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第3章
第13話 明らかになる事実
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「女王陛下を救ったのですから、そんなに悪いことにはならないと思います」
ジュリアは、明るい声で、公爵様にそう語りかけた。敵ではないとしても、不審人物なら身元が判明するまでは、よくあることだ。ジュリアだって、もし、同じ立場だったら、不審者をとっとと牢にぶち込むくらいのことはする。
ジョルジュはジュリアの手を鉄格子ごしに握りしめた。彼なら、すぐに手配してくれるだろう。自分でも思った以上に心配していない自分に驚いていた。彼は、約束を守る人で、そして、とても頼りになるのだ。
「・・・人の気配がする」
守衛だろうか。
「早く行ってください。人に見つからないうちに」
「ああ、すぐに君を出すように手配させるよ」
そう言って、彼が身を翻して出ていった後、守衛が胡散臭そうな目つきでやってきてジュリアを見たが、素知らぬ顔をしてやり過ごしておいた。地下牢の奥の壁よりに座り、じっと待つこと、小一時間経った頃。
「お前、外にでろ」
そう促されて連れて行かれた先には、小さな小部屋があった。部屋は小さいけれど、居心地がよく、敷物やソファー、テーブルなどがある。従者の控え室、と言った感じの部屋だ。
目つきの悪い守衛は、再び、じろじろとジュリアを見つめ、意地悪そうに口を開いた。
「お前さんは、どこぞのお偉い方とつながりがあるのか? この部屋の入り口は守衛が固めている。逃げだそうとしても無駄だからな」
散々と威嚇をされたが、ジュリアは何処吹く風と言った感じで聞き流した。元から、逃げる、という選択肢はない。
こうなったら、もう流れに身を任せるしかない。ジョルジュがきっとなんとかしてくれるだろうと、覚悟を決めたジュリアは、地下牢よりは随分と居心地のよい椅子に腰かけ、じっと何かが起きるのを待っていた。
◇
その頃、王太子の謁見室では、子爵領に送った使いが戻ってきていた。そこには、女王陛下と、ロベルトがいた。
「・・・それで、結果はどうだったんだ?」
エリゼルが厳しい口調で聞いた。
「はい、チェルトベリー子爵領には、仰られた通り、女性騎士が確かに一人いましたが、今は、行方不明ということでした」
「・・・それで、その者の名はなんと申す?」
「はい、女王陛下。ジュリア・フォルティスと言う女性騎士でございます。子爵領で騎士団長をしていたと言うことですが、突然失踪し、現在は行方不明だとか」
「亜麻色の髪に、青い目をした娘か?」
「はい。間違いございません。姿見がございましたので、入手しております」
そうして、使者が見せた姿見は、確かに先ほどの娘と同じだった。
「女性が騎士をするなんて珍しいな」
エリゼルも独り言のように呟いた。
「それで、騎士としての力量はどうなのじゃ?」
「はい。それはとても優秀だとか。剣の腕だけでなく、戦略家としても随分優秀で、子爵領の私兵の戦の勝率はずば抜けて高いのです」
「ほう。それは面白いことを聞いた」
女王は目を細めて聞いていた。彼女が興味をそそられていることは明らかだ。ロベルトは、彼女の顛末がとても気にかかっていた。例え、彼女がソフィーじゃなかったとしても、ロベルトは、もう彼女のことが忘れられそうにないと思っていた。
「それで、その娘には爵位はないのか? あの立ち姿を見れば、高位貴族の振るまいのように見えるが」
女王の口ぶりは、あたかも、彼女が貴族令嬢でなければおかしいとでも言いたげだ。
従者は、一呼吸間を置いて、口を開いた。
「実は、面白いことが判明いたしました」
「ほう?」
「ジュリア・フォルティスの父親ですが、リチャード・マクナム将軍でいらしゃるようなのです」
「何? マクナムに娘がいたと言うのか?」
そこにいた全員が瞠目した。まさか、マクナムに娘がいたとは誰も思いよらなかったのだ。
「嫡子ではございません。婚外子、と申しましょうか」
エリゼルが思わず口を開いた。女王の前では沈黙を守る慣習を破るのはきわめて異例なことだ。
「なんだと? 彼女は、あのマクナム将軍の娘だと言うのか?」
「マクナムの・・・マクナムの娘だと?」
「何かの間違いではないのか?」
エリゼルも疑うように言った。従者の報告が信じられないようだった。
「私も間違いでないのかと疑い、用意周到に調査を重ねましたが、やはり、間違いがないのです」
「マクナム様は・・・・」
ロベルトは、ちらと女王陛下に視線を向けた後、おそるおそる口を開いた。
「・・・つまり、どこかの女性と宮廷の外で縁を結んでいた。と言うことになるのでしょうか?」
「ええ、そういうことになりますね。驚くべき事実ですが」
従者は冷静な口ぶりでそう言った。
そこにいた誰もが、予想だにしない事実に口を開くことができなかった。
女王もその報告をにわかに信じられなかった。自分の婚約者に娘がいた・・・とは、どういうことなのだ。新たに判明した事実に、女王は目眩を覚えた。
「陛下、大丈夫ですか?」
機転をきかせた侍女が咄嗟に女王に駆け寄り、彼女を支えた。滅多に表情を表に出さない女王がショックのあまり、ふらついたのだ。
「誰か、水を。水を持ってきて!」
女王の侍女が声をかけると、すぐに別の侍女が銀のゴブレットに冷たい水を入れて、女王に差し出した。
「女王様、お具合はいかがでございますか?」
椅子に腰掛け、口に冷たい水を流し込まれた女王は侍女を押しのけるようにして言った。
「我は大丈夫じゃ。それより続きを話せ」
女王は気丈にも持ち直し、従者に促すように言った。
(なんてことだ。じゃあ、彼女は本来は伯爵令嬢・・・・)
その場にいたロベルトも、椅子に腰掛けておぼつかない様子でショックを受けている女王陛下の姿を初めてみたような気がした。いつも陛下は自信に満ちあふれて強い人なのに。
そういえば、女王陛下は、マクナム伯爵と婚約していたんだっけな・・・遠い昔の記憶をぼんやりと思い出しながら、ロベルトはそこに従者として礼儀正しく静かに佇んでいた。
そうか・・・彼女の本当の名前はやはりジュリアと言うのか。身代わりとして、こちらに差し出されてしまった彼女にとても同情しながら、ロベルトはそっと心の中で呟いていた。
女王陛下が落ち着いたのを見計らい従者は再び報告を続けた。
「それが、婚外子ですし、母親が平民なので、爵位はない、と言うことになるのですが・・・」
「それで、母親は誰なのじゃ?」
女王は気持ちを持ち直して、どうしても白黒つけたくて仕方がなかった。リチャード様は一体、どこの女とそんなことになったのだろう? 戦場に行っている間だろうか? それが、宮廷の中でないことを彼女は祈った。
「アメリア・フォルティスをご存じでしょうか?」
「それは・・・宮廷薬師のアメリア殿のことか?」
「はい。誠にございます」
「確か、アメリアは、非常に優秀な薬師であったと記憶している。突然、宮廷を辞めて、消息不明になったはずずだが・・・・」
「マクナム様の娘の出産のために姿を隠されたのでしょうな・・・その、マクナム様は婚約しておられたので」
「そうか・・・・」
そういう女王の表情は硬く厳しかった。
あのマクナム様が、自分にそっけなかった訳を今更ながらに知った。彼にはすでに心に思う人がいて、子供までもうけていたのだから。
婚約者である自分から、アメリアと子供を隠したのだ。きっと二人の身を守るためだったのだろうと、女王は思った。もし、その事実を知っていたのなら、自分はどうしたのだろうか?
あのマクナムにうり二つの娘。彼女の顔に、愛しいマクナム様の面影を見いだせるだろうか。
「母上、あの娘の処遇は私に任せていただけませんか?」
女王は厳しい口調でエリゼルに向っていった。
「ならぬ。あの者の処遇は我が決める」
他ならぬ愛しいマクナムの娘だ。彼女をどう処遇するのか、女王の中では、すでに決まったいた。
「母上・・・・あの者に罪はありません。どうか、寛大な処遇を」
そう取りなそうとする王太子に女王は厳しい目を向けた。
「陛下・・・恐れながら・・・・」
ロベルトも、おそるおそる口を開いた。彼女はクレスト伯爵家の恩人だ。彼女を守るのは自分だと、固く決意をしていた。
ジュリアは、明るい声で、公爵様にそう語りかけた。敵ではないとしても、不審人物なら身元が判明するまでは、よくあることだ。ジュリアだって、もし、同じ立場だったら、不審者をとっとと牢にぶち込むくらいのことはする。
ジョルジュはジュリアの手を鉄格子ごしに握りしめた。彼なら、すぐに手配してくれるだろう。自分でも思った以上に心配していない自分に驚いていた。彼は、約束を守る人で、そして、とても頼りになるのだ。
「・・・人の気配がする」
守衛だろうか。
「早く行ってください。人に見つからないうちに」
「ああ、すぐに君を出すように手配させるよ」
そう言って、彼が身を翻して出ていった後、守衛が胡散臭そうな目つきでやってきてジュリアを見たが、素知らぬ顔をしてやり過ごしておいた。地下牢の奥の壁よりに座り、じっと待つこと、小一時間経った頃。
「お前、外にでろ」
そう促されて連れて行かれた先には、小さな小部屋があった。部屋は小さいけれど、居心地がよく、敷物やソファー、テーブルなどがある。従者の控え室、と言った感じの部屋だ。
目つきの悪い守衛は、再び、じろじろとジュリアを見つめ、意地悪そうに口を開いた。
「お前さんは、どこぞのお偉い方とつながりがあるのか? この部屋の入り口は守衛が固めている。逃げだそうとしても無駄だからな」
散々と威嚇をされたが、ジュリアは何処吹く風と言った感じで聞き流した。元から、逃げる、という選択肢はない。
こうなったら、もう流れに身を任せるしかない。ジョルジュがきっとなんとかしてくれるだろうと、覚悟を決めたジュリアは、地下牢よりは随分と居心地のよい椅子に腰かけ、じっと何かが起きるのを待っていた。
◇
その頃、王太子の謁見室では、子爵領に送った使いが戻ってきていた。そこには、女王陛下と、ロベルトがいた。
「・・・それで、結果はどうだったんだ?」
エリゼルが厳しい口調で聞いた。
「はい、チェルトベリー子爵領には、仰られた通り、女性騎士が確かに一人いましたが、今は、行方不明ということでした」
「・・・それで、その者の名はなんと申す?」
「はい、女王陛下。ジュリア・フォルティスと言う女性騎士でございます。子爵領で騎士団長をしていたと言うことですが、突然失踪し、現在は行方不明だとか」
「亜麻色の髪に、青い目をした娘か?」
「はい。間違いございません。姿見がございましたので、入手しております」
そうして、使者が見せた姿見は、確かに先ほどの娘と同じだった。
「女性が騎士をするなんて珍しいな」
エリゼルも独り言のように呟いた。
「それで、騎士としての力量はどうなのじゃ?」
「はい。それはとても優秀だとか。剣の腕だけでなく、戦略家としても随分優秀で、子爵領の私兵の戦の勝率はずば抜けて高いのです」
「ほう。それは面白いことを聞いた」
女王は目を細めて聞いていた。彼女が興味をそそられていることは明らかだ。ロベルトは、彼女の顛末がとても気にかかっていた。例え、彼女がソフィーじゃなかったとしても、ロベルトは、もう彼女のことが忘れられそうにないと思っていた。
「それで、その娘には爵位はないのか? あの立ち姿を見れば、高位貴族の振るまいのように見えるが」
女王の口ぶりは、あたかも、彼女が貴族令嬢でなければおかしいとでも言いたげだ。
従者は、一呼吸間を置いて、口を開いた。
「実は、面白いことが判明いたしました」
「ほう?」
「ジュリア・フォルティスの父親ですが、リチャード・マクナム将軍でいらしゃるようなのです」
「何? マクナムに娘がいたと言うのか?」
そこにいた全員が瞠目した。まさか、マクナムに娘がいたとは誰も思いよらなかったのだ。
「嫡子ではございません。婚外子、と申しましょうか」
エリゼルが思わず口を開いた。女王の前では沈黙を守る慣習を破るのはきわめて異例なことだ。
「なんだと? 彼女は、あのマクナム将軍の娘だと言うのか?」
「マクナムの・・・マクナムの娘だと?」
「何かの間違いではないのか?」
エリゼルも疑うように言った。従者の報告が信じられないようだった。
「私も間違いでないのかと疑い、用意周到に調査を重ねましたが、やはり、間違いがないのです」
「マクナム様は・・・・」
ロベルトは、ちらと女王陛下に視線を向けた後、おそるおそる口を開いた。
「・・・つまり、どこかの女性と宮廷の外で縁を結んでいた。と言うことになるのでしょうか?」
「ええ、そういうことになりますね。驚くべき事実ですが」
従者は冷静な口ぶりでそう言った。
そこにいた誰もが、予想だにしない事実に口を開くことができなかった。
女王もその報告をにわかに信じられなかった。自分の婚約者に娘がいた・・・とは、どういうことなのだ。新たに判明した事実に、女王は目眩を覚えた。
「陛下、大丈夫ですか?」
機転をきかせた侍女が咄嗟に女王に駆け寄り、彼女を支えた。滅多に表情を表に出さない女王がショックのあまり、ふらついたのだ。
「誰か、水を。水を持ってきて!」
女王の侍女が声をかけると、すぐに別の侍女が銀のゴブレットに冷たい水を入れて、女王に差し出した。
「女王様、お具合はいかがでございますか?」
椅子に腰掛け、口に冷たい水を流し込まれた女王は侍女を押しのけるようにして言った。
「我は大丈夫じゃ。それより続きを話せ」
女王は気丈にも持ち直し、従者に促すように言った。
(なんてことだ。じゃあ、彼女は本来は伯爵令嬢・・・・)
その場にいたロベルトも、椅子に腰掛けておぼつかない様子でショックを受けている女王陛下の姿を初めてみたような気がした。いつも陛下は自信に満ちあふれて強い人なのに。
そういえば、女王陛下は、マクナム伯爵と婚約していたんだっけな・・・遠い昔の記憶をぼんやりと思い出しながら、ロベルトはそこに従者として礼儀正しく静かに佇んでいた。
そうか・・・彼女の本当の名前はやはりジュリアと言うのか。身代わりとして、こちらに差し出されてしまった彼女にとても同情しながら、ロベルトはそっと心の中で呟いていた。
女王陛下が落ち着いたのを見計らい従者は再び報告を続けた。
「それが、婚外子ですし、母親が平民なので、爵位はない、と言うことになるのですが・・・」
「それで、母親は誰なのじゃ?」
女王は気持ちを持ち直して、どうしても白黒つけたくて仕方がなかった。リチャード様は一体、どこの女とそんなことになったのだろう? 戦場に行っている間だろうか? それが、宮廷の中でないことを彼女は祈った。
「アメリア・フォルティスをご存じでしょうか?」
「それは・・・宮廷薬師のアメリア殿のことか?」
「はい。誠にございます」
「確か、アメリアは、非常に優秀な薬師であったと記憶している。突然、宮廷を辞めて、消息不明になったはずずだが・・・・」
「マクナム様の娘の出産のために姿を隠されたのでしょうな・・・その、マクナム様は婚約しておられたので」
「そうか・・・・」
そういう女王の表情は硬く厳しかった。
あのマクナム様が、自分にそっけなかった訳を今更ながらに知った。彼にはすでに心に思う人がいて、子供までもうけていたのだから。
婚約者である自分から、アメリアと子供を隠したのだ。きっと二人の身を守るためだったのだろうと、女王は思った。もし、その事実を知っていたのなら、自分はどうしたのだろうか?
あのマクナムにうり二つの娘。彼女の顔に、愛しいマクナム様の面影を見いだせるだろうか。
「母上、あの娘の処遇は私に任せていただけませんか?」
女王は厳しい口調でエリゼルに向っていった。
「ならぬ。あの者の処遇は我が決める」
他ならぬ愛しいマクナムの娘だ。彼女をどう処遇するのか、女王の中では、すでに決まったいた。
「母上・・・・あの者に罪はありません。どうか、寛大な処遇を」
そう取りなそうとする王太子に女王は厳しい目を向けた。
「陛下・・・恐れながら・・・・」
ロベルトも、おそるおそる口を開いた。彼女はクレスト伯爵家の恩人だ。彼女を守るのは自分だと、固く決意をしていた。
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