野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第二部 フロルの神殿生活

リルの願い~2

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「わあ、りゅうさんだ」

長い旅路の途中に立ち寄った場所、ちょうど、リルが水をごくごくと飲み終わった時、小さな男の子が目を輝かせながら叫ぶ声が耳に入る。

リルはじろりとその声の方向を見ると、視線の先には5才くらいの小さな男の子、そして、その後ろには母親と思しき女性が立っていた。

男の子はおそるおそる近寄り、リルの顔色をじっと窺う。

「ダリル、竜にいきなり近寄ってはダメよ。竜さんに優しく触るのよ」

穏やかで優し気な笑顔を浮かべる若い母親の姿をリルは視界の端に入れていた。ちょっとフロルに似た感じの女の人だったので、険しいリルの表情も少しだけ緩む。

「うん、ママ、わかった。りゅうさんに優しくするー」

てけてけと駆け寄って来る子供を、リルは大人しくじっと見つめていたが、リルは気まぐれを起こして少し触らせてやることに決めた。

一日、朝から今までずっとフロルと一緒にいられて嬉しかったということもあって、今日のリルは普段の何倍もおおらかだった。とにかく、今日のリルはとても機嫌が良かったのだ。

「りゅうさん、あそぼ」

リルは仕方ないな、という顔をして、鷹揚に子供の髪に鼻先を近づけ、その匂いをふんふんと嗅いだ。母親と同じ匂いがする。

「ふふ、くすぐったいよ、りゅうさん」

子供がリルの首をぺしぺしと触っていたが、リルは不思議でたまらなかった。どうして、こんなに母親と同じ匂いがするのだろう。一緒にいても、フロルの匂いがこんな風に自分についたことは一度だってなかったはずだ。

それが不思議でたまらなくなって、子供がリルの鱗を撫でたり、おおきいねーと不思議そうに見上げていることについては、全く気にならなかった。

その脇では、母親が噴水から水を汲んでいた。その水を自宅に持って帰るのだろう。

どうして、子供に好きなようにさせていると、子供はやがて飽きたのだろう。

「ママー、りゅうさん、もういい」

子供が離れてくれたので、リルも大人しく地面にうずくまる。

どうして、母親の匂いが子供にべったりとくっついているのか気になって仕方がない。その方法がわかれば、大好きなフロルの匂いをべったりと体にくっつけることができて、一日中、気分よく過ごせそうな気がするのだ。

そんなリルの鼻先で、子供は母親に抱き着いて甘えていた。

「ママ―、抱っこ」

「あらあら、仕方がないのね、まだ甘えんぼさんなのね」

母親はそういうと子供を片手で抱き上げる。

子供は嬉しそうな恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、母親の首に手をまわした。

「今日は、りゅうさんといっぱい遊んだ」

そんな子供を見つめる母親の目は慈しみに溢れている。

「そうね。じゃあ、お家にかえろうか」

はあい、と子供はかわいらしく返事をしながら不思議そうに母親の持っていた容器に目を止める。湧き水がたっぷりと入っていてとても重そうだったからだ。

「ママ、そのお水、どうするの?」

「この水はね、聖人トマリアスのお水と言うのよ。この水を飲んで、夜空の流れ星に向かってお願いをすると、神様がお願いをかなえてくれるんですって」

「ほんと? ぼくもお願いするー」

母親は優しく笑って、子供に頬すりをした。

「そうね。じゃあ、ずっとお星さまを見てなくちゃね。夜更かしできる?」

「うん。ぼく、神様に早く大きくしてくださいってお願いする。お城の騎士になるんだ」

そんな話に聞き耳を立てている者がいた。リルが二人の顔をじっと見ていると、その親子は何かを察したようだった。

「りゅうさん、おみず、飲みたいの?」

子供の問いかけに、リルがぶんぶんと首を縦にふり、男の子の母親をじっと見上げる。母親はふっと優しそうな笑みを浮かべて、リルに笑いかける。

「願いの水が欲しいのね。竜さんもお願いごとがあるの?」

そう言って、手にしていた水を、リルの水飲み用の器に沢山注いでくれた。そうして、二人はリルに手を振りながら立ち去っていく。

「じゃあね、りゅうさん、またね」

母親の背中越しに、子供が手をする。

その後ろ姿をリルは無言のままじっと見つめていたが、やがて、親子の姿が消えると、リルはやおら、皿に残っていた水をぐびぐびと飲み干し始めた。

聖人トマリアスの水。

これを飲めば願い事が叶うと、今、あの親子が言っていたではないか。

大急ぎで水を飲み干すリルの横では、エスペランサが驚いたようにリルの様子を見つめていた。

そして、翌朝、リルに異変が訪れることを知るものは、まだ誰もいなかった。
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