26 / 43
第5章:冬
リディア 〜冬の薔薇園にて〜
しおりを挟む
卒業式前日。
まだまだ寒さは続いていたが、ふとした時に春の温もりを感じるこの時期。
アルステッド家の冬の薔薇園は、凛とした静けさに包まれていた。
そんな寒さにも関わらず、リディアは白い息を吐きながら、並び咲く薔薇たちに目を細めた。この寒さの中でもハートローズたちは色鮮やかに咲いてくれている。それが表す彼らとの絆が揺るぎないものであるかのように。
赤、白、青、オレンジ、そして黄色——。
どの薔薇も五本目まで咲いている。
それは皆と心を通わせた証。信頼の証。愛情の証。
「……本当に5本ずつ、ちゃんと咲いてる」
声に出すと、胸の奥がじんとした。
これまでの苦労が、戸惑いが、喜びが、一本一本に宿っているようだった。
(この一年、本当に濃かったわ。最初は警戒されたり、嫌われたりしていたけど、それでも今は……)
レオナルドとお互いの未来について深く語り、自らの意志で、自らの道を選ぶ決意を固めた。
カイルの真っすぐな覚悟に触れて、信じたいものを信じる勇気を持った。
ルシアンの舞台を眩しい思いで見ながらも、自分もまた自分らしくあろうと誓った。
ジークと魔術を通してその心に触れ、気持ちに正直であることの大切さを悟った。
アイラと共に困難を乗り越え、本当の友達として心を通わせる喜びを知った。
この冬だけでない。春夏秋冬、彼らとの交流はどれもが思い出深く、全てが今のリディアを作ってくれていた。
(ゲームを通してでしか知らなかったみんなが、こんなにも人間らしく、優しくて、強くて、脆いことを感じられたわ。みんな、物語の一部なんかじゃない。ここに今、こうして生きている人たち)
「……だからこそ、怖いな」
ぽつりと漏れた本音。
(これまでのみんなの気持ちを受け取って——本当に、私は“正しい終わり”へ導けるのだろうか?)
リディアの脳裏には、これまで出会った暗示めいたものたちが浮かんできた。
レオナルドと王城の大図書館で語らった後で見つけた、本の一節
『すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
子どものころカイルと読んだ絵本『星の鍵』。夏に朗読会で触れたその内容
『鍵が自らの意思を持ったとき、世界は書き換えられる』
ルシアンも知らないと言っていた、不思議な台本に記された一文
『舞台を降りることで、本当の役割を知る』
そしてジークから聞いた、彼の夢見で得られたという未来の欠片
『この世界を変える、何か使命のようなものを、持っているのかもしれない』
冷たい風が頬をかすめると同時に不安も感じた。揺れる薔薇たちを見つめ、リディアは思考する。
(これまでの中には私の知らない展開もあった。もうこの世界は、ただのゲームじゃないのかも。そして私がやろうとしていることは、もしかしたら、ただの“エンディング回収”じゃないのかもしれない)
次の瞬間、リディアの中に疑問がよぎった。
——運命から外れる
——書き換えられる
——本当の役割
——世界が変わる
(もし、万が一、何かが起こったら。そうなったら、その“後”のみんなの想いはどうなるの……? このハートローズたちに表される彼らの“気持ち”は? だって物語が終わった“後”の登場人物たちの気持ちを知る人は誰もいない。私も、どうなるのかわからない)
胸の奥に冷たい風が吹き抜ける。咄嗟にその不安を追い出すように頭を振った。
「考えすぎだよ。エンディングが迫って、少し感傷的になっているだけ。きっと、そう」
トゥルーエンドを達成するために。
みんなで幸せに暮らすために。
「私は、みんなが笑っていられる世界を、選びたい」
その呟きは冷たい空気の中に溶けていく。
そのとき、背後からかすかに足音が近づいてくるのにリディアは気づいた。
「……お嬢様、温かいものを」
リディアの侍女のアーニャだった。
手にしたカップからは、ほのかにハーブとミルクの香りが立ちのぼっている。
彼女は何も問わず、ただ小さく微笑んで、カップを差し出した。
「ありがとう、アーニャ」
両手で受け取ると、カップ越しにじんわりと温もりが伝わってくる。口に含むと、ふんわりと甘く、ハーブの良い香りと優しい味が身体の芯にまで染みわたった。
「……落ち着く。アーニャはいつも美味しいお茶、淹れてくれたよね。……ありがとう」
「それは良かったです。……リディアお嬢様がご所望になるのなら、わたくしはいつでも、美味しいお茶をご用意いたしますよ」
いつもと変わらない受け答え。それがリディアには何よりありがたかった。
(きっとアーニャは、私が何かに向かおうとしていることを、うっすらと感じ取っている。けれど、それを問うことも、追うことも、しない。ただ、美味しい一杯を差し出して、黙ってそこにいてくれる)
そんなアーニャにリディアの不安な心がそっと解けた。
「ねえ、アーニャ。私、明日……、ちゃんと選ぶから」
「はい。……どんな選択であれ、私はお嬢様にお仕えしますから」
薔薇たちが、かすかに風に揺れた。
明日、この物語の幕が下りる。
リディアは、温もりの残るカップを手に、再び空を見上げた。
「大丈夫。……絶対に、みんなで笑っていられる“トゥルーエンド”に辿り着くから」
“選択”する時は、もうすぐそこだ。
どこまでも続く空の下、少女は未来を切り拓く。
まだまだ寒さは続いていたが、ふとした時に春の温もりを感じるこの時期。
アルステッド家の冬の薔薇園は、凛とした静けさに包まれていた。
そんな寒さにも関わらず、リディアは白い息を吐きながら、並び咲く薔薇たちに目を細めた。この寒さの中でもハートローズたちは色鮮やかに咲いてくれている。それが表す彼らとの絆が揺るぎないものであるかのように。
赤、白、青、オレンジ、そして黄色——。
どの薔薇も五本目まで咲いている。
それは皆と心を通わせた証。信頼の証。愛情の証。
「……本当に5本ずつ、ちゃんと咲いてる」
声に出すと、胸の奥がじんとした。
これまでの苦労が、戸惑いが、喜びが、一本一本に宿っているようだった。
(この一年、本当に濃かったわ。最初は警戒されたり、嫌われたりしていたけど、それでも今は……)
レオナルドとお互いの未来について深く語り、自らの意志で、自らの道を選ぶ決意を固めた。
カイルの真っすぐな覚悟に触れて、信じたいものを信じる勇気を持った。
ルシアンの舞台を眩しい思いで見ながらも、自分もまた自分らしくあろうと誓った。
ジークと魔術を通してその心に触れ、気持ちに正直であることの大切さを悟った。
アイラと共に困難を乗り越え、本当の友達として心を通わせる喜びを知った。
この冬だけでない。春夏秋冬、彼らとの交流はどれもが思い出深く、全てが今のリディアを作ってくれていた。
(ゲームを通してでしか知らなかったみんなが、こんなにも人間らしく、優しくて、強くて、脆いことを感じられたわ。みんな、物語の一部なんかじゃない。ここに今、こうして生きている人たち)
「……だからこそ、怖いな」
ぽつりと漏れた本音。
(これまでのみんなの気持ちを受け取って——本当に、私は“正しい終わり”へ導けるのだろうか?)
リディアの脳裏には、これまで出会った暗示めいたものたちが浮かんできた。
レオナルドと王城の大図書館で語らった後で見つけた、本の一節
『すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
子どものころカイルと読んだ絵本『星の鍵』。夏に朗読会で触れたその内容
『鍵が自らの意思を持ったとき、世界は書き換えられる』
ルシアンも知らないと言っていた、不思議な台本に記された一文
『舞台を降りることで、本当の役割を知る』
そしてジークから聞いた、彼の夢見で得られたという未来の欠片
『この世界を変える、何か使命のようなものを、持っているのかもしれない』
冷たい風が頬をかすめると同時に不安も感じた。揺れる薔薇たちを見つめ、リディアは思考する。
(これまでの中には私の知らない展開もあった。もうこの世界は、ただのゲームじゃないのかも。そして私がやろうとしていることは、もしかしたら、ただの“エンディング回収”じゃないのかもしれない)
次の瞬間、リディアの中に疑問がよぎった。
——運命から外れる
——書き換えられる
——本当の役割
——世界が変わる
(もし、万が一、何かが起こったら。そうなったら、その“後”のみんなの想いはどうなるの……? このハートローズたちに表される彼らの“気持ち”は? だって物語が終わった“後”の登場人物たちの気持ちを知る人は誰もいない。私も、どうなるのかわからない)
胸の奥に冷たい風が吹き抜ける。咄嗟にその不安を追い出すように頭を振った。
「考えすぎだよ。エンディングが迫って、少し感傷的になっているだけ。きっと、そう」
トゥルーエンドを達成するために。
みんなで幸せに暮らすために。
「私は、みんなが笑っていられる世界を、選びたい」
その呟きは冷たい空気の中に溶けていく。
そのとき、背後からかすかに足音が近づいてくるのにリディアは気づいた。
「……お嬢様、温かいものを」
リディアの侍女のアーニャだった。
手にしたカップからは、ほのかにハーブとミルクの香りが立ちのぼっている。
彼女は何も問わず、ただ小さく微笑んで、カップを差し出した。
「ありがとう、アーニャ」
両手で受け取ると、カップ越しにじんわりと温もりが伝わってくる。口に含むと、ふんわりと甘く、ハーブの良い香りと優しい味が身体の芯にまで染みわたった。
「……落ち着く。アーニャはいつも美味しいお茶、淹れてくれたよね。……ありがとう」
「それは良かったです。……リディアお嬢様がご所望になるのなら、わたくしはいつでも、美味しいお茶をご用意いたしますよ」
いつもと変わらない受け答え。それがリディアには何よりありがたかった。
(きっとアーニャは、私が何かに向かおうとしていることを、うっすらと感じ取っている。けれど、それを問うことも、追うことも、しない。ただ、美味しい一杯を差し出して、黙ってそこにいてくれる)
そんなアーニャにリディアの不安な心がそっと解けた。
「ねえ、アーニャ。私、明日……、ちゃんと選ぶから」
「はい。……どんな選択であれ、私はお嬢様にお仕えしますから」
薔薇たちが、かすかに風に揺れた。
明日、この物語の幕が下りる。
リディアは、温もりの残るカップを手に、再び空を見上げた。
「大丈夫。……絶対に、みんなで笑っていられる“トゥルーエンド”に辿り着くから」
“選択”する時は、もうすぐそこだ。
どこまでも続く空の下、少女は未来を切り拓く。
10
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
【完結】成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる