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突然の婚約破棄からそれは始まった
アーロンの宮殿にて~3
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そして、お風呂に入った後、少し昼寝をさせてもらった。何しろ一晩中馬に乗っていたのだ。疲れていない訳がない。
そして、ふんわりしたベッドで目が覚めると、太陽が西に沈んでいるのが見えた。
思った以上に眠っていたらしい。
ベッドのふちに腰掛け、ぼんやりしていると、侍女が部屋に入ってきた。手に持っていたドレスを侍女は私に差し出した。
「エレーヌ様、新しいドレスにございます。お疲れでしょうけれども、今宵はこれをお召しになってくださいませ」
そのドレスはかなり正装に近いものだ。まるで、これから王族に謁見するような……
と、そこまで考えていて、ぴんと来た。というか、ひらめかないほうがおかしいのだ。長い間アーロンが失踪して、やっと帰ってきたら、見知らぬ女を連れていた。しかし、それが隣国の公爵令嬢ともなれば、話は別だ。
国王としては、絶対に会わなければならないはずだ。
……正直言って、むちゃくちゃ、めんどくさい。
正直、地下牢暮らしが長かったせいで、そういう外交儀礼というものをすっかり忘れていた。地下牢は不便だったけど、ある意味、気楽だったのだなあ、とがっくり肩を落とす。
まだかなり疲れているので、公式な食事会は今日はごめんこうむりたいのが本音だ。
そう思う前世の私と、悪役令嬢ではあったが、しなければならない義務はきっちりと守る今世のエレーヌがせめぎ合う。そういう社交儀礼は何がなんでも断ってはならないのだとエレーヌだった私は思うが、そこでさらに、侍女さんたちが追い打ちの一言を放った
「国王陛下がご一緒に夕餉を持ちたいと仰せにございます」
やっぱりね。そうくると思ってたよ。国王からの命令という名のお誘いを断る訳にはいかない。 疲れてるのに、今日はフルコース決定である。
とほほ、と思いながらも、少しうなだれていると、侍女さんがにっこりと笑う。
「アーノルド殿下もご一緒されますよ」
「え、ええ、ありがとう……」
たとえアーロンが一緒でも、今日はそそくさと夕食を済ませて、布団をかぶってそのまま寝落ちしたかったのだ。
そして、夕食時まではかなり時間があるというのに、侍女さんたちは私がごろごろするのを許してくれなかった。時間をかけて、頭からつま先までぴっかぴっかに磨かれたのである。
……だから、貴族令嬢はいやなんだ。私は内心でぶつくさいいながらも、おとなしく侍女さんたちのなすがままに任せていた。
◇
そして、国王陛下主催の晩餐がやってきた。
侍女に案内されて訪れると、すでに何人かは席についていた。
中世の映画で見たようなやたら長いテーブルをはさんで貴賓たちが座っている。アーロンもすでに来ていて、私に向かって片手をそっと上げた。
「遅れまして申し訳ありません。殿下 」
「あ、ああ。別に構わない。気にするな」
二人ともすっごい猫をかぶっているのがまるわかりだ。アーロンに至っては、また私の猫かぶりが面白くて仕方がないらしい。また、彼の肩が静かに震えているが、微かに、くくくっという笑い声が聞こえた。
もう笑うなり、なんとでもするがいいわ。アーロン。
私があきらめて脱力していると、周囲から刺すような視線が向けられる。
それは大体が、この女誰?
という憤りともやっかみとも、どちらともいえるような女の視線。男達はというと、私という存在にかなり興味津々のようだ。
ああ、そりゃそうだ、と私はもう一度、アーロンを見た。まだおかしくらしく、微かに肩が震えている。
正直に告白すると、猫をかぶったアーロンはものすごくカッコいい。すらりとした体躯に、引き締まった口元、紫色の精悍な目つき。
武人のカッコよさを凝縮したような雰囲気がアーロンにはある。しかも、晩餐会用の黒の礼服がよく似合っている。黒騎士と聖剣といった風情だ。
そんな私に、アーロンが思わせぶりな視線を投げかける。周囲の令嬢が私を見つめるまなざしが、きっと鋭くなった。
「どうしましたか? エレーヌ嬢」
アーロンはあえて私の名前を強調した。家名ではなく、名前で呼ぶのは貴族の間なら、お互いが相当親密であるという意味だ。
……まあ、主に、別の意味で親密だったけどね。だって、牢仲間だったもんね。
「大したことではございませんわ。殿下、お気になさらず」
アーロンがふっと優し気な笑みを浮かべる。
「不便があったら、なんなりと私に言うのだぞ。エレーヌ」
他の令嬢たちが私を見て、思わせぶりにひそひそ話をする。
普通の令嬢なら、そんな茨に囲まれているような雰囲気では晩餐どころじゃないのかもしれないけど、私は悪役令嬢で名をはせておりますよの。
ひそひそ話くらいで、私が傷つくと思うなよ。という意味を込めて、意地悪く内緒話をする令嬢をまっすぐに見つめてやったら怖かったらしい。
令嬢たちは、びくっと飛び上がり、くだらないお喋りをやめた。そして、私に視線を向けるのもやめ、神妙な態度で視線を落として目の前の皿を見つめていた。
「くく……。威嚇オーラすげえ」
またアーロンが小声でつぶやきながら密かに笑っている。他の人には聞こえてないけど、私にはまるわかりですわよ。
お行儀よくしろと、テーブルの下でアーロンの足を踏んづけると、彼もやっと真面目な態度に戻った。
それでよろしいのよ。アーロン。
そして、それからすぐに国王が姿を現して、晩餐が始まってしばらくしたころ、なぜか話題が私の話になった。
「二人とも、地下牢で長らく捕らえられていたのだと聞いたが? 一体、何をやらかしたのだ?」
周囲の雰囲気がこの男の爆弾発言により凍り付く。
王宮の豪華な晩餐の席。向かい側に座っていた男が口元を歪めて笑う。この国の第二王子であるベルーシという名前の男だ。無茶苦茶感じ悪い。
第二王子は、ネズミを見つけた猫のように、私とアーロンに向かって意地悪く喉を鳴らしていた。
そして、ふんわりしたベッドで目が覚めると、太陽が西に沈んでいるのが見えた。
思った以上に眠っていたらしい。
ベッドのふちに腰掛け、ぼんやりしていると、侍女が部屋に入ってきた。手に持っていたドレスを侍女は私に差し出した。
「エレーヌ様、新しいドレスにございます。お疲れでしょうけれども、今宵はこれをお召しになってくださいませ」
そのドレスはかなり正装に近いものだ。まるで、これから王族に謁見するような……
と、そこまで考えていて、ぴんと来た。というか、ひらめかないほうがおかしいのだ。長い間アーロンが失踪して、やっと帰ってきたら、見知らぬ女を連れていた。しかし、それが隣国の公爵令嬢ともなれば、話は別だ。
国王としては、絶対に会わなければならないはずだ。
……正直言って、むちゃくちゃ、めんどくさい。
正直、地下牢暮らしが長かったせいで、そういう外交儀礼というものをすっかり忘れていた。地下牢は不便だったけど、ある意味、気楽だったのだなあ、とがっくり肩を落とす。
まだかなり疲れているので、公式な食事会は今日はごめんこうむりたいのが本音だ。
そう思う前世の私と、悪役令嬢ではあったが、しなければならない義務はきっちりと守る今世のエレーヌがせめぎ合う。そういう社交儀礼は何がなんでも断ってはならないのだとエレーヌだった私は思うが、そこでさらに、侍女さんたちが追い打ちの一言を放った
「国王陛下がご一緒に夕餉を持ちたいと仰せにございます」
やっぱりね。そうくると思ってたよ。国王からの命令という名のお誘いを断る訳にはいかない。 疲れてるのに、今日はフルコース決定である。
とほほ、と思いながらも、少しうなだれていると、侍女さんがにっこりと笑う。
「アーノルド殿下もご一緒されますよ」
「え、ええ、ありがとう……」
たとえアーロンが一緒でも、今日はそそくさと夕食を済ませて、布団をかぶってそのまま寝落ちしたかったのだ。
そして、夕食時まではかなり時間があるというのに、侍女さんたちは私がごろごろするのを許してくれなかった。時間をかけて、頭からつま先までぴっかぴっかに磨かれたのである。
……だから、貴族令嬢はいやなんだ。私は内心でぶつくさいいながらも、おとなしく侍女さんたちのなすがままに任せていた。
◇
そして、国王陛下主催の晩餐がやってきた。
侍女に案内されて訪れると、すでに何人かは席についていた。
中世の映画で見たようなやたら長いテーブルをはさんで貴賓たちが座っている。アーロンもすでに来ていて、私に向かって片手をそっと上げた。
「遅れまして申し訳ありません。殿下 」
「あ、ああ。別に構わない。気にするな」
二人ともすっごい猫をかぶっているのがまるわかりだ。アーロンに至っては、また私の猫かぶりが面白くて仕方がないらしい。また、彼の肩が静かに震えているが、微かに、くくくっという笑い声が聞こえた。
もう笑うなり、なんとでもするがいいわ。アーロン。
私があきらめて脱力していると、周囲から刺すような視線が向けられる。
それは大体が、この女誰?
という憤りともやっかみとも、どちらともいえるような女の視線。男達はというと、私という存在にかなり興味津々のようだ。
ああ、そりゃそうだ、と私はもう一度、アーロンを見た。まだおかしくらしく、微かに肩が震えている。
正直に告白すると、猫をかぶったアーロンはものすごくカッコいい。すらりとした体躯に、引き締まった口元、紫色の精悍な目つき。
武人のカッコよさを凝縮したような雰囲気がアーロンにはある。しかも、晩餐会用の黒の礼服がよく似合っている。黒騎士と聖剣といった風情だ。
そんな私に、アーロンが思わせぶりな視線を投げかける。周囲の令嬢が私を見つめるまなざしが、きっと鋭くなった。
「どうしましたか? エレーヌ嬢」
アーロンはあえて私の名前を強調した。家名ではなく、名前で呼ぶのは貴族の間なら、お互いが相当親密であるという意味だ。
……まあ、主に、別の意味で親密だったけどね。だって、牢仲間だったもんね。
「大したことではございませんわ。殿下、お気になさらず」
アーロンがふっと優し気な笑みを浮かべる。
「不便があったら、なんなりと私に言うのだぞ。エレーヌ」
他の令嬢たちが私を見て、思わせぶりにひそひそ話をする。
普通の令嬢なら、そんな茨に囲まれているような雰囲気では晩餐どころじゃないのかもしれないけど、私は悪役令嬢で名をはせておりますよの。
ひそひそ話くらいで、私が傷つくと思うなよ。という意味を込めて、意地悪く内緒話をする令嬢をまっすぐに見つめてやったら怖かったらしい。
令嬢たちは、びくっと飛び上がり、くだらないお喋りをやめた。そして、私に視線を向けるのもやめ、神妙な態度で視線を落として目の前の皿を見つめていた。
「くく……。威嚇オーラすげえ」
またアーロンが小声でつぶやきながら密かに笑っている。他の人には聞こえてないけど、私にはまるわかりですわよ。
お行儀よくしろと、テーブルの下でアーロンの足を踏んづけると、彼もやっと真面目な態度に戻った。
それでよろしいのよ。アーロン。
そして、それからすぐに国王が姿を現して、晩餐が始まってしばらくしたころ、なぜか話題が私の話になった。
「二人とも、地下牢で長らく捕らえられていたのだと聞いたが? 一体、何をやらかしたのだ?」
周囲の雰囲気がこの男の爆弾発言により凍り付く。
王宮の豪華な晩餐の席。向かい側に座っていた男が口元を歪めて笑う。この国の第二王子であるベルーシという名前の男だ。無茶苦茶感じ悪い。
第二王子は、ネズミを見つけた猫のように、私とアーロンに向かって意地悪く喉を鳴らしていた。
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