蒼き風の突騎兵

北条丈太郎

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序章

師匠ジャックの脱走

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「なあハルマン。ジャックさんはどれだ? 本当にあの中にいるのか?」
 その日、マーズ基地内部で行われた突騎兵部隊の閲兵式を眺めていたハルマンはレーサー仲間に声をかけられ、目を凝らして師匠ジャックの姿を探した。
「……量産型のVTばっかだからわかりにくいな。あれ? なんか揉めてるぞ」
 ずらりと並んだRB隊の隊列の脇に憲兵隊が近寄り、RB部隊の隊長と問答を交わす姿がハルマンたちの目に見えた。やがて憲兵隊は姿を消し、閲兵式は続いた。
「……大変だぞ! 突騎兵になったジャックさんが脱走したってよ!」
 閲兵式終了後、レース場に集まったハルマンたちの間でそんな噂が流れた。
「そんなバカな! 冗談は休み休み言えよ! いくらジャックさんでも……」
 ジャックの人柄を知るハルマンたちは笑おうとして沈黙し、ジャックの愛車を見た。
「好きに使えよハルマン」
 そんな張り紙がジャックの愛車VTのシートに貼られていた。
 数日後、ジャック脱走の噂はマーズ基地中に知れ渡っていた。軍人となったジャックが脱走したということは重大な軍規違反であり、捜索隊が編成されたという噂も飛んだ。
 やがてその噂も消え、マーズ基地は静かな日常を取り戻した。
 ライダーレースも開催されたが、ジャックは引退したということになっていた。
 ハルマンはジャックの愛車だったVTに乗り、レースに参加したが成績は精彩を欠いた。
「……俺は決めた。ジャックさんを探しに行く。あのゲートを突っ切って外に出る」
 ハルマンのつぶやきを聞いた仲間たちは笑ったが、それが冗談ではなかったことを知ったのは、ある日のレースの終了後であった。
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