転生悪役令嬢、投獄されて運命の人と出会いました~この「おとしまえ」きっちりつけさせていただきます!

中村まり

文字の大きさ
13 / 44
突然の婚約破棄からそれは始まった

悪役令嬢、井戸を掘りおわる

しおりを挟む
翌日、ガスが連れて来た公証人ときちんと契約書を作り、私は契約書にサインをした。

「あ、そうだ。ガス、ちょっと待って」

ガスのいつもの見回り時間に、私はガスを呼び止めた。

「姫さん、何か買い物でもあるのか?」

不思議そうな顔をするガスに、私はしたためておいた手紙を渡した。宛先はアルベルグ老医師宛て。

「奥さんの病気、アルベルグ先生に面倒を見てくれるように頼んだ書簡よ。これをもって、奥さんと一緒に先生の診療所に訊ねるといいわ」

「姫さん、ご厚意はありがたいが、俺たちには治療費を払うゆとりが…‥‥」

悲しそうな顔をするガスに、私は高笑いを飛ばしてやった。

「ほほほ、お前のような貧乏人から金をとるようなアコギな真似をするほど、わたくしは落ちぶれていなくてよ。お前の奥さんの治療費はすべて公爵家が持つから、手遅れになる前に、すぐに行くことね」

なんだか、上げてるのか下げてるのか、よくわからない言い方になってしまったのだが、とりあえず、言いたいことは伝わったよね。

「いいのか?姫さん……」

また、ガスが顔を真っ赤にさせて、今にも泣きそうな顔をしていた。聞けば、奥さんの調子が最近は特に悪くて、床から起き上がれないほど悪化しているのだそうだ。

そう話すガスの目にはうっすらと涙が溜まっていた。奥さんのことで相当、彼は胸を相当、痛めている様子。もっと早く気付けばよかったなあと、少しだけ後悔したが、とにかく、これでガスの奥さんはきちんと治療してもらえるはずだ。

ちなみにアルベルグ医師は、国の中でも名を轟かすほど高名な医師である。彼にかかれば、きっとすぐ治るだろう。

ほほほ、グッジョブ、私! とにかく、治療を開始するタイミングが間に合ってよかった。わたしはにっこりと笑って言う。

「もちろん、いいのに決まっているわ。ほら、はやく、この手紙をしまいなさい」

ガスに紹介状を素早く押し付けると、ガスはそれを丁寧に懐にしまった。感極まった様子で、ガスは私を見た。

「姫さん、俺、この恩は一生忘れねぇ」

「ほら、誰か呼んでるわ。早く行ったほうがよくてよ」

何度も振り返りながら、感謝の視線をよこすガスを私は小さく手を振って送り出してやった。

きっと、これでガスの奥さんは良くなるだろう。

私は久ぶりに清々しい気持ちになって、ガスの後ろ姿を眺めていた。



それから数日以内に井戸掘りプロジェクトが開始した。

私が言った通り、地下牢の入り口の近くに、やはり水脈が見つかり、井戸は順調に掘りあげられて綺麗な水が出た時には、ガスを始め、看守たちは声を上げて喜んでいたそうだ。

そういう訳で、私の目の前には、綺麗な澄んだ水がなみなみとコップに注がれている。

「姫さん、井戸から取れた一番最初の水だ。飲んでくれ」

この計画に100%出資したので、一番最初に出た水をガスが持ってきたのだ。その後ろには他の看守たちもずらりと並んでいる。

皆が見つめる中、私は水の入ったコップを持ち上げ、ごくごくと喉へと流し込む。

適度に冷たくて、爽やかな水が喉を通る。

「……美味しいわ」

私がにっこりと笑うと、看守たちは手を取り合って、素晴らしい笑顔で喜んでいた。

「よかったなあ。おい」

「あの水には散々苦労かけられたからなあ」

看守だけでなく、井戸掘りを仕切った職人さんや、このプロジェクトにかかわった人たちもいた。

「おい、この水で乾杯しようぜ!」

誰かの声をきっかけに、綺麗な水がみんなのグラスに注がれ、全員に行き渡った所で、ガスが声を上げた。

「新しい水が通ったのはこの姫様のおかげだ。一同を代表して、俺から感謝したい」

「かんぱーい」

全員がグラスを掲げ、私のために、そして井戸のために祝杯を挙げる。

そして、グラスの水を飲み干した後、全員の視線が私にと集中する。これは代表者(?)として、一言言わねばならない。

私は立ち上がってみんなに口を開く。

「ご覧の通り、わたくしは、今幽閉の身です。けれども、今回、このように素晴らしい水を得ることが出来たのは、もちろん、わたくしが出資したこともありますが、皆の手助けがなければ何も成せなかったでしょう。わたくしは、この井戸堀りに協力した方一人一人にお礼を申し上げたいのです。本当にありがとう」

わっと歓声が起こり、人々の拍手に囲まれた。

その翌日から、私の牢屋は状況が一変した。

「姫様、よかったら、これを。花が綺麗だから摘んできてやったぜ」

とガスでない看守が差し出してきたのは、野の花々。

「ありがとう。嬉しいわ」

私がそう言って受け取ると、看守は、少し頬を染めながら立ち去る。

「なんだ、あいつ、女の子みたいだな」

そんな看守を見送りながら、アーロンがぽそりと言う。

「それにしても、なんか、すげえことになってるな」

アーロンが格子越しにげっそりとした様子で言う。

昨日から、看守たちが入れ替わりたち替わり、私の牢屋に来て、ちょっとした贈り物を置いておくのだ。その様子はさながら、バレンタインデーのモテ男子って感じだろうか。

そんな風に、アーロンと話していると、また別の看守が来た。ガタイのよいスキンヘッドのおっさんだ。

「ほら、差し入れだ。この酒、うまいんだぜ」

と、見るからにすごい呑んべえな看守が、なんだかよくわからないお酒を差し入れてくる。

「あら、いいのかしら? お言葉に甘えていただくわ」

そう言ったものの、実は、エレーヌはほとんどお酒を飲まないのだ。

一人じゃ飲み切れないし、さりとてせっかくもらったものを口にしないのも、なんだか悪い気がしたので、結局、ガスや他の看守たちの非番の時間にみんなで集まってもらった。

いつもの店にガスに言ってもらい、おつまみなどを買ってきてもらって、看守たちと一緒にパーティーを開く。

と言っても、私は牢屋の中で、彼らは牢屋の外に座り、気楽なホームパーティーって感じだ。

もちろん、アーロンも隣の牢で、看守が持ってきたお酒をちびりちびりと飲んでいた。

「酒か。随分、久しぶりだな」

そうやって気楽にみんなが楽しんでいる時、勤務に当たっていた看守が大声で何かを叫んでいるのが聞こえた。

「今日の面会は終了しております。閣下、おやめください」

誰かが地下牢へ来たらしいのだが、それを振り切って、中に入ろうとしているようだ。

あのいかつい看守を振り切れるなんて、只者ではない。

「一体、何事だ?」

ガスが険しい顔で立ち上がり、出入口へ向かおうとしたがすでに遅し。ガスはその侵入者とかち合ってしまった。

「エレーヌ、一体、何をしている?」

姿を現したのは、私の兄、エドガーである。乙女ゲームの攻略者である兄は、それはそれは、見た目は素晴らしく美しいイケメンである。

銀の短い髪に、抜けるような青い瞳、

貴族らしく、金の刺繍が施された黒のジャケットにクラバット、という見事に華麗ないで立ちだ。

けどね!兄さま。

その姿は地下牢では浮きますわよ。

掃きだめに鶴ってことわざがあるほど、その場にそぐわない。

看守たちは入れ墨ありのいかつい大男ばかりだ。

「あら、お兄様、お久しぶりね」

私も、お酒の入ったグラスに一口だけ口を付けたばかりなのだが、その様子を見た兄は不機嫌そうに眉をしかめた。

「エレーヌ、一体、何をしているのだ?」

この人は乙女ゲームの攻略対象だ。不味い時に来てしまったなあと思いながら、私はすっと立ち上がり、格子の側まで移動する。

「何って、お兄様、酒盛りですけど?」

私は小首をかしげながら兄を見上げる。兄は酒盛りって言葉を知らないのだろうか?

無邪気にそう言うと、兄は、こめかみを抑えながら、ぐったりした様子で言う。

「……貴族令嬢の振る舞いか」

そうは言っても、今は井戸開通のお祝い真っただ中である。

「その人は姫さんの兄上なのか? 姫さんに似て、凄いいい男だなあ」

ガスが感心したように言う。私はせっかくの宴なので、兄にも勧めることにした。

「兄さま、井戸が開通したせっかくの祝いですの。そこで立ったままなど無粋なことはなさらず、お座りくださいませ」

兄は、一瞬、私の顔を信じられないような顔で私をしげしげと見つめたが、ぽつりとそれもそうだな、と呟いて、看守の間に座った。

兄にもグラスが回り、みんなでもう一度、祝杯をあげると、場は再び和気あいあいとしたものに変わる。

あの四角四面で厳格な兄が、看守に馴染めるのかと心配したが、兄も仲良くガスと杯を交わして、楽し気に看守たちと談笑していた。

私は兄の意外な一面を見て、心底、驚いたのであった。

乙女ゲームの中の兄、エドガー・マクナレンは美しいけど、とっつきにくい面があり、そんなかたくなな彼の心をヒロインは、解きほぐしていく。

几帳面で、真面目一辺倒で気難しいエドガーは、前世でゲームをしている時から、少し苦手だったのだが、兄の意外な面を見て、私は少し彼を見直したのであった。

そして、みんなで楽しく、その夜は過ごしたのである。



しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

処理中です...