野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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2巻

2-2

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「すみませーん、誰かいますか?」
「何の用だ?」

 扉の陰から姿を現したのは、ひげもじゃの体格のよい男だった。
 詰め所の後ろ側は温室に続いていて、ちょうど苗の植え替えをしているところだったらしい。
 忙しかったのか、庭師はカイを見て、何事かとまゆひそめる。
 動物が好きな飼育舎係の人はみんな人当たりがよく優しいが、庭の関係者はそうでもないらしい。

「あの、アルブスというおじいさんから教えてもらってきたんですけど……」

 フロルが少しおどおどして言うと、ジロリとにらまれた。

「誰だ、それ」

 アルブス先生は、わしの名前を出せば、全て解決じゃ、と目を細めて言ってくれたのに、これはどういうことだろう。

「えっと、その、アルブス様は私の先生というか師匠で、ここに来るようにって言われたんですけど……」
「そんな爺さん、知らんな」

 カイは不安げな顔をしてフロルに向き直った。彼は少し小心者なのだ。

「フロル、出直したほうがいいんじゃないか? そのアルブスというおじいさんに何か書いたものでももらえば?」

 そんな二人に庭師はふん、と鼻を鳴らす。

「ここは王宮だ。そんな見ず知らずのじじいがなんと言おうと、俺たちには関係ないと思うがな」

 庭師のそっけない言葉に、二人はすっかり萎縮いしゅくしてしまった。

「フロル、仕方がないよ。今日は星の巡りが悪いみたいだから、また出直そうぜ」

 カイがフロルをうながせば、フロルも頷くしかない。
 ブール草を植えられなかったと、後でアルブス先生に言おう……

「うん、カイ君、無駄足を踏ませてごめんね。それじゃ……」

 きびすを返そうとした時、事務所の後ろで、机に向かっていた若い男が、はっとした様子で顔を上げた。
 男はあわてて立ち上がり、来た道を戻ろうとした子供たちに声をかける。

「お嬢ちゃん、ちょっと待って!」
「はい、なんでしょう?」
「もしかして、アルブスお爺さんではなく、アルブス様じゃないの? 聖人の」
「聖人かどうかわかんないけど、キマイラ・セントアルブスが言ったって言えば大丈夫じゃって、お爺さんが言ってたんだけどなあ」

 その瞬間、事務所にいた庭師、全員が弾かれたように立ち上がった。
 アルブス聖人というのは、かつて、王宮の相談役として君臨くんりんする賢者のトップに立っていた人だ。
 殿下の教育係でもあったその老人がなぜ!?
 先ほど、偉そうだったひげの男の顔色がさっと変わる。
 大変な失礼をしてしまったとあわてふためく様子を見せるが、フロルは今一つピンとこない。

「ねえ、聖人って、そんなに……」

 エライの? とカイに聞こうとした時、先ほどの若い男がすごいスピードで詰め所の入り口まで出てきた。
 赤毛のほっそりした男だった。

「私が園丁の一番上の管理者だ。それで、アルブス様から、どのようなことを言付かってきたんだい?」

 アルブス様がよこした子供を追い返すなんて、恐れ多いことをしでかすところだったと、赤毛の男はうっすらと冷や汗をかく。

「あの……これを庭に植えてもよいと、アルブスお爺さんが許可をくれたんですけど……」

 フロルはがさごそと自分の荷物から苗を取り出す。
 男はそれを見て、大きく目を見開いた。

「これは、ブール草じゃないか! これをどこで?」

 その声が事務所内に響き渡った瞬間、庭師たちが全員、どっとフロルに群がった。

「ブール草!?」

 まぼろしの、とか伝説の、とかいう形容詞がつく珍しい草だ。
 それがなんと苗の形で、今、庭師たちの目の前にある。
 全員が、わなわなと震えながら、その草の葉先にそっと手を伸ばした。

「これは、確かにブール草だ」
「ああ、ブール草が目の前にあるなんて、俺は夢でも見ているんだろうか?」

 ブール草は、実にデリケートな野草で、地面から掘り起こしたり、切り取ったりするとまたたく間にしおれてしまうというのが、園芸界の常識である。
 しかも、庭師だって一生に数度見ることがあるかないかというほど、希少な薬草だとも言われている。

「それにしても、この葉の形、色、つや……どれをとってもなあ」

 ブール草の葉を震える指でそっとでる男もいれば、

「ああ、綺麗だなあ。見ろよ、この美しさを……」

 と、涙ぐんで見つめる男もいた。
 ブール草にえ震える男たちを、フロルは変態を見るかのような目で、静かに眺めていた。
 この人たちは、きっと特殊な性癖を持っているに違いない。
 そんなフロルを置き去りにして、園丁はひとしきりブール草の鑑賞を堪能たんのうしきった後、やっと我に返ったようだ。

「これ、お嬢ちゃんが見つけたのか?」

 庭師は信じられないという様子でフロルに尋ねる。

「はい。アルブス先生は、せっかくだから、庭に植えたらって言ってくれて」
「こんな希少なものを王宮の庭に植えていいの?」
「はい。あの隅っこでいいので、どこかに植えさせてもらえればと思うんですけど……」
「もちろんだとも!」

 たくさんの満面の笑みがフロルを迎える。さっきの態度とはえらい違いだ。

「で、庭に植えてどうしたいんだい?」
「リルとエスペランサの餌にするんです」
「ブール草を動物の餌に?」

 エスペランサを知らないものはいない。騎士団の中でも、一番獰猛どうもう勇猛ゆうもう果敢かかんな馬だ。

「それで、リルっていうのも馬なの? そんな馬、聞いたことないけどなあ」
「あの、リルは子竜で……」
「ああ、新しく子竜が入ったって聞いたな。なんでもすごく可愛らしいっていう話を聞いたことがある。竜なのに、ブール草を食うのか?」
「はい、リルはブール草しか食べないんです」
「なるほど。そういうことなら、庭園の端にきがあったはずだ」
「できれば、木陰こかげがいいんですけど」

 フロルの故郷の森では、ブール草は木の下のちょっと木陰こかげのほうがよく育っていた。

「それにしても、恐れ多くもブール草を動物の餌にするなんてなあ」

 庭師が頭を振りながらつぶやくので、フロルは、つい先日までブール草は雑草だと思ってました、とはさすがに言えなかった。

「これは散々探し回って見つけたの?」
「私の実家近くの森には、その辺にいっぱいえてるんですよね」
「へえ。それはすごいな。植える場所は俺が案内してあげよう。誰か、スコップと水桶みずおけを持ってきて」

 庭師たちはまだ興奮さめやらぬ様子で、金魚のふんのように、ぞろぞろとついてくる。
 その道すがら、フロルは庭師さんたちと仲良く話を続けていた。
 もちろん、会話の中心はブール草だ。

「じゃあ、嬢ちゃんは、実家の近くの森で毎日のようにブール草を収穫していたと……」
「はい。そこら中にえていてまるで草原みたいに見えるんですよ」
うらやましい。今度、その光景を見てみたいな」

 その話を聞いて、フロルの目はキラリと光る。

(これは、ビジネスチャンス!)

 顔いっぱいにあふれんばかりの笑みを浮かべて、フロルは言う。

「あ、私の実家、ダーマ亭っていう宿屋なんです。宿泊してくれたら、父さんに案内を頼みますよ」
「ほんとか!?」
「ええ。もちろんです。えっと、森へのツアー料が銀三枚ですけどいいですか?」

 フロルはにっこりと黒い笑みを浮かべて庭師を見つめれば、庭師たちはもちろんと即答する。
 そんなツアーがあるなら銀三枚でも安いものだと、庭師たちは興奮しながら口を揃えて言う。
 そんなものは元から存在しないのだが、商才に富んだフロルは機を逃さない。
 何しろ、弟のウィルの治療費を捻出ねんしゅつしなければならない。他にも色々と入用なこともある。
 稼げる時には稼ぐのが商人のおきてである。
 そして、これでダーマ亭のふところうるおすのだ。

「なあ、そんなツアー、ほんとうにフロルの実家でやってるのか?」

 誰にも聞こえないよう、カイが心配そうにフロルの耳元でささやいたので、小声でカイに即答した。

「やってないけど、今、作った!」

 呆気あっけにとられているカイを尻目に、フロルはもうちょっとツアー料をふっかければよかったかなあ、と少しだけ後悔していた。
 彼らは王宮の庭師だ。一般市民よりはるかに高給取りなのである。
 しかし、フロルは深く悩むのが苦手な性格なので、すぐに、まあいいか、と忘れ去った。
 そして、畑に到着すると、早速、庭師たちに教えてもらった通りにブール草を植える。
 庭師から借りた道具を使って、植え替えをつつがなく完了してから、フロルは庭師に向かってぺこりとお辞儀をした。

「どうも、ありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそ、ブール草を見せてくれてありがとうな、お嬢ちゃん。また面白い野草があったら持ってきてくれよ」

 そして、フロルとカイは庭師たちに見送られながら畑を後にする。
 気づけば短い昼休みが終わりかけている。
 二人はおおあわてでそれぞれの職場に戻ったのだった。


 魔道師塔に戻ると、フロルは早速、午後の準備に取り掛かった。
 午後からはグエイドと一緒に、白魔道師の実習をすることになっているのだ。
 そして、実習が始まってすぐに、グエイドがいつになく丁寧な口調で話し始めた。

「フロル、今日は実習がてら少し頼みたいことがあるのだが」
「はい、グエイド様。何でしょうか?」
「この魔石を磨いてくれないか」

 グエイドが指で示した先には、かごに入った小石がうずたかく積まれている。
 それは治療石という種類の魔石で、怪我けがをしたところとか、具合の悪いところに当てると、魔力の効果で治療できるという代物しろものだ。
 大きな怪我けがや難しい病気には使えないが、剣の切り傷とか、簡単なものには効くのだそうだ。
 治療石は基本的に、白魔道師がいない時に、応急処置として騎士団が使うものだとグエイドは言う。

「この治療石を磨くのには、とても繊細な力加減が必要となる。魔力コントロールがまだ苦手なお前にうってつけの仕事だと思ってな」

 グエイドはとてもいいことを思いついたと言わんばかりに、満足そうな顔をしている。
 目の前に積み上げられた石をフロルは目を丸くしながら見上げる。

(これ、一体、何個くらいあるんだろう……?)

 なんだか尋常じんじょうじゃない数のような気がして、フロルが固まっていると、近くで二人の会話に聞き耳を立てていた魔道師たちがすうっと席を立って、こちらにやってきた。
 もしかして手伝ってくれるのだろうか、とフロルが期待に満ちた目で見つめていると、とんでもない発言をしたのである。

「グエイド様、これもお願いしてよろしいでしょうか?」

 これ幸いとばかりに、他の魔道師たちもわらわらと奥の物置から治療石を持ち出してきて、石の小山の上にうずたかく積み上げる。

「ああ、そこにもあったか。ちょうどいい。フロルの訓練になるだろうから置いていけ」

 フロルは呆気あっけにとられたまま、その様子を眺めるしかない。
 どうも、石磨きはみんなが嫌がる仕事のようで、今まで溜まりに溜まっていたものを、渡りに船とばかりにかき集めてきたようにも見える。
 グエイドは石を一つつまみ上げ、フロルに見せるように握った。

「これから、私が磨き方を教えてあげるから、よく覚えておきなさい」
「はい」

 自分の目の前でグエイドが丁寧に磨いていく様子を、フロルは食い入るように眺めていた。
 グエイドが魔力を込めると、石はぼんやりと淡い光を放ち始める。
 彼は魔力で石を磨いていくのがコツだと言う。
 大雑把なライルと違って、グエイドは見た目通り、かなり几帳面で細部まで丁寧に仕事をする。その様子はまるで職人のようだ。
 そして一通り、簡単な説明を受けた後、フロルは石の一つをとって、教わった通りに磨いてみた。
 治癒ちゆ魔法を込めながら表面を魔力で削るのは、まだ見習いから上がったばかりのフロルにとっては、なかなか難しい作業だった。
 なにしろ、魔力を強く込めると石が壊れてしまうし、磨くのと同時に、石の表面に付着した汚れたエネルギーを浄化しなくてはならない。力の込め具合がとても難しいのだ。
 ちょっといびつな形になってしまったが、なんとなく、それらしいものができ上がった。

「グエイド様、こんな感じでいいでしょうか?」

 フロルはグエイドのところにその石を持っていく。
 グエイドはそれを受け取ると二本の指でつまみ、光に透かして出来具合を調べた。
 その様子をフロルはどきどきしながら眺めていた。
 やがてグエイドは一通り鑑定し終わると、満足げに、その石を机の上に置いた。

「一応、合格だ。なかなか器用だな」

 どうにか、及第点はもらったみたいだ。

「ありがとうございます。でも……」
「でも、なんだ?」

 フロルは、後ろに積まれた小石を振り返って眺めた。
 これは、何百個、いや、何千個になるのだろうか?
 全部数えるだけで、日がとっぷりと暮れてしまいそうだ。

「あの、この石、一人では全部磨ききれないと思うのですけど」

 戸惑いながら口を開くフロルに、グエイドはにっこりと笑う。
 いつも仏頂面ぶっちょうづらをしている彼の笑顔を見て、なんだか、嫌な予感が走った。
 うずたかく積まれた小石を前に、思った通り、グエイドが鬼畜なセリフを発したのだ。

「大丈夫だ。お前ならこれを全部磨ける」
(グエイド様、まさか、これを全部一人でやれと?)

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
 グエイドが悪びれもせずにあっさりと頷く。

「もちろん、フロル、お前一人でだ。白魔道師のなかで魔力コントロールの訓練が必要な『見習いあがり』はお前だけだからな」

 フロルは呆気あっけにとられて、ぽかんとグエイドの顔を見つめる。

「多少はてこずるかもしれんが、大丈夫だ。心配するな」
(みんながやりたくない仕事を、見習いあがりに押し付けてやいませんかね? グエイド様?)

 フロルが思わず恨みがましい視線をグエイドに向けると、彼はこほんと咳払せきばらいを一つしてから、ぽんぽんとフロルの肩を叩く。

「大丈夫だ。せば成る。大切なのはやり遂げようという気合いだ」

 気合いでなんとかって、一体、何時代の話なんだ!

「いやあ、これはちょっと自信がないというか……」
「今日中に全部終わらなくても構わん。終わるまで毎日、継続してやってくれ」
(結局、全部、私がやるんかい!)

 グエイドの言葉に、心の中で激しくツッコミを入れてみるものの、一番下のひら魔道師であるフロルの立場は、悲しいかな、吹けば飛ぶほどに軽い。

(これ全部磨くのに何日かかるんだろう……)

 いくらお給金をもらっているとはいえ、石磨きだけで数週間はかかりそうな仕事量だ。
 他の魔道師たちも、時折、ちらちらと、申し訳なさそうに視線を向けてくる。
 自分たちがめんどうくさがって後回しにしたつけを、フロルに押し付けたことを、よくわかっているのだ。

「じゃあ、後は任せたぞ」

 グエイドは、そう言い捨てると、フロルを一人残して、あっさりと立ち去ってしまった。
 そして今、フロルの目の前には、大量の魔石が残されている。

「ああ、これ一人でやるのかあ。大変だなあ」


 わざとらしくつぶやきながら、手伝ってくれそうな人にじっと視線を送ると、さっと顔を背けられる。
 やっぱり、石磨きを手伝ってあげようなどという親切な同僚はいないのだ。

(しょうがないなあ)

 気を取り直して、フロルは魔石を一つ、二つ、試しに磨いてみる。
 これを全部磨かねばならないのかと思うと、なんだか気が遠くなりそうだ。
 不満たらしく石を磨いたせいか、うっかり石に込める魔力を増やしてしまった。
 ばちっ。
 たき火に入れた栗みたいに、突然、石が小さく爆発した。

「うわっ」

 フロルはびっくりして、椅子から転げ落ちる。
 あわてて手の中にあった小石を見たら粉々にくだけていた。
 周囲に少しげ臭い匂いが立ち込める。
 石に魔力を込めすぎたのだ。

「ああ、危なかった」

 石が小さかったからよかったものの、もしこれが大きな石だったら、また大爆発になってたかもしれない。
 フロルはいまだに魔力検査の時に魔法球を爆発させたことがトラウマとなっているのだ。

(いやあ、これ、かなり注意をしないと危険だなあ)

 そう自戒しつつ、フロルは、再び椅子に座り、気を取り直して石を磨き始める。
 そして、何個目かの石を磨き上げると、なんとなくコツのようなものがわかった気がする。
 最初に思ったほど大変ではなさそうだ。

(そういえば、この治療石って、白魔道師がいない時に、騎士団のみんなが使うんだよね)

 騎士団のミッションは多岐にわたるので、実際は、白魔道師が同行しないことのほうが多い。
 もし、自分や他の白魔道師がいない時に、騎士団が魔物などに襲われて怪我けがをした場合、この治療石は大切な役割を持つのだとフロルは思い至った。
 特に魔力を持つものによる攻撃で受けた傷は、この石でなければいやせない。
 魔力による怪我けがや呪いは、魔力でなければ治せないからだ。
 ふと、フロルの脳裏のうりにギルの顔が浮かぶ。
 ギルだって、この治療石を使うことがあるかもしれないのだ。
 もし、ギルが遠征先で怪我けがをしたら?
 うっかり何かの呪いを受けてしまったら?
 そう思った瞬間、フロルの石を握る手にぐっと力がこもる。

(そうだ。この石は、ギル様を治療することになるかもしれない!)

 そうであれば、石磨きなどお安い御用だ。
 百個でも、二百個でも、いや千個でも二千個でも磨いてみせようぞ。
 突然、フロルはすさまじい勢いで石を磨き始めた。
 彼女が目を血走らせながら、わき目もふらずに磨き始めたことに、周囲の魔道師たちはすぐに気がついた。

「おい、フロルがおかしいぞ」
「急に鬼気迫る勢いで磨き始めましたね」

 フロルが一心いっしん不乱ふらんに石を磨く様子を、魔道師たちは少しビビりながら遠巻きに眺めていた。
 変わり者の魔道師たちから、こいつ変わってると認定されてしまったのだが、フロルはそれに気づかずにひたすら石を一生懸命いっしょうけんめいに磨いている。
 そして、何百個目かを磨き終わった時には、すっかり石磨きのコツをマスターしていた。

(慣れてみると意外と簡単だ)

 一旦、コツさえ掴んでしまえば、こっちのものだ。
 フロルは手ごたえを感じながら、さくさくと磨いていく。
 磨かれる前の治療石は、くすんだ灰色をしているのだが、磨き終わればオパールのような半透明の石へと変わる。しかし、フロルはそれに飽き足らず、そこからさらに気合いを入れて磨くものだから、最後には、水晶のような透明の色へと変わっていく。
 それは美しくんだ光を放ち、ピカピカに光っていて、見ているだけで気持ちがいい。

(おお、石磨き、意外と楽しい!)

 フロルは、実は自分が単純作業に向いているということを発見した。
 よし、こうなったら、磨きに磨きまくって、ピカピカにしてやろうではないか!
 フロルは大好きなギルの顔を思い浮かべながら、石磨きに没頭する。

「石磨きを通り越して、結晶化させてる……」
「信じられない…‥」

 普通の白魔道師がどんなに磨いたとしても、あんな風に透明で宝石のような美しさは出ないはずだ。
 フロルが石を磨くスピードも、仕上がりのすばらしさも群を抜いてすぐれている。
 周囲の静かな驚きにも気づかず、フロルは、どんどん石を磨き続けていた。


 それからさらに数日間、フロルはひたすら石磨きを続け、さらにその技術をレベルアップさせた。
 あれほど大量にあった治療石もほとんど磨き終わり、残すところあと少し。
 作業にひとまず目途めどがついたところで、グエイドが様子を見に来た。

「フロル、仕事の進み具合はどうだ?」
「はい、あと少しで終わりそうです」

 かごの中にほんの少し残った石をフロルが示すと、グエイドは満足そうに頷く。

「そうか、よくがんばったな」
「はい、グエイド様、私、がんばったんですよ!」

 フロルは、えへんとほこらしげに胸を張る。
 気難しいグエイドが珍しくフロルをめながらも、ふと壁にかかった時計に視線を向けた。

「それはそうと、今日は子竜の世話をしに行かなくていいのか?」
「ええっ、もうこんな時間?」

 石磨きに夢中になりすぎていたらしい。気づけばリルの世話に行く時刻をとっくに過ぎている。

「子竜も腹をかせているだろう。早く行ってやれ」
「ありがとうございます。グエイド様」

 フロルはバタバタと投げるように道具をしまい、自分のローブをひっつかむ。

「お疲れ様でした!」

 ちらほらと残っている魔道師たちへの挨拶あいさつもそこそこに、おおあわてで竜舎へと向かった。
 走ること十分。
 竜が飼われている竜舎の前で少し立ち止まり、フロルはひざに手を当ててぜいぜいと息をついた。
 今日こそは、リルの所に直行するのだと、固く心に誓いながら扉を開ける。
 竜舎の中央には通路がまっすぐに通っていて、その両側には竜の飼育スペースがある。
 竜の居場所は一匹ごとに区切られている。基本的に竜は群れない生き物だからだ。
 扉を開けた瞬間、竜たちは一斉に振り返って、フロルの一挙一動をじっと見つめ始めた。

「みんなー、元気?」

 フロルが明るく竜たちに声をかけると、竜たちは静かに中央の通路へと寄ってきた。
 一番手前の区画には、地竜であるゴルガ。中頃には、緑竜りょくりゅうのマドル。その奥にも色々な竜がいる。
 所々、竜がいない区画もあるが、そこにいた竜はきっと今頃、竜騎士と共に出かけているのだろう。
 そこでフロルは、いつもはいないはずの竜が戻っていることに気がついた。

「ガビィーも戻ってきたんだー」

 火竜かりゅうであるサラマンドル種のガビィーである。
 随分ずいぶんと長い間いなかったから、竜騎士と遠くに遠征に出かけていたのだろう。
 ガビィーは火竜かりゅうだから当然、火を吐く。
 火竜かりゅうはフロルを見て、嬉しそうに目を輝かせながら通路の外ににゅっと首を伸ばしてきた。
 火竜かりゅうは、フロルに頭をでてほしいのだ。

(しまったー!)

 うっかりと声をかけてしまったのが運の尽き。
 差し出された頭をでてやらないと、竜たちは機嫌を悪くする。

「ギュウゥ……キュルル」

 でて! と言わんばかりに火竜かりゅうが甘え鳴きしながら、上目づかいにフロルをじっと見つめる。
 今日こそは、リルの所に直行するつもりだったのに、自分の迂闊うかつさが返す返すも悔やまれる。

「あの……その、まあ、よく戻ってきたね」

 火竜かりゅうのプレッシャーに負けて、フロルはやむにやまれずガビィーの頭に手を伸ばす。
 そっとでてあげると、火竜かりゅうのガビィーは嬉しそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。


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