嫌が悪そうに、オーティス侯はクレオール伯をじろりと見た。

「ああ、あの女が、王太子殿下の婚約者候補でなければ、このように手厚くは保護しないが。何かの切り札に使えるかもしれん」

「もう一度、仰っていただけますか?」

クレオールの意外な反応に、オーティスはいささかぶっきらぼうに言う。

「だから、あの女がエリゼルの婚約者候補だと」

クレオール伯爵の口元に嘲るような笑みが浮かぶ。静かな口調で男は言った。

「・・・そのようなことはございません」

「何がだ?」

「あの娘がエリゼル様の婚約者等と言うことはありえないと申し上げたのです。何しろ、あの娘は宮廷で、ガルバーニ公爵と恋仲だともっぱらの噂」

「なんだと?」

「それは・・きっと、おそらくガルバーニのお得意の情報操作なのでは?」

そう問いかけるクレオールに、オーティスは思い出したように、懐から鎖のついた指輪を引っ張り出した。ジュリアが負傷した日、首元から零れるようにはみ出していたガルバーニの指輪だった。

「・・・あの娘がこれを持っていたのだ」

それを一目見たクレオールは、ごくりと唾を飲み込んだ。まさか、あの娘がそんな貴重なものをもっていただなんて!

「これは・・・・ガルバーニ公爵家の指輪。これをあの娘が持っていたのですか?」

確かめるようにクレオールが言えば、オーティスは、その通りだと言わんばかりの顔で頷いた。

「ああ」

由緒あるガルバーニ家の中でも、直系しか持ち得ることのない指輪。国の中で最も歴史が長く、最も権力のあるそれを目前にして、クレオール伯爵は、素早く頭を回転させた。考えつく可能性は、たった一つ。

「・・・まさか、あの二人は結婚の約束をしているのでは?」

二人の男は目を見合わせて、黒い笑みを浮かべた。

「もしそうであれば、私たちは、ガルバーニに対して、圧倒的な切り札を手に入れたことになる。そうだろう?」

あの男が悔しげに地団駄を踏んだ様子を想像して、クレオール侯爵は気持ちが強く高揚した。強運の持ち主は一体誰なのか? ガルバーニか、自分たちなのか。

そんな確証を得て、男達は溜飲が下がったとばかり、勝ち誇った顔を浮かべた。

あの男の泣き面をついに見ることが出来るのだ。あのガルバーニ公爵が最も忌み嫌い、そして、もっとも恐れていることはなんなんのか?

オーティスの脳裡に浮かんだのは、あの娘のことだった。マクナム伯爵。

何かを思い立ったように、無言で、オーティス侯が踵を返して部屋から走り去る後姿を見て、クレオール伯爵の口元には嫌な笑みがゆったりと浮かんでいた。

「・・・ガルバーニ。見ていろよ。お前の泣きっ面を見てやる。父の敵だ」

可哀想に捕らわれになったあの娘。マクナム伯爵・・・これから彼女がオーティス様にどんな目に遭わされるのか。それを考えただけでも胸がすっとした気がした。

きっと、面白いことになるだろう。エリゼルの襲撃は失敗に終わったが、それ以上の収穫はあった。なんと言っても宿敵のガルバーニを窮地に陥れることが出来るのだから。クレオールは、オーティスが足早に出て行った後の扉を見つめ、ふふと含み笑いを漏らしていた。




そして、オーティスはジュリアを自室に招き、彼女にまんまと媚薬入りの酒を飲ませることに成功した訳だが、女騎士の精神力は強く、あれほど強い媚薬を飲まされても、なんとか耐えられている様子に、ジリジリとした苛立ちを感じていた。

思わず、女の顎を掴み、上を向かせたが、それで怯むような弱さはジュリアにはない。長年、厳しい鍛錬に耐えた精神力は、男の尋問に怯むことなく、オーティスに正々堂々と視線を向けた。

真っ向から男と視線がぶつかり合えば、ジュリアは、ふふと余裕のある笑みを漏らしてやった。それが今の彼女に出来る精一杯のはったりだった。

「ガルバーニ公爵と関係があるとは、よくもそんな妄想が出来たものだ」

その口調に軽い侮蔑をこめてやれば、オーティスが少し憤慨した。なるほど、この男は侮蔑されることが我慢ならないらしい。見透かすように男を見つめるジュリアに、オーティスも負けじと言う。

「嘘を言うな。こちらにも証人がいるのだ」

オーティスの口調も少し荒くなる。

「へぇ。でっち上げの話をする証人とはね」

また、どくりと、媚薬が効果を強めてくるが、ジュリアは、それを精神力で押さえつけた。気を抜けば、息が荒くなりそうだったが、ここで弱みを見せるものか、と自分に固く誓う。

「証拠を見せないとわからないらしいな」

憤慨した様子で、オーティスが手を鳴らせば、扉を開けて部屋に入ってきた人物がいた。

「・・・ポール・クレオール伯爵。なぜ、貴方がここに?」

自国の宮廷でエリゼル様に遣える貴族の一人だ。宮廷での警護中にジュリアもその顔に少し見覚えがあった。怪訝な顔をしたジュリアに、オーティスは物知り顔で言う。

「クレオール伯爵が、君とガルバーニとの関係をすっかり教えてくれたよ」

「は?」

我が耳を疑うジュリアに、クレオール伯爵は、控えめな口調で静かに言った。

「オーティス様、この娘に間違いありません。ガルバーニ公爵と恋仲にあることは正真正銘の事実にございます」

「クレオール伯爵、貴殿はエリゼル様から寝返ったのか?! 何故?」

「私とオーティス様は遠縁でね」

クレオール伯爵の口の端が静かに上がる。こうなることは想定内だと言うことか。

「エリゼル様を襲撃したのも貴方か?」

ジュリアが鋭い視線で言えば、クレオール伯はそうだと言わんばかりの様子で頷いた。

「ふふ。そうさ。エリゼル亡き後は、あの国はオーティス様のものになる」

「この男が君の全てを知らせてくれたよ。クレスト伯爵領で君の辣腕の話も興味深く聞かせてもらったよ」

どうしてここでクレスト伯爵領の話が出てくるのか? この男は、クレスト伯爵領とは全く接点がないはずなのに。ジュリアの脳裡にあの時の状況がまざまざと蘇った。

─ なぜ、クレスト伯爵領内にしかけたトラップの位置が相手に筒抜けだったのか。そして、エミリーが送っていた伝書鳩を受け取っていたのは誰だったのか。

素早く頭脳を巡らせれば、一つの結論以外に考えられることはない。

「・・・そうか。エミリーを使って、領地内の情報を集めていたのは貴方だったのか。クレオール伯爵」

クレオール伯はふふんと鼻でせせら笑い、ジュリアへと視線を向けた。

「そうさ。まず手始めに、クレスト伯爵領を制圧しようと画策したのに、お前のせいで無駄な徒労になってしまった」

クレオールに加勢するように、オーティスが言う。

「ああ。君の領地内での武勇伝も余す所なく彼から聞かせてもらったよ。クレスト伯爵も君には随分懸想していたようだが、クレストの小僧より、ガルバーニのほうがよかったとはね。君もなかなかずる賢いな。ガルバーニという大物を釣り上げる手練手管には長けているらしいな」

そして、クレオール伯は、なれなれしい様子で、付け足すように言った。

「・・・この間の舞踏会では、随分と、ガルバーニと熱い所を見せてくれたじゃないか」

「まあ、そういうことだ。残念ながら、お前のはったりは無駄だったようだな」

「ああ、そうだった。君に教えておいてやらなければね。君はここでオーティス様と通じるんだ。それを知ったガルバーニはどんな顔をするのだろうね」

クレオール伯も、にやりと淫靡な笑みをジュリアへと向けた。これから何が起こるのか、その男は知っているのだ。

「くそっ。計ったな」

悔しそうな顔をするジュリアを軽くいなし、クレオール伯爵は、オーティスに向って丁寧な礼をとった。

「さて、私たちを二人きりにしてくれないかね。クレオール伯。このレディーとこれから甘い一時を過ごしたいのだよ」

「さようにございますね。それでは私はこれにて・・・」

クレオールは丁寧な礼をとり、静かに部屋を後にした。二人きりになって、改めてオーティスはジュリアと向かい合う。

「さあ、これから共に甘い時を過ごそう。ガルバーニを落とした手練手管を私にも見せてもらおうじゃないか」

男はジュリアへと甘い眼差しを向けた。

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