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第5章:冬
リディア 〜冬の薔薇園にて〜
卒業式前日。
まだまだ寒さは続いていたが、ふとした時に春の温もりを感じるこの時期。
アルステッド家の冬の薔薇園は、凛とした静けさに包まれていた。
そんな寒さにも関わらず、リディアは白い息を吐きながら、並び咲く薔薇たちに目を細めた。この寒さの中でもハートローズたちは色鮮やかに咲いてくれている。それが表す彼らとの絆が揺るぎないものであるかのように。
赤、白、青、オレンジ、そして黄色——。
どの薔薇も五本目まで咲いている。
それは皆と心を通わせた証。信頼の証。愛情の証。
「……本当に5本ずつ、ちゃんと咲いてる」
声に出すと、胸の奥がじんとした。
これまでの苦労が、戸惑いが、喜びが、一本一本に宿っているようだった。
(この一年、本当に濃かったわ。最初は警戒されたり、嫌われたりしていたけど、それでも今は……)
レオナルドとお互いの未来について深く語り、自らの意志で、自らの道を選ぶ決意を固めた。
カイルの真っすぐな覚悟に触れて、信じたいものを信じる勇気を持った。
ルシアンの舞台を眩しい思いで見ながらも、自分もまた自分らしくあろうと誓った。
ジークと魔術を通してその心に触れ、気持ちに正直であることの大切さを悟った。
アイラと共に困難を乗り越え、本当の友達として心を通わせる喜びを知った。
この冬だけでない。春夏秋冬、彼らとの交流はどれもが思い出深く、全てが今のリディアを作ってくれていた。
(ゲームを通してでしか知らなかったみんなが、こんなにも人間らしく、優しくて、強くて、脆いことを感じられたわ。みんな、物語の一部なんかじゃない。ここに今、こうして生きている人たち)
「……だからこそ、怖いな」
ぽつりと漏れた本音。
(これまでのみんなの気持ちを受け取って——本当に、私は“正しい終わり”へ導けるのだろうか?)
リディアの脳裏には、これまで出会った暗示めいたものたちが浮かんできた。
レオナルドと王城の大図書館で語らった後で見つけた、本の一節
『すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
子どものころカイルと読んだ絵本『星の鍵』。夏に朗読会で触れたその内容
『鍵が自らの意思を持ったとき、世界は書き換えられる』
ルシアンも知らないと言っていた、不思議な台本に記された一文
『舞台を降りることで、本当の役割を知る』
そしてジークから聞いた、彼の夢見で得られたという未来の欠片
『この世界を変える、何か使命のようなものを、持っているのかもしれない』
冷たい風が頬をかすめると同時に不安も感じた。揺れる薔薇たちを見つめ、リディアは思考する。
(これまでの中には私の知らない展開もあった。もうこの世界は、ただのゲームじゃないのかも。そして私がやろうとしていることは、もしかしたら、ただの“エンディング回収”じゃないのかもしれない)
次の瞬間、リディアの中に疑問がよぎった。
——運命から外れる
——書き換えられる
——本当の役割
——世界が変わる
(もし、万が一、何かが起こったら。そうなったら、その“後”のみんなの想いはどうなるの……? このハートローズたちに表される彼らの“気持ち”は? だって物語が終わった“後”の登場人物たちの気持ちを知る人は誰もいない。私も、どうなるのかわからない)
胸の奥に冷たい風が吹き抜ける。咄嗟にその不安を追い出すように頭を振った。
「考えすぎだよ。エンディングが迫って、少し感傷的になっているだけ。きっと、そう」
トゥルーエンドを達成するために。
みんなで幸せに暮らすために。
「私は、みんなが笑っていられる世界を、選びたい」
その呟きは冷たい空気の中に溶けていく。
そのとき、背後からかすかに足音が近づいてくるのにリディアは気づいた。
「……お嬢様、温かいものを」
リディアの侍女のアーニャだった。
手にしたカップからは、ほのかにハーブとミルクの香りが立ちのぼっている。
彼女は何も問わず、ただ小さく微笑んで、カップを差し出した。
「ありがとう、アーニャ」
両手で受け取ると、カップ越しにじんわりと温もりが伝わってくる。口に含むと、ふんわりと甘く、ハーブの良い香りと優しい味が身体の芯にまで染みわたった。
「……落ち着く。アーニャはいつも美味しいお茶、淹れてくれたよね。……ありがとう」
「それは良かったです。……リディアお嬢様がご所望になるのなら、わたくしはいつでも、美味しいお茶をご用意いたしますよ」
いつもと変わらない受け答え。それがリディアには何よりありがたかった。
(きっとアーニャは、私が何かに向かおうとしていることを、うっすらと感じ取っている。けれど、それを問うことも、追うことも、しない。ただ、美味しい一杯を差し出して、黙ってそこにいてくれる)
そんなアーニャにリディアの不安な心がそっと解けた。
「ねえ、アーニャ。私、明日……、ちゃんと選ぶから」
「はい。……どんな選択であれ、私はお嬢様にお仕えしますから」
薔薇たちが、かすかに風に揺れた。
明日、この物語の幕が下りる。
リディアは、温もりの残るカップを手に、再び空を見上げた。
「大丈夫。……絶対に、みんなで笑っていられる“トゥルーエンド”に辿り着くから」
“選択”する時は、もうすぐそこだ。
どこまでも続く空の下、少女は未来を切り拓く。
まだまだ寒さは続いていたが、ふとした時に春の温もりを感じるこの時期。
アルステッド家の冬の薔薇園は、凛とした静けさに包まれていた。
そんな寒さにも関わらず、リディアは白い息を吐きながら、並び咲く薔薇たちに目を細めた。この寒さの中でもハートローズたちは色鮮やかに咲いてくれている。それが表す彼らとの絆が揺るぎないものであるかのように。
赤、白、青、オレンジ、そして黄色——。
どの薔薇も五本目まで咲いている。
それは皆と心を通わせた証。信頼の証。愛情の証。
「……本当に5本ずつ、ちゃんと咲いてる」
声に出すと、胸の奥がじんとした。
これまでの苦労が、戸惑いが、喜びが、一本一本に宿っているようだった。
(この一年、本当に濃かったわ。最初は警戒されたり、嫌われたりしていたけど、それでも今は……)
レオナルドとお互いの未来について深く語り、自らの意志で、自らの道を選ぶ決意を固めた。
カイルの真っすぐな覚悟に触れて、信じたいものを信じる勇気を持った。
ルシアンの舞台を眩しい思いで見ながらも、自分もまた自分らしくあろうと誓った。
ジークと魔術を通してその心に触れ、気持ちに正直であることの大切さを悟った。
アイラと共に困難を乗り越え、本当の友達として心を通わせる喜びを知った。
この冬だけでない。春夏秋冬、彼らとの交流はどれもが思い出深く、全てが今のリディアを作ってくれていた。
(ゲームを通してでしか知らなかったみんなが、こんなにも人間らしく、優しくて、強くて、脆いことを感じられたわ。みんな、物語の一部なんかじゃない。ここに今、こうして生きている人たち)
「……だからこそ、怖いな」
ぽつりと漏れた本音。
(これまでのみんなの気持ちを受け取って——本当に、私は“正しい終わり”へ導けるのだろうか?)
リディアの脳裏には、これまで出会った暗示めいたものたちが浮かんできた。
レオナルドと王城の大図書館で語らった後で見つけた、本の一節
『すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
子どものころカイルと読んだ絵本『星の鍵』。夏に朗読会で触れたその内容
『鍵が自らの意思を持ったとき、世界は書き換えられる』
ルシアンも知らないと言っていた、不思議な台本に記された一文
『舞台を降りることで、本当の役割を知る』
そしてジークから聞いた、彼の夢見で得られたという未来の欠片
『この世界を変える、何か使命のようなものを、持っているのかもしれない』
冷たい風が頬をかすめると同時に不安も感じた。揺れる薔薇たちを見つめ、リディアは思考する。
(これまでの中には私の知らない展開もあった。もうこの世界は、ただのゲームじゃないのかも。そして私がやろうとしていることは、もしかしたら、ただの“エンディング回収”じゃないのかもしれない)
次の瞬間、リディアの中に疑問がよぎった。
——運命から外れる
——書き換えられる
——本当の役割
——世界が変わる
(もし、万が一、何かが起こったら。そうなったら、その“後”のみんなの想いはどうなるの……? このハートローズたちに表される彼らの“気持ち”は? だって物語が終わった“後”の登場人物たちの気持ちを知る人は誰もいない。私も、どうなるのかわからない)
胸の奥に冷たい風が吹き抜ける。咄嗟にその不安を追い出すように頭を振った。
「考えすぎだよ。エンディングが迫って、少し感傷的になっているだけ。きっと、そう」
トゥルーエンドを達成するために。
みんなで幸せに暮らすために。
「私は、みんなが笑っていられる世界を、選びたい」
その呟きは冷たい空気の中に溶けていく。
そのとき、背後からかすかに足音が近づいてくるのにリディアは気づいた。
「……お嬢様、温かいものを」
リディアの侍女のアーニャだった。
手にしたカップからは、ほのかにハーブとミルクの香りが立ちのぼっている。
彼女は何も問わず、ただ小さく微笑んで、カップを差し出した。
「ありがとう、アーニャ」
両手で受け取ると、カップ越しにじんわりと温もりが伝わってくる。口に含むと、ふんわりと甘く、ハーブの良い香りと優しい味が身体の芯にまで染みわたった。
「……落ち着く。アーニャはいつも美味しいお茶、淹れてくれたよね。……ありがとう」
「それは良かったです。……リディアお嬢様がご所望になるのなら、わたくしはいつでも、美味しいお茶をご用意いたしますよ」
いつもと変わらない受け答え。それがリディアには何よりありがたかった。
(きっとアーニャは、私が何かに向かおうとしていることを、うっすらと感じ取っている。けれど、それを問うことも、追うことも、しない。ただ、美味しい一杯を差し出して、黙ってそこにいてくれる)
そんなアーニャにリディアの不安な心がそっと解けた。
「ねえ、アーニャ。私、明日……、ちゃんと選ぶから」
「はい。……どんな選択であれ、私はお嬢様にお仕えしますから」
薔薇たちが、かすかに風に揺れた。
明日、この物語の幕が下りる。
リディアは、温もりの残るカップを手に、再び空を見上げた。
「大丈夫。……絶対に、みんなで笑っていられる“トゥルーエンド”に辿り着くから」
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