全部が規格外な彼の「大好き」に陥落して絆されるまで

綾彩

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第15話 一難去って……

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本ばかり読んでいた幼少期。
勉強ばかりしていた学生時代。

社会人になり、仕事ばかりしていた今までの俺。
そんな仕事人間の俺にも、最大瞬間風速で遅すぎる春が突然やってきた。

高瀬志貴、31歳。
2ヶ月程前、この年になって人生初めての恋人が出来た。

その相手は、というと——


「志貴さんおはようございまーす!起きてください!朝でーす!!!」

「煩い、起きてるからそんな大声を出すな、近所迷惑だろうが!」

リビングから寝室まで走ってきた、でかい上に騒々しいこの男——三浦旭。
こいつが俺の恋人だ。


「大丈夫だよ!志貴さんちだもん、防音ちゃんとしてるの知ってるし!おれが泊まりに来ても苦情来たことないでしょ?昨日も志貴さんすっごいとろとろになってくれたじゃ……ん!!!」

ベッドに乗ってきて、前のめりに嬉しそうに話す三浦に、俺はもうやめろの意味で枕を軽く投げる。
しかし、三浦は『照れ隠しで俺が枕を投げる』ということに慣れてきたのだろう。
それを受け止め、能天気な顔をして笑っていた。

……まだ交際開始から2ヶ月だぞ。
適応能力が高すぎる。
流石、三浦の同期曰く“コミュ力おばけ”なだけある。


「……朝からセクハラをかますな馬鹿」

「セクハラじゃないよぉ!おれで気持ち良くなってくれてすっごく嬉しかったって話なんです!おれも興奮しすぎてやばかったんですけど……」

「俺は寝起きで何の話をされてるんだ……」




新卒で入社してきた三浦の教育係になったのが事の始まり。
そこからあれよあれよと言う間に懐かれ、絆され、結果……恋人にこうなってしまったわけで。


初めての恋人が同性——しかもその中でもとびきりでかい男で、直属の部下で、6つも年下なのは想定外だった。

……いや、俺だって流石にはじめは考えた。
いくら何でも近場すぎやしないか?って。

そして何よりも、三浦こいつの貴重な20代の時間を奪ってやしないかと不安にはなる。

でもその事を俺が聞く度に、『おれは志貴さんのことがいちばん大切で好きなんです』と言ってくれる彼を信じてみようと思っているし、自分でも落ち着くところに落ち着いたなと感じている。


親からの『いい人はいないのか』という質問に、今までより少々答えづらくはなってしまったが。


そう思いながらコーヒーを口に運んでいると、三浦がにこにことこちらを覗き込んでくる。

「……見過ぎだ。そんなに見つめなくても俺は逃げん」

「しょうがないじゃん。今日も志貴さんは最高にかわいいんだから!」

「寝起きだぞアホ」

「そういうことじゃないんだって!」


……まぁ、これで良かったんだろう、きっと。


三浦こいつといると、世界がポジティブで平和に見える。

――平穏とは、きっとこういうことを言うんだろう。

もっとも、このあとに平和ボケした俺を待っていたのは、『平穏』とは程遠い『面倒事』だったのだが。







昼過ぎ。

三浦が社長室に呼び出され手持ち無沙汰になっていた俺は、佐伯——学生時代からの腐れ縁で、人事部所属。
普段は軽いノリで俺を茶化してばかりだが、いざという時は妙に頼りになる奴だ——に誘われて職場近くのファミレスに来ていた。

———の、だが。



「はぁぁぁ!?!?!?社長と三浦が会食!?!?!?」

「しーーーっ!高瀬、声でかい!」

佐伯に制され、他のお客さんから一斉に飛んできた視線に俺は軽く頭を下げる。

「……すまん。でも何でまた三浦が?」

「正確には社長の、お知り合い?の娘さんらしい。アレだ、実質お見合いってやつ。そのご令嬢が社長に会いにひなたいろうちに来た時に、たまたま三浦が案内したんだと。そしたら、まあ、一目惚れだったらしい。将来の許嫁に、と……まぁ、そういうこと」

「許嫁ねぇ……社長室に呼び出されるとか、何しでかしたのかと思ったらそれか……」

「たぶんそう。つか、これしかねーだろ」

「……って、ちょっと待て、そのご令嬢って何されてる方なんだ?」

「あー、中学生。14歳らしい。あ、これ甘いけどうま」

佐伯は、バニララテを飲みながらそうさらっと返した。
そんな彼に俺はまた声を上げる。

「は!?14!?アホか!まだ子どもじゃねえか!三浦25だぞ!?何考えてんだ社長あのおっさん……」

片肘をついて頭を抱えている俺には目もくれず、佐伯は追加注文しようとしているのか、テーブルの上の注文用タブレットを操作しながら言った。

「んー、わからんけど、世の金持ちってそんな感じなんじゃねーの?14歳それぐらいから許嫁って決まってくとか?知らねーけど。ま、三浦にとっても、ひなたいろうちにとっても悪い話じゃないんじゃね?」

「あいつ……こんなとこで人誑し発揮しやがって……つーか佐伯、お前、俺と三浦のこと知ってるだろ?どうしたらいいんだこれ……」

——三浦と交際を始める前。
俺は佐伯こいつに三浦とのことを相談したことがある。
そして無事に成就したことも彼は知っている。

だから佐伯にこのテンションでいられたら困るのだ。

「知ってるから他から話が回ってくるまでにお前に言ったんじゃねーか。ま、愛の試練ってやつじゃね?いやぁ、モテる男は辛いねぇ、ほんと」

「愛の試練ってお前……子ども相手にしろってか?つーかほんと何やってくれてんだあいつは……」

「高瀬、14歳の女の子はもう立派なレディだぞ?」

「……そういうことを言ってるんじゃない」

いつもと変わらない軽いノリの佐伯に、言葉尻がため息となって宙を舞った。

……まさか14歳が恋敵になるなんて、人生何が起こるか分からん。
今ばっかりは、婚約して落ち着いた佐伯お前が羨ましい。

と、普段なら絶対に思わないことをコーヒーを飲みながら考えてしまう。


しかしそんなことを思っている場合ではない。


「まずいな……」

俺は持っていたカップを置き、こめかみを押さえながら佐伯に目をやった。

「佐伯、人事部お前んとこ、他に何か情報下りてきてないか?」

「んー、そうだなぁ……そのお見合い会食とやらのことなら」

俺が聞くと佐伯は眠そうに欠伸をしながら、注文用のタブレットをテーブルの端に寄せる。
追加注文はやめたようだ。

「早く言え」

「おうおう、愛する彼氏くんのためならひと肌脱ごうってか?氷の高瀬も変わったなぁ」

「早く」

「わーったって!そう怒るな!そうだな……その日駆り出されるのはどうも三浦だけじゃないらしーんだわ」

俺が真顔で促したことに怖くなったのか、佐伯は茶化すような口調をやめてこちらに向き直った。

「は?どういうことだ」

ひなたいろうちの各部署から独身の若手に招集かかってるらしい。向こうもベンチャー企業だから、表向きはこの先を担う若手の交流会って名目とかナントカ。詳しくは知らねーけど。あっちからも若手社員来るらしいし」

「何だそれ。ずいぶん話が大袈裟になってないか?」

「それな。オレも思う。でも向こうは界隈では有名な実業家みたいだから、ひなたいろうちとしてはそんなでけーとことパイプ持てて、ついでにカップル成立でもすりゃダブルでラッキーってことだろ」


俺は頭を抱えた。

……そんなでかいことになってんのかよ。
三浦、お前は本当に色んな意味で規格外だな。


「はぁ……話広がりすぎだろ……三浦の野郎……」

意識せずともため息が出る俺を横目に、佐伯が残っていたバニララテを一気飲みして立ち上がる。

「え、お前もう行くのか?」

「わりぃな。この後バイトの面接入ってんの忘れててさ」

そう言って上着を着ると、テーブルの上の落ちそうになっていた伝票を手に取った。

「……いい。支払い個別に出来るか聞いてこいよ」

佐伯が俺の分も払おうとしていると理解して、俺もすぐさま立ち上がる。
しかし、彼は俺の肩に手を置いて強引に座らせた。

「オレが誘ったんだから出させてくれって。パスタとコーヒー1杯ぐらいどうってことねーよ」

「でも」

「心配すんな。例の“相談代”に上乗せして10倍の値段で返してもらうからよ」

食い下がる俺に佐伯は笑いながらそう返す。

「……そうか」

ここで揉めても時間の無駄だ。
払ってくれるというなら、佐伯の気が変わらないうちに乗るべきだろう。

「分かった。じゃあその時に出す。ご馳走様」

「おう。たっけー店探しとくわ!じゃーな!また何かあったら連絡する。おつかれー」

俺が素直に受け入れたのが嬉しかったのか、佐伯はニヤニヤしながら背を向けた。

「ああ、お疲れ様」

後ろを向いて俺に向かって片手を上げる佐伯を、少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら見送った。







「……っ、志貴、さん……好き……」

「ん……っ、ちょ、待て、三浦……」

佐伯と話してあれから7時間程経った今。
俺はベッドの上で三浦に組み敷かれていた。

……ここ俺んちだぞ。
こういう事だけ手際良くなりやがって。

こいつのことは新人の時から見ているけれど、少し鈍臭いところは変わらない。
そして、相も変わらず女子社員達の歓声を浴びている。
聞くところによると、俺と交際し始めた時期から雰囲気が変わったらしい。
俺から見ると変わらない気がするのだが。


「……」

「そんなにじっと見てどうしたの?もう欲しくなっちゃった?」

「……っ、何でもない」

間接照明に照らされて笑う三浦に少し胸が高鳴った。

……確かに、少し色っぽくなったかもしれない。
女性陣は良く見てるな。

そう静かに納得していると、三浦の手が俺のTシャツの中に入ってくる。
少し冷たく、汗ばんでいた。


……こいつ、慣れてると思ったのに緊張してるのか?


そのまま流されそうになるのを抑え、三浦の手首を掴んで制止させると、彼はそれを不思議そうな顔をしてこちらを見つめてきた。

「……志貴、さん?」

「…………する前にひとつ聞いておきたいんだが」

そこからどう切り出せば良いのか分からず、無言になってしまった俺の頰に、三浦は空いている方の手を当てる。 

俺の言葉を待っているような、促してくれているような、そんな仕草だった。


「…………会食の件、佐伯に聞いたんだが本当か?」

「はい!あ、でも嫉妬しなくても大丈夫だよ。おれは志貴さんしか見えてないから。それに当日は志貴さんも同席してもらうんで!」

…………………………は!?!?
今こいつなんて言いやがった!?!?!?

「お前それは、えーっと……」

「志貴さんしごできだし、社長に推薦しときました!おれ志貴さんのこと大好きだから!!!」

「……っ!え、っ、はぁ!?!?!?」

「聞きたいことってそれだけ?ん……」

言葉を失っている俺を他所に、行為を続けようと俺の首筋に口付け始めた三浦の手を掴む。

「……っ、志貴、さん……?」

「やめだ、やめ。そんな事聞いたら勃つもんも勃たん」

「ちょ、志貴さん言い方……っ」

「…………」

「…………すみません。志貴さんを困らせるつもりはなかったんです。でも一度志貴さんに確認するべきでした……」

三浦はふざけているような、甘えているような言い方で俺にすり寄ってきた。
けれど、俺が何も言わずにいたことでまずいと感じたのか、真面目な口調に戻り、俺から離れて体を起こす。
それと同時に俺も起き上がった。

「勝手なことしてすみません」

「ほんとにな……」

俯いて謝る三浦に、俺は片手で頭を抱えながらため息をこぼす。


……こんな空気にしたかったわけじゃない。


三浦こいつが厄介事を持ってくるのには、急に仕事を振ってくる上司でもう慣れてる。

俺は三浦こいつが老若男女分け隔てなく優しいのも知ってるし、そんなやつだから恋人になったんだと思う。


今本当にため息をつきたいのは、自分自身に、だ。

誰にでも分け隔てなく接する三浦を好いているのに。
それが彼の良さだということも分かっているのに。

彼はいつも通り優しくした。
14歳の女の子なら尚更だろう。

彼の特別な優しさが自分じゃない誰かに向けられて、そして惚れられた。

その事実に俺は今、嫉妬している。

同時に昼間の佐伯の言葉が頭を過った。


『愛の試練ってやつじゃね?』

愛の試練、か。

……ほんとにな。



俺は何度目か分からないため息をこぼしながら三浦に向き直る。

「……ろ」

「へ?」

俺が声を発すると、三浦は驚いて顔を上げてこちらを見た。

「その会食の詳細教えろって言ってんだ。もう決まっちまったもんはしょうがないだろ。受けて立ってやる」


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