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第4章:秋
リディア 〜秋の薔薇園にて〜
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肌を撫でる風がやや冷たくなった秋の午後。
アルステッド侯爵家の薔薇園。その一角でリディアはハートローズたちを眺めていた。美しいその姿とは裏腹に、彼女の心中は複雑だ。
ポツリとつぶやいた。
「……もしかして、私、トゥルーエンドに縛られて、大切な誰かの心を無視してるのかもしれない」
今日のお供はアーニャの用意したシナモン入りのアップルティー。豊かな香りが、もやもやした心を少し慰めてくれる。
夏よりもまた一歩、彼らと近づいた気がする。
けれどそれは、喜びばかりではなかった。
トゥルーエンドに向かっているはずなのに、その心は、どこか揺れていた。
まず目に入ったのは、カイルの薔薇。真っ白な花は、4本しっかりと咲き誇り、5本目が膨らみ始めていた。秋の光の中、どこか寂しげに揺れている。
彼が「リディ」と呼んでくれるたびに、彼の思いに触れる気がした。最近、明らかに気持ちがこちらに向いているのは気のせいじゃ無いと思う。
トゥルーエンドのために必要なハートローズは5本。それ以上は彼のルートに入ってしまう。これ以上、気持ちを高めるわけには行かない。だから、避けていたのに。
なのに、彼はいつでも優しく助けてくれる。優しくされればされるほど、胸が苦しくなるなんて、なんて不便なんだろう。
「カイル、ほんとに真っ直ぐすぎるよ……」
信じてくれる彼に応えたい気持ちはある。でもその先に待ち受けているのは……災い。
その不安が、秋の風よりずっと冷たく感じる。
ルシアンの薔薇は、深いオレンジ色の花びらの先に秋の陽が溶け込んでいる。3本目がしっかりと咲き、さらに4本目も半分ほど開きかけていた。
台本読みの練習。セリフの名前をお互いの名前に変えた愛のシーン。あれは……反則だと思った。練習が始まると、声も空気も変わる彼。演技なのに、あの真剣な熱を受け取ろうとしてしまう。
「君が好きだ」なんて。あれはセリフだ、幻のようなものだ、そう自分に言い聞かせた。
でも彼は流石はプロだ。胸が跳ねた。未だにあの言葉が耳の奥に残ってる。
「ドキッとさせるの、禁止にしてほしい……もう」
彼の本気がどこにあるのか、まだわからない。でも「リディ」と呼んで笑いかけてくれた、あの目は嘘じゃなかった気がして、少し、困る。
ジークの薔薇は、3本目の青が凛と咲いていた。まるで彼の冷たい空気をそのまま閉じ込めたような色。けれど、夏よりもずっと優しく感じた。
魔力欠乏で倒れた彼を助けたあの日。最後は気を失ってしまって、気がついたら自分のベッドで寝ていた。後でちゃんと彼を救えたことを聞いて、本当によかった、と胸を撫で下ろしたことを覚えている。
ふと思い出したのはあのときの自分の言葉。
どさくさにまぎれて、彼のことを「かけがえのない人」って言わなかったかしら?
顔が熱くなる感覚がしたが、頭を振って打ち消す。彼はこの国にとっても、魔術の目標としても大切な存在。この気持ちは“リスペクト”だ。きっと。
「魔力供給も拒絶されなかった。少しは、私のこと、信用してくれてるのかな」
緊急事態だったから、だとしても。ほんの一瞬でも、彼の心に触れられたような気がした。
レオナルドの赤い薔薇は、3本目が咲き、4本目がまさに今、花開こうとしていた。秋の光を跳ね返すように、力強く、誇らしげに咲いている。
収穫祭の視察同行で彼と議論した。きっかけはゲーム知識のものだったけど、意見を交わして、彼も熱心に耳を傾けてくれた。
「君は、すごいな」と褒められたとき。まるで、この先もこうして、横で意見を語り合う未来がある、と言われているようだった。
彼とあんなにたくさんの言葉を交わしたのは、たぶん初めてだったと思う。緊張感すら楽しくて、時間が過ぎるのが惜しかった。
「……終わってほしくない、って思った。けど……」
それを表に出したら、私はまた“悪役令嬢”に逆戻りだ。だから、笑って引いた。ちゃんと引いた。……できていたよね?
そして、アイラの薔薇。見事に咲いた4本の黄色の花。まるで太陽のように明るく咲いている。彼女そのものだと思った。
明るく努力家の彼女を周りも受け入れて、学園生活を楽しんでいるのを見るのはとても嬉しい。相変わらず攻略対象には無関心の様子は、思い出すとクスリと笑ってしまうが。
それに、まさかケーキセットのケーキが完全一致するほど気が合うとは。嬉しそうに笑うアイラの笑顔が思い出される。彼女といると気持ちが楽になる。何も言わなくても通じ合っているようなそんな感覚。
けれど最近、不意に思ってしまう。
「アイラの心に、私はちゃんと向き合えているのかな……?」
アイラを“トゥルーエンドのために必要なヒロイン”としか見ていなかった時期があったのも事実だ。その後ろめたさは今も消えていない。
長々と考えていたせいで、リディアのカップの中のアップルティーはすっかり冷めていた。
ここで出会った皆を大切にしたい。それは紛れもない正直な気持ち。
「でも、“皆を大切にする”って、どういうことなんだろう」
不意に自分に問いかけた。
誰かの未来を決めつけて、感情を押し殺して、最適解だけを追いかける。もしそれが、誰かの“本当の気持ち”を無視することになっていたら——。
「それって……元のリディアと、何が違うんだろう」
周囲を見ずに自分の幸せだけを追いかけて、結果、破滅する悪役令嬢リディア。
今の自分も、“トゥルーエンド”という名の幸せに縛られて、誰かの心を無視してしまっているのではないか。
いくら考えても答えは出ない。けれど——。
「それでも、皆が幸せになるためには、やっぱり……トゥルーエンドを迎えるしかない」
どこかで妥協して、誰かの手を取る選択肢もある。それができればどんなに楽だろう、と何度も思った。
でも、誰かのルートを選べば、何かしらの悲劇が起こる。ここで生きる人々に“犠牲”が生じる。それがこの世界の仕様。
「誰かの涙の上に、幸せなんて築きたくないから」
リディアは空を見上げる。
澄み切った秋空は、どこまでも高く、青の深さが胸を貫くようだった。
そんな空の下、薔薇園には色とりどりの心が咲き誇っている。彼女の選択を後押しするように。
迷いながら、でも少女は歩みを止めない。
アルステッド侯爵家の薔薇園。その一角でリディアはハートローズたちを眺めていた。美しいその姿とは裏腹に、彼女の心中は複雑だ。
ポツリとつぶやいた。
「……もしかして、私、トゥルーエンドに縛られて、大切な誰かの心を無視してるのかもしれない」
今日のお供はアーニャの用意したシナモン入りのアップルティー。豊かな香りが、もやもやした心を少し慰めてくれる。
夏よりもまた一歩、彼らと近づいた気がする。
けれどそれは、喜びばかりではなかった。
トゥルーエンドに向かっているはずなのに、その心は、どこか揺れていた。
まず目に入ったのは、カイルの薔薇。真っ白な花は、4本しっかりと咲き誇り、5本目が膨らみ始めていた。秋の光の中、どこか寂しげに揺れている。
彼が「リディ」と呼んでくれるたびに、彼の思いに触れる気がした。最近、明らかに気持ちがこちらに向いているのは気のせいじゃ無いと思う。
トゥルーエンドのために必要なハートローズは5本。それ以上は彼のルートに入ってしまう。これ以上、気持ちを高めるわけには行かない。だから、避けていたのに。
なのに、彼はいつでも優しく助けてくれる。優しくされればされるほど、胸が苦しくなるなんて、なんて不便なんだろう。
「カイル、ほんとに真っ直ぐすぎるよ……」
信じてくれる彼に応えたい気持ちはある。でもその先に待ち受けているのは……災い。
その不安が、秋の風よりずっと冷たく感じる。
ルシアンの薔薇は、深いオレンジ色の花びらの先に秋の陽が溶け込んでいる。3本目がしっかりと咲き、さらに4本目も半分ほど開きかけていた。
台本読みの練習。セリフの名前をお互いの名前に変えた愛のシーン。あれは……反則だと思った。練習が始まると、声も空気も変わる彼。演技なのに、あの真剣な熱を受け取ろうとしてしまう。
「君が好きだ」なんて。あれはセリフだ、幻のようなものだ、そう自分に言い聞かせた。
でも彼は流石はプロだ。胸が跳ねた。未だにあの言葉が耳の奥に残ってる。
「ドキッとさせるの、禁止にしてほしい……もう」
彼の本気がどこにあるのか、まだわからない。でも「リディ」と呼んで笑いかけてくれた、あの目は嘘じゃなかった気がして、少し、困る。
ジークの薔薇は、3本目の青が凛と咲いていた。まるで彼の冷たい空気をそのまま閉じ込めたような色。けれど、夏よりもずっと優しく感じた。
魔力欠乏で倒れた彼を助けたあの日。最後は気を失ってしまって、気がついたら自分のベッドで寝ていた。後でちゃんと彼を救えたことを聞いて、本当によかった、と胸を撫で下ろしたことを覚えている。
ふと思い出したのはあのときの自分の言葉。
どさくさにまぎれて、彼のことを「かけがえのない人」って言わなかったかしら?
顔が熱くなる感覚がしたが、頭を振って打ち消す。彼はこの国にとっても、魔術の目標としても大切な存在。この気持ちは“リスペクト”だ。きっと。
「魔力供給も拒絶されなかった。少しは、私のこと、信用してくれてるのかな」
緊急事態だったから、だとしても。ほんの一瞬でも、彼の心に触れられたような気がした。
レオナルドの赤い薔薇は、3本目が咲き、4本目がまさに今、花開こうとしていた。秋の光を跳ね返すように、力強く、誇らしげに咲いている。
収穫祭の視察同行で彼と議論した。きっかけはゲーム知識のものだったけど、意見を交わして、彼も熱心に耳を傾けてくれた。
「君は、すごいな」と褒められたとき。まるで、この先もこうして、横で意見を語り合う未来がある、と言われているようだった。
彼とあんなにたくさんの言葉を交わしたのは、たぶん初めてだったと思う。緊張感すら楽しくて、時間が過ぎるのが惜しかった。
「……終わってほしくない、って思った。けど……」
それを表に出したら、私はまた“悪役令嬢”に逆戻りだ。だから、笑って引いた。ちゃんと引いた。……できていたよね?
そして、アイラの薔薇。見事に咲いた4本の黄色の花。まるで太陽のように明るく咲いている。彼女そのものだと思った。
明るく努力家の彼女を周りも受け入れて、学園生活を楽しんでいるのを見るのはとても嬉しい。相変わらず攻略対象には無関心の様子は、思い出すとクスリと笑ってしまうが。
それに、まさかケーキセットのケーキが完全一致するほど気が合うとは。嬉しそうに笑うアイラの笑顔が思い出される。彼女といると気持ちが楽になる。何も言わなくても通じ合っているようなそんな感覚。
けれど最近、不意に思ってしまう。
「アイラの心に、私はちゃんと向き合えているのかな……?」
アイラを“トゥルーエンドのために必要なヒロイン”としか見ていなかった時期があったのも事実だ。その後ろめたさは今も消えていない。
長々と考えていたせいで、リディアのカップの中のアップルティーはすっかり冷めていた。
ここで出会った皆を大切にしたい。それは紛れもない正直な気持ち。
「でも、“皆を大切にする”って、どういうことなんだろう」
不意に自分に問いかけた。
誰かの未来を決めつけて、感情を押し殺して、最適解だけを追いかける。もしそれが、誰かの“本当の気持ち”を無視することになっていたら——。
「それって……元のリディアと、何が違うんだろう」
周囲を見ずに自分の幸せだけを追いかけて、結果、破滅する悪役令嬢リディア。
今の自分も、“トゥルーエンド”という名の幸せに縛られて、誰かの心を無視してしまっているのではないか。
いくら考えても答えは出ない。けれど——。
「それでも、皆が幸せになるためには、やっぱり……トゥルーエンドを迎えるしかない」
どこかで妥協して、誰かの手を取る選択肢もある。それができればどんなに楽だろう、と何度も思った。
でも、誰かのルートを選べば、何かしらの悲劇が起こる。ここで生きる人々に“犠牲”が生じる。それがこの世界の仕様。
「誰かの涙の上に、幸せなんて築きたくないから」
リディアは空を見上げる。
澄み切った秋空は、どこまでも高く、青の深さが胸を貫くようだった。
そんな空の下、薔薇園には色とりどりの心が咲き誇っている。彼女の選択を後押しするように。
迷いながら、でも少女は歩みを止めない。
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