偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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最終章 

最終話~15

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ジュリアの耳に微かに響いた大砲の音や、騎士達の歓声は少しずつ大きくなっているような気がした。オーティスもそれに気がついたようだった。不機嫌そうに、男の眉間に皺がよった。

その瞬間、扉をどんどんと大きな音を立てて叩く者がいた。

「何事だ?」

鋭い口調でオーティスが問えば、扉の向こう側の従者は狼狽えた様子で声を上げる。

「敵襲です。オーティス様」

「くそっ」

オーティスが忌々しげに呪いの声をあげ扉を開けば、そこには青ざめ小刻みに震えている男が立っていた。

「ガルバーニ公爵領の騎士団を筆頭に多数の軍勢がザビラを取り囲んでいます」

従者に言わせれば、それはあっと言う間の出来事だったようだ。

「数はどれくらいだ?」

「まだわかりません。先鋭だけで数千はくだらないと騎士団長が言っていました。と、とにかく、すぐにお越しください。騎士団長がお待ちです」

「王都からの援軍要請はどうした?」

「はい、今、使者を送りましたが、攻撃される直前にこのようなものが送られてきまして・・・」

怪訝な顔をするオーティスに差し出されたのは、王都からの勅令書だった。

「なぜ、この時に限ってこんなものが・・・」

「声をかけるなと仰られていたので、お渡しする機会をお待ちしていたのですが・・・」

おどおどと主人の顔色を伺いながら、ひたすら恐縮している従者を尻目に、オーティスが蜜蝋で固められた王族の封印を解いた。書面を目を素早く走らせた瞬間、彼の顔が激昂して真っ赤になったのを従者は怯えた眼差しで見つめるしかなかった。

「くそっ。王女め。私を陥れやがったな」

その手紙を忌々しげにオーティスは瞬時に握りつぶした。王女からの書面には、このような事が書かれて合った。

「ジェラルド・オーティス侯爵。謀反、ならびに国家反逆罪として、貴方に出頭命令を下します。直ちに、ザビラを王家に差し出し、その身柄を抗うことなく拘束されるように」

そこには、オーティスが過去に行った犯罪まがいの事実まで事細かに記載されている。その中にはクレスト伯爵領内への侵攻まで含まれていた。絶対にわからないように幾重にも配慮したはずなのに、すべてが白日の下にさらされてしまったのだ。

それでもオーティスは冷静になろうと懸命に努力した。数回大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせて、従者に向かい合った。

「それで、敵はまだ外壁を攻略中なのだな?」

「はい。あの外門を攻略するのはかなり難しいかと思いますが」

外門は高くそびえ立つ石の外壁がぐるりと町を取り囲み、鉄で出来た頑丈な門が敵の侵入を阻んでいる。あの外門はちょっとやそっとでは、攻略することは不可能だ。

仮に外門が破られたとしても、その次には、中門、内門と幾重にも重ねられた城壁を破壊しなくてはならない。簡単に攻略できない構造になっているからこそ、難攻不落の要塞とまで言わしめたのだ。オーティスは油断のない目つきで、考えを巡らし、意を決したようだった。

体は媚薬のせいで、熱を滾らせているし、目の前の娘にこれから甘い一時を味合わせてやろうと思っていた所だったのに。

「・・・わかった。四半刻以内にそちらに行く」

「はい。騎士団長が首を長くしてお待ちです。出来るだけお急ぎください」

その様子をジュリアも息を詰めて聞き耳を立てていた。

─ ガルバーニ騎士団がザビラを砲撃している。

ジュリアの口元には瞬く間に嬉しそうな笑みが浮かぶ。・・・ 今、この城壁の外にジョルジュがいるのに違いない。あの精鋭で名を馳せるガルバーニ騎士団を率いて、他の軍勢と共に、すぐ傍に、この要塞の外にいるのに違いないのだ。

そんなジュリアの顔をオーティスはすっかり読み取っていた。

「そうさ。我が要塞は攻め込まれている。忌々しいことに、あのガルバーニにな」

吐き捨てるように口を開く男にジュリアは不思議そうに聞いた。

「何故、すぐに陣を指揮して戦わない?」

「戦うさ・・。お前を私のものにしてからな」

「なんでだ。そんな時間はないだろう?」

そういうジュリアをオーティスは憐憫の情をこめた眼差しで見つめた。

「・・・お前・・・本当に、経験がないんだな」

半ばあきれ顔で言うオーティスにジュリアはむっとした視線を向けた。

「こういうことはな・・やろうと思えばすぐに終われることなんだ」

「はあ?」

今一つよく分かっていないジュリアに、オーティスは再び甘い顔をジュリアに向けた。

「くだらないお喋りで時間を無駄に使ってしまったようだな。その通りだ。我々は負けるかもしれん。王家から国家反逆罪の烙印を押されれば、この戦で勝ったとしても、もう次がない。ガルバーニにまんまとはめられたよ」

ため息交じりに呟いたオーティスの顔は邪悪な色に染まっていた。恨みと復讐に塗れた顔だった。

「しかし、お前がガルバーニの手に戻った時、お前の胎内に我が子だねが仕込まれていたら、あの男はどんなに悔しい思いをするかな?」

穢され、私の子だねを宿しているお前をあの男は許すだろうか?

男はにやりとジュリアに向って笑った。

「溺愛しているお前を穢されることほど、ガルバーニが嫌がることはあるまい」

言い返そうとしたが、また媚薬がどくりと嫌な熱を持ってジュリアの体を巡る。頭がクラクラする。段々と意識がおかしくなってきているのを感じているのと同時に酷く喉が渇く。オーティスの声がこだまのように頭の中に酷く響く。男の低い声。ジュリアは、相手が誰だか忘れそうになった。

「な・・に・・? 今・・なんて・・」

熱のせいで相手の言うことがよく理解できなかった。掠れた声で聞けば、媚薬の周り具合にオーティスは満足げな笑みを浮かべた。なるほど、この媚薬は効果が強い。あのガルバーニが寵愛している女を今から自分のものにするのだ。これほど愉快なことがあるだろうか?

「そうだ。だから、お前を今から抱く。あの男の泣きづらが見れると思えば、多少の溜飲は下がるだろうよ」

そういって、オーティスはジュリアの頬へと口付けを落とした。

「お前には私の子種を宿して帰ってもらう。それを知ったガルバーニはお前をどうするかな?」

それが見物だな、と笑うオーティスは、ジュリアを抱き上げ、続きの部屋へと運んでいった。薬のせいで身動きが出来なくなっていたジュリアは、その扉の先にあるものを見て、全身が恐怖で固まった。

─ 寝台

これから何をされるのか、何が始まるかを知ったジュリアはなす術もなく、寝台の上に寝かされた。

「やめ・・ろっ。私は・・お前・・・なんかに興味は・・ない」

息も絶え絶えに、ジュリアは男を拒絶するが、オーティスは、そっと自分が来ているシャツの首回りを緩めた。オーティスの胸元が見えた。ジュリアは、それを渇望するような目で見ていた。

「やっと私にも媚薬が効いてきたようだ」

─ どくり

また一つ、体中の血がたぎる。全身の肌が敏感になり、リネンから伝わる感触でさえ、快感に変えてジュリアの脊髄に伝えてくる。

ああ、体が熱い。おかしくなりそうだ。

ジュリアは両腕を抱きかかえ、丸まったまま、苦しげな息を繰り返した。

そんなジュリアを、オーティスは満足げに見つめた。

「さあ、もうくだらないお喋りは終わりだ。この媚薬は、貴族専門の娼館で使われている純度の高いものだ。お前のように耐性がないものなら、気も狂わんばかりの状態になるはずだ」
 
そんなジュリアの腕を、オーティスがねっとりした視線を向けながら、ゆっくり撫でれば、意思とは無関係に体は感じてしまう。

敵に蹂躙され、屈辱的な状態なのに、体は言うことを聞いてくれず、悦びを伝えてくる。もっともっと、とねだる体は貪欲で、ジュリアは困惑した。なんとか精神力でこれを押さえてはいるが、いつまで耐えられるだろうか?

「私が欲しいかね?」

オーティスがいたぶるような眼差しで、ジュリアの頬を指で撫でる。また、一つ、こらえきれない衝動がジュリアを突き動かす。

「ほら、言ってごらん。私が欲しいと」

オーティスの眼差しが甘いものへと変わった。あの氷のようなオーティスもこんな甘い顔をするのか、とジュリアはちらと思ったが、今の所、体の中を狂ったように走り回る衝動を抑えるだけで精一杯だ。

額や、首、背中には脂汗がぎっしりと浮かび、息をするのでさえ苦しい。このまま気が狂ってしまうのではないかとジュリアは思った。

オーティスがジュリアの背中にそっと手をやれば、鋭い快感が全身を走り抜ける。ぴくっと身動きしたジュリアに、男は顔を近づけた。

「さあ、マクナム伯爵。お前の体に色々と教え込んでやる。その後で、人質となったお前を餌に奴を引き寄せ、じっくりと始末させてもらおう」

お前が望まなくても、体は望んでいるはずだと、男はジュリアの顔を上向きにし、唇を奪おうとした時だった。

「そこまでだ。オーティス侯爵」

それはジュリアがよく知っている声だった。低くて抑揚が聞いているその声。そしてそれは、男らしく強く、自信に満ちた断固とした響きを放っていた。

ジュリアはその声の主をしっかりと見つめた。



新連載「野良竜を拾ったら思いがけない展開になりました。どうしたらいいでしょう」を始めました。皆様、どうぞ、お見知りおきを! 恋愛要素たーっぷりのファンタジー作品です。
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