【完結】月と羊 〜その声に恋をしていた〜

西宮裕華

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第9章

誰が、そこにいるのか(2)

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——気がつけば、あっという間に時間が過ぎていた。

「そろそろ、出ようか」

 会計を終え、店の外に出ると、夕方の空気が頬に心地よかった。駅までの道を並んで歩く。
 齊藤さんが、私の歩幅に合わせてくれているのが分かった。

 そのときだった。

「今日は、どうだった?」

 歩きながら、不意に真面目なトーンでそう訊かれて、私は少し驚きながらも答えた。

「とても楽しかったです!普段聞けない話もいっぱい聞けて、幸せでした。これからもGG4の活躍を、応援してますね!」

「そっか。ありがとう」


 そして、彼は一度立ち止まって、私の方に向き直った。

「それでさ…、よかったら俺と付き合ってくれない?」


 時間が止まったような気がした。頭が真っ白になって、思わず間抜けな声を出してしまう。

「へっ……?」

 彼の表情は、冗談ではなく、真剣そのものだった。


「俺はね、君がとても可愛いと思ってる。初めて会ったときから気になってたし、なにより、人の命を救う仕事をしてるって知って…本当に尊敬したんだ」

 私は視線を落とした。

「あ……でも…、私なんかじゃ……。齊藤さんは、すごく人気のある方ですし、こんな一般人と付き合ったら、色々言われちゃうかもしれませんし…」

「それでも、俺は君のことをちゃんと見てる。だから……どうかな?」


 その言葉に、胸が苦しくなった。素直に嬉しかった。でも同時に、怖かった。今、この瞬間、目の前にいるのは齊藤さんなのに、自分の中の気持ちは別の人に向いていることに、気づいてしまったから。

 バッグにつけていたペンギンのキーホルダーをそっと握って、私は口を開いた。

「………ごめんなさい。齊藤さんはとても、素敵な方です。でも……考えられないです。齊藤さんの隣に、私が並ぶなんて」

 少しの沈黙のあと、彼はふっと微笑んだ。どこか、ほっとしたような笑顔だった。

「そっか。ありがとう。ちゃんと答えてくれて、嬉しいよ」

 そして彼は、こう言った。

「一つだけ、最後に質問してもいい?」

「……はい」

「俺が告白したとき、君は誰のことを考えてた?——誰が、君の心にいた?」

 心臓の跳ねる音が、聞こえた気がした。
 顔が、熱い。
 思わずペンギンを握る力が強くなった。

 言葉が、出なかった。だけど、脳裏には、ある人の姿が、鮮やかに浮かんでいた。

 黒髪、黒縁メガネ。無愛想に見えて、実はすごく温かくて、動物のことになると少年みたいに夢中で、優しい声で語る人。

 私の心にいたのは、間違いなく——。


 それが何を意味するのか、答えを出せないまま、帰りの電車に乗っていた。窓の外は、夕焼けが広がっている。

 自分の気持ちと、ようやく、ちゃんと向き合うことになる。そんな、気がしていた。
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