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突然の婚約破棄からそれは始まった
再び、ドクター来訪
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「どうやら風邪をこじらせたようですな」
薄暗い地下牢の中、アルベルグ老医師は、聴診器を耳から外しながら言った。
「先生、お薬の処方はお持ちでして?」
「ええ。もちろんですよ。病人を前に薬を処方しないことはありえません」
薄暗い地下牢の中、私はほっとしたように笑う。
もちろん、私が風邪をこじらせた訳ではなく、お隣さん、アーロンの診察に来てもらったのだ。
普通なら、病人が出ても、医者など呼んでもらえることはないが、公爵令嬢である、この私の具合が悪いことにして、ルルに老医師を連れてこさせたのだ。
昨日、ガスが私を階段から落とした罪悪感につけこんだってことも言っておいたほうがいいかしら? ほほほ、使えるものはとことん使うのが、公爵家の掟なのだけど、いけなかったかしら?
「では、処方箋はお嬢様の名で出して構わないということですね」
老医師の問いかけに、私は無言で頷く。
「ルルに薬を届けさせて、私が彼にお薬を渡します」
そうですか、と老医師はいい、さらさらと綺麗な字体で処方箋を書いてくれた。
「もう、お嬢様ったら、私、お嬢様がお風邪をひかれたのかと思って、大急ぎで先生の所に向かったんですよ」
隣の罪人のせいだなんて、と口を尖らせるルルを、私はたしなめた。
「ルル、誰が風邪をひいても、あの人はダメで、この人はいい、なんてことはなくてよ」
「だって、こんな所でお嬢様がお体を壊したら、大変ですって」
うん、ルル、わかってる。だから私は、地下牢で出されるものに一切、口をつけなかったのだ。お隣の状態を見れば、地下牢食を食べたら、どうなるかってすぐにわかるよね。
あれは食べたらやばいやつだ。
前世の私はお腹をすぐに壊すたちだったので、食べていいもの、悪いものを、瞬時に勘で判断できる。
その私の下痢アラームが、ぽちもどきの監獄飯を見た時に、大きく鳴り響いていたのだ。
いや、犬のぽちに失礼である。ぽちでも、きっとあれは食べないだろう。
そして、これからも、アレを絶対に食べるまいと私は固く心に誓う。
そんな私たちの会話を聞きながら、お隣の彼、アーロンは、熱のせいで赤く上気した顔を格子越しに向けて、申し訳なさそうに言う。
「こんなに気を使ってもらって、すまない。今の俺には、治療費を支払う金は持ち合わせてなくて……」
そんな彼に、私はにっこりと微笑んだ。
「いいのよ。このくらいの金額、どうってことないわ。こんな所で申し訳ないけど、しばらくは、わたくしの客人でいてくださる?」
だって、一人じゃ退屈ですの…‥と、令嬢らしく、扇で口元を隠しながら上目遣いに彼を見上げる。
ただでさえ赤かった彼の顔が、もっと赤くなった。
あれあれ、どうして、ここで熱が上がるの?!
私は気を取り直して、老医師に向き直った。
「では、先生、お薬はルルに渡していただいてくださいます?」
「ええ、もちろんですよ。お嬢様も昨日、頭をぶつけられたのです。念のために診察しておきましょう」
そう言って、医師が私の診察を終えると、ルルと二人でまた去っていく。
そして、ルルは私の指示通り、昼食も持ってきてくれたのだ。
やはり、なんだかんだ言っても、地下牢は寒い。
お弁当のバスケットを開けると、熱々のスープやサラダ、パンなど色々入っている。もちろん、二人分。
お粥はアーロンのために特注した。うちの料理人、いい仕事するな!
「ちょっとお昼が遅くなったけど、食べましょ」
私は、彼の分を格子越しに渡してやると、彼は申し訳なさそうにそれを受け取った。
「いつか、この恩は返させてくれ」
「ああ、まあ、二人とも生きてたらね」
夕べから、ずっとこの境地を脱出する方策はないか、色々考えてはいたのだが、なかなかいい案が思いつかない。父や兄が、なんとか策を見つけるべく奔走しているはずなのだが、私は、それについては懐疑的であった。
何故なら、実は、私の兄も、乙女ゲームの中ではヒロインの攻略対象なのだ。
短い銀の髪に、青い瞳を持つ、冷たい感じのエドガー・マクナレン次期公爵。
ゲームの中では、ツンデレが激しいキャラだった。
人にはとことん冷たく、そして、ヒロインにはそれはそれは甘ーい顔をする。
実の兄でなきゃ、かなり推しであったが、何せ、今世では血のつながった兄弟。似たような顔立ちなので、別に、私はなんとも思ってはいないが、ヒロインの魔の手が回っているとか、ゲーム補正とかが働いていれば、悪役令嬢であるエレーヌを断罪する人の一人だ。
兄だから、と言って、信頼してはならないのだ。
まあ、それはともかくとして、とにかくお腹が空いた。早く食事を食べたくて、私あアーロンに声をかける。
「ぐずぐずしてると、スープが冷めてしまってよ。早くお食べなさいな」
「ああ、ありがとう」
彼はまたスープの香りを嗅ぎ、しみじみした様子でスープを口に運んでいた。
二人で静かにお昼をいただいていると、彼がふと口を開く。
「それで、エレーヌ、少しお願いがあるんだが、聞いてもらえないだろうか」
「わたくしで、出来ることでしたら」
「手紙を書きたいんだ。まず、紙とペンを貸してくれ。それで、侍女に手紙をある所に託してもらえないか」
彼だって、家族に連絡を取りたいんだろう。
彼曰く、突然、捕らえられてしまったので、自分の知り合いに近況を伝えることが全くできなかったのだと言う。彼は、公爵家には面倒はかけないから、と言っているのを聞きながら、私は便せんと封筒、ペンを渡してやった。
私が持っている明かりを、格子にかけてやると、かろうじて、文字が読める明るさだ。
彼はその明かりを頼りに、さらさらと何かを書き綴っていて。そして、彼は丁寧に封をしていたので、私の蜜蝋を貸してやった。通常の罪人なら、外とのコンタクトは許されていないが、公爵令嬢である私は特別待遇である。
そして、彼が手紙を書き終える頃、ちょうどよいタイミングで、ルルが薬師の所からお薬をもらって戻ってきた。
「ルル、ありがとうね」
私はルルからお薬を受け取る代わりに、ルルに彼からの手紙を渡す。
その遣いっ走りの理由が私ではなく、隣の男のため、ということもあって、ルルはちょっとぶすっとした顔をしていた。
「ルル、これをとある所に持って行ってほしいのだけど」
「これが、届け先の住所だ」
彼がそういうと、ルルはじろりとアーロンを見た。
「お嬢様のお願いじゃなきゃ聞きませんからね。そこははき違えないでくださいね」
おお、ルル!結構、言うな。
私はルルの意外な面に驚きつつ、念のためにもう一度、確認した。
「ルル、ちゃんと届けてね。この人だって、家族と連絡を取りたいのはわかるでしょう?」
「…‥はい、お嬢様。言いつけは必ず守ります」
相変わらず、ぶすっとした顔でルルは手紙を受け取り、きっちりとドレスの陰に隠した。一応、看守の目があるので、見つからないようにするためである。
「ごめんね、ルル、お願いねー」
そんな風に立ち去るルルの後ろ姿を見送ってから、私は彼に一回分のお薬を手渡してやった。一応、私のお薬ということになっているので、彼に丸ごと渡す訳にはいかなかったのだ。
「ほら、お薬ですわ」
「ああ、すまない」
私が、彼にお薬と、ルルが持ってきた綺麗な水を渡してやる。
昨日、シチューを分けてあげてから、というもの、彼は口がきけるだけ元気になっていたのだ。これが昨日なら彼は手紙を書くことも難しかっただろう。
お医者さんのお薬を飲み続ければ、きっと、彼はすぐに良くなるはずだ。
彼はもらった薬を飲むと、すぐに暖かな毛布にくるまって横になった。しばらくして、格子越しに、彼の規則正しい寝息が聞こえてきた。
私はそれを満足げに聞きながら、暗いから眠りやすいのは、地下牢のいい所でもあるわね、とつくづく思った。ガスは、私が病気だと思っているから、病気のフリをしておこう。
ちなみに、ルルには毛布増量、という指示もあったので、私の所もぬくぬくだ。
病人が起きていたらおかしいので、眠くはなかったけど、私もとりあえず横になった。彼が治るまで私も病気のフリを続けなければならなかったのである。
地下牢の小汚い天井を眺めながら、この状況をどうしていったらいいのか全然思いつかなくて、頭を悩ませていたのである。
彼が書いた手紙が、後で大きな手助けになることを、私はまだ知らなかった。
薄暗い地下牢の中、アルベルグ老医師は、聴診器を耳から外しながら言った。
「先生、お薬の処方はお持ちでして?」
「ええ。もちろんですよ。病人を前に薬を処方しないことはありえません」
薄暗い地下牢の中、私はほっとしたように笑う。
もちろん、私が風邪をこじらせた訳ではなく、お隣さん、アーロンの診察に来てもらったのだ。
普通なら、病人が出ても、医者など呼んでもらえることはないが、公爵令嬢である、この私の具合が悪いことにして、ルルに老医師を連れてこさせたのだ。
昨日、ガスが私を階段から落とした罪悪感につけこんだってことも言っておいたほうがいいかしら? ほほほ、使えるものはとことん使うのが、公爵家の掟なのだけど、いけなかったかしら?
「では、処方箋はお嬢様の名で出して構わないということですね」
老医師の問いかけに、私は無言で頷く。
「ルルに薬を届けさせて、私が彼にお薬を渡します」
そうですか、と老医師はいい、さらさらと綺麗な字体で処方箋を書いてくれた。
「もう、お嬢様ったら、私、お嬢様がお風邪をひかれたのかと思って、大急ぎで先生の所に向かったんですよ」
隣の罪人のせいだなんて、と口を尖らせるルルを、私はたしなめた。
「ルル、誰が風邪をひいても、あの人はダメで、この人はいい、なんてことはなくてよ」
「だって、こんな所でお嬢様がお体を壊したら、大変ですって」
うん、ルル、わかってる。だから私は、地下牢で出されるものに一切、口をつけなかったのだ。お隣の状態を見れば、地下牢食を食べたら、どうなるかってすぐにわかるよね。
あれは食べたらやばいやつだ。
前世の私はお腹をすぐに壊すたちだったので、食べていいもの、悪いものを、瞬時に勘で判断できる。
その私の下痢アラームが、ぽちもどきの監獄飯を見た時に、大きく鳴り響いていたのだ。
いや、犬のぽちに失礼である。ぽちでも、きっとあれは食べないだろう。
そして、これからも、アレを絶対に食べるまいと私は固く心に誓う。
そんな私たちの会話を聞きながら、お隣の彼、アーロンは、熱のせいで赤く上気した顔を格子越しに向けて、申し訳なさそうに言う。
「こんなに気を使ってもらって、すまない。今の俺には、治療費を支払う金は持ち合わせてなくて……」
そんな彼に、私はにっこりと微笑んだ。
「いいのよ。このくらいの金額、どうってことないわ。こんな所で申し訳ないけど、しばらくは、わたくしの客人でいてくださる?」
だって、一人じゃ退屈ですの…‥と、令嬢らしく、扇で口元を隠しながら上目遣いに彼を見上げる。
ただでさえ赤かった彼の顔が、もっと赤くなった。
あれあれ、どうして、ここで熱が上がるの?!
私は気を取り直して、老医師に向き直った。
「では、先生、お薬はルルに渡していただいてくださいます?」
「ええ、もちろんですよ。お嬢様も昨日、頭をぶつけられたのです。念のために診察しておきましょう」
そう言って、医師が私の診察を終えると、ルルと二人でまた去っていく。
そして、ルルは私の指示通り、昼食も持ってきてくれたのだ。
やはり、なんだかんだ言っても、地下牢は寒い。
お弁当のバスケットを開けると、熱々のスープやサラダ、パンなど色々入っている。もちろん、二人分。
お粥はアーロンのために特注した。うちの料理人、いい仕事するな!
「ちょっとお昼が遅くなったけど、食べましょ」
私は、彼の分を格子越しに渡してやると、彼は申し訳なさそうにそれを受け取った。
「いつか、この恩は返させてくれ」
「ああ、まあ、二人とも生きてたらね」
夕べから、ずっとこの境地を脱出する方策はないか、色々考えてはいたのだが、なかなかいい案が思いつかない。父や兄が、なんとか策を見つけるべく奔走しているはずなのだが、私は、それについては懐疑的であった。
何故なら、実は、私の兄も、乙女ゲームの中ではヒロインの攻略対象なのだ。
短い銀の髪に、青い瞳を持つ、冷たい感じのエドガー・マクナレン次期公爵。
ゲームの中では、ツンデレが激しいキャラだった。
人にはとことん冷たく、そして、ヒロインにはそれはそれは甘ーい顔をする。
実の兄でなきゃ、かなり推しであったが、何せ、今世では血のつながった兄弟。似たような顔立ちなので、別に、私はなんとも思ってはいないが、ヒロインの魔の手が回っているとか、ゲーム補正とかが働いていれば、悪役令嬢であるエレーヌを断罪する人の一人だ。
兄だから、と言って、信頼してはならないのだ。
まあ、それはともかくとして、とにかくお腹が空いた。早く食事を食べたくて、私あアーロンに声をかける。
「ぐずぐずしてると、スープが冷めてしまってよ。早くお食べなさいな」
「ああ、ありがとう」
彼はまたスープの香りを嗅ぎ、しみじみした様子でスープを口に運んでいた。
二人で静かにお昼をいただいていると、彼がふと口を開く。
「それで、エレーヌ、少しお願いがあるんだが、聞いてもらえないだろうか」
「わたくしで、出来ることでしたら」
「手紙を書きたいんだ。まず、紙とペンを貸してくれ。それで、侍女に手紙をある所に託してもらえないか」
彼だって、家族に連絡を取りたいんだろう。
彼曰く、突然、捕らえられてしまったので、自分の知り合いに近況を伝えることが全くできなかったのだと言う。彼は、公爵家には面倒はかけないから、と言っているのを聞きながら、私は便せんと封筒、ペンを渡してやった。
私が持っている明かりを、格子にかけてやると、かろうじて、文字が読める明るさだ。
彼はその明かりを頼りに、さらさらと何かを書き綴っていて。そして、彼は丁寧に封をしていたので、私の蜜蝋を貸してやった。通常の罪人なら、外とのコンタクトは許されていないが、公爵令嬢である私は特別待遇である。
そして、彼が手紙を書き終える頃、ちょうどよいタイミングで、ルルが薬師の所からお薬をもらって戻ってきた。
「ルル、ありがとうね」
私はルルからお薬を受け取る代わりに、ルルに彼からの手紙を渡す。
その遣いっ走りの理由が私ではなく、隣の男のため、ということもあって、ルルはちょっとぶすっとした顔をしていた。
「ルル、これをとある所に持って行ってほしいのだけど」
「これが、届け先の住所だ」
彼がそういうと、ルルはじろりとアーロンを見た。
「お嬢様のお願いじゃなきゃ聞きませんからね。そこははき違えないでくださいね」
おお、ルル!結構、言うな。
私はルルの意外な面に驚きつつ、念のためにもう一度、確認した。
「ルル、ちゃんと届けてね。この人だって、家族と連絡を取りたいのはわかるでしょう?」
「…‥はい、お嬢様。言いつけは必ず守ります」
相変わらず、ぶすっとした顔でルルは手紙を受け取り、きっちりとドレスの陰に隠した。一応、看守の目があるので、見つからないようにするためである。
「ごめんね、ルル、お願いねー」
そんな風に立ち去るルルの後ろ姿を見送ってから、私は彼に一回分のお薬を手渡してやった。一応、私のお薬ということになっているので、彼に丸ごと渡す訳にはいかなかったのだ。
「ほら、お薬ですわ」
「ああ、すまない」
私が、彼にお薬と、ルルが持ってきた綺麗な水を渡してやる。
昨日、シチューを分けてあげてから、というもの、彼は口がきけるだけ元気になっていたのだ。これが昨日なら彼は手紙を書くことも難しかっただろう。
お医者さんのお薬を飲み続ければ、きっと、彼はすぐに良くなるはずだ。
彼はもらった薬を飲むと、すぐに暖かな毛布にくるまって横になった。しばらくして、格子越しに、彼の規則正しい寝息が聞こえてきた。
私はそれを満足げに聞きながら、暗いから眠りやすいのは、地下牢のいい所でもあるわね、とつくづく思った。ガスは、私が病気だと思っているから、病気のフリをしておこう。
ちなみに、ルルには毛布増量、という指示もあったので、私の所もぬくぬくだ。
病人が起きていたらおかしいので、眠くはなかったけど、私もとりあえず横になった。彼が治るまで私も病気のフリを続けなければならなかったのである。
地下牢の小汚い天井を眺めながら、この状況をどうしていったらいいのか全然思いつかなくて、頭を悩ませていたのである。
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