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3章 意志
3-3 妖精
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◇
天界。主に神々の住まう地。
その一角に、妖精の暮らす区域があった。
まばらに木が生え、花が咲き誇り、下界を映し出す泉がある。妖精たちは、各々好きな木を寝床に選ぶ。
そんな穏やかな場所で、大きな戦いが起きた。1本の木を巡り、2匹の妖精が争ったのだ。
その木は、妖精にとって特別だった。
局所的に夜を生み、妖精の力の回復を早め、やわらかな葉が最高の寝心地。
そんな素晴らしい品種の木が、新しく生えた。
下界では長い時をかけて成長するものだが、天界では一瞬で大きな木に育つ。
木を得るのは早い者勝ちだ。偶然その木が生えるのを見たスーロは、一目散に木の幹にとまり……見た。もう一匹、同時に木にとまった妖精がいるのを。
その妖精は、赤い光を撒き散らしながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「この木は俺のものだ。文句があるならかかってこい」
「……この木は、僕のものなんだよなぁ」
スーロはゆらりと舞い、緑の光を振り撒く。そして、赤い妖精を睨めつけた。
爆発。
2匹から迸った力が、ぶつかり合って爆ぜ散った。
互いにほんの小手調べ。それでも地面に大穴が開き、草も花も吹き飛ばした。
この2匹は、妖精の中でも屈指の力を持っていたのだ。ただ、今までは自覚が無かった。
今日初めて力の大きさを知ったのである。
他の妖精同士が戦う所は何度も見たことがあったが、爆風が起きてもせいぜい草花を揺らす程度。地面に穴が開くなんて、想像もできなかった。
他の妖精たちは怒った。迷惑だ、余所でやれ、と。
当然である。巻き込まれてはたまらない。
スーロと赤い妖精は、天界から出て戦うことにした。
天界から出てすぐの場所は、下界の大地の遥か上空である。
「ここなら人間にも見られないし、丁度良いな」
「雲くらいしか無いしね」
赤い妖精とスーロは確認し合った。そして。
「じゃ、仕切り直しといくか!」
言葉と共に、赤い妖精が力を放った。スーロは即応、距離を取りつつ避けざまに、ぶわりと力を解放した。
赤と緑の輝きが、螺旋を描いて絡み合う。雲を斬り裂き空を駆け、2匹の周りを囲んで廻る。やがて互いに喰らい合い、細くなって消え去った。
赤い妖精は、すっと腕を上げる。
「もっと技巧を凝らすとしよう」
腕の周りに炎が躍った。ちらりと揺れる、細い炎。
「その程度かい?」
スーロは力を束ね、背後に大剣を形作った。緑色の幻影。確かな威力をもった、力の塊。
「分かってないな。見えるものだけが力じゃない」
赤い妖精は、そう言ってニィっと笑った。
直後、スーロの体に衝撃が走る。
「っ⁉」
初めて感じる灼熱が、喉を焦がして言葉を奪う。熱さが、痛みが、体中を駆け巡って、叫びそうなのに、声は出ない。
内側から力を解放。身を焼く力を吹き払い、そのまま相手を巻き込もうとする。
「こいつッ」
赤い妖精が目を見開いた。
「なら、これで!」
「うあああああああ!」
スーロは衝動に任せて力をぶつけた。
力が吹き荒れ2匹を巻き込む。無茶苦茶に飛ばされて平衡感覚を失いながらも、2匹は力を振るい続けた。
高度はだんだん下がっていき、地上がはっきり見える頃、ようやく決着がついた。
「ちィッ……」
赤い妖精が明滅。だんだん薄くなっていき、ふわりと風に溶け消えた。
スーロもまた、消えかけていた。力は空っぽで、動くこともままならない。
(あの木は、僕のものになったのに……このまま、消えるのか……)
ふと、視界の隅に剣が映った。地面に落ちている、ごく普通の剣。
(あの中なら……)
滑り込むように剣の中に入る。消えそうだった存在が安定するのを感じた。
剣が持ち上げられるのを感じ、スーロは目を覚ました。
どれくらい眠っていたのかは分からない。ただ、全く力が戻っていないことから、短期間であろうと察せられた。下界で自然に力を回復するには、数百年必要なのだ。完全回復ではなく、天界に帰れる程度の力でも。
スーロは、自分の宿る剣を持つ人間を見た。金褐色の髪をした少年だった。
その少年は、実に美味しそうな意志を持っていた。
『僕を拾ってくれるのかい?』
話しかけてみると、少年は目を丸くした。
「剣が喋った……」
『僕は剣じゃない。妖精さ』
「あ、なるほど……オレはノーシュ。君は?」
『スーロ』
「そっか。よろしく」
ノーシュは笑って、剣を腰に差した。それからしばらく歩いていたが、急に立ち止まる。
「あれ……?」
『どうしたんだい?』
尋ねたスーロは、気付いた。先ほどまでノーシュが持っていたはずの意志が無くなっている。その代わりのように、自分の力がほんの少し回復している。
意志を喰ったのだ。
(その手があった。人間の意志をたくさん喰えば、力が戻って天界に帰れる!)
天界に帰りさえすれば、素早く力を回復できる。
現状、自分の意思で意志を喰うことはできない。勝手に喰ってしまう。力が空っぽなせいか、喰い方をよく分かっていないせいか。
喰いすぎると、新たな意志が湧かなくなったり、意志を喰っているとバレたりする可能性がある。なるべく早く、思い通りに喰えるようにならなければ、と思った。
◇
スーロは溜息を吐いた。
(やっと感覚が掴めたんだよなぁ)
ノーシュは、邪神討伐隊を追放されてからというもの、今までにない高頻度で意志を抱くようになった。自然と、スーロが意志を喰う頻度も高くなり、自分がどうやって意志を喰っているのか分かってきたのである。
どんな意志を喰っているのかも分かるようになった。最初は全く分からなかったのに。
最近喰った意志は全て、ノーシュの復讐心に由来するものだった。
遺跡に行こうという意志。邪神を倒すための力を手に入れようという意志。
一方で、復讐しようという意志は喰っていない。大きすぎて、自然には喰えなかったのだ。いや、喰いきれなかったと言う方が正確か。
だが、今なら。
思い通りに意志を喰えるようになった今なら。
(けど……これを喰っちまったら、ご主人はどうなる?)
果たして、すぐに新たな意志を抱いてくれるのだろうか。
復讐の意志がある限り、意志が湧き続けるだろう。大本を喰ってしまうより、言い聞かせて引き止めた方が、ずっと多くの意志にありつけるはずだ。
(ああ、でも、美味しそうだ)
悩んでいる間に朝が来て、ノーシュは歩き始めた。明らかに、邪神のもとへ向かっていた。遺跡に行くには遠回りをしなければいけない。その道を無視して、真っ直ぐ進んでいく。
『ご主人。遺跡に行くにはそこを右だよ』
「行かないってば。……ってか、地図覚えてたのか」
『僕は馬鹿じゃないからねぇ。ご主人と違って』
「おかしいだろ、オレも地図覚えてるのに」
『……』
全く引き止められる気がしなかった。人間の心は分からない。どう言えば止まってくれるか、見当もつかない。
(もう我慢できないや)
ぱくん。
一瞬だった。復讐の意志を容易に喰らい尽くし、スーロは快感に酔いしれる。
(凄い……力が、一気に戻ってくる!)
悩む必要なんて無かった。天界への帰還に足る力が、身の内に漲る。
もう意志を喰う必要は無くなった。人間なんて必要無い。さっさと天界に帰ってしまおう。
そう、思ったはずなのに。
(……変だな。まだ、ご主人と一緒にいたいなんて)
自分の感情が理解できず、首を傾げる。
ふと外へ意識を向けると、ノーシュが倒れているのが分かった。
『……ご主人?』
「ん……」
薄く目を開けたノーシュは、眠気に耐えかねたかのように再び目を閉じた。
『ご主人、街道の真ん中で寝るのはどうかと思うよ』
そう言ってみるが、寝息だけが返ってくる。
昼が来て、夜が来て、また朝が来ても、ノーシュは眠ったままだった。
遠くでガラガラと音がして、だんだん近付いてくる。
(これは……馬車?)
馬車はノーシュの前で止まり、中から人間が出てきた。男2人と女2人。
「ノーシュ君⁉」
知り合いなのだろうか、1人の男がノーシュに駆け寄る。その男は他の3人に指示を出し、馬車にノーシュを乗せた。
天界。主に神々の住まう地。
その一角に、妖精の暮らす区域があった。
まばらに木が生え、花が咲き誇り、下界を映し出す泉がある。妖精たちは、各々好きな木を寝床に選ぶ。
そんな穏やかな場所で、大きな戦いが起きた。1本の木を巡り、2匹の妖精が争ったのだ。
その木は、妖精にとって特別だった。
局所的に夜を生み、妖精の力の回復を早め、やわらかな葉が最高の寝心地。
そんな素晴らしい品種の木が、新しく生えた。
下界では長い時をかけて成長するものだが、天界では一瞬で大きな木に育つ。
木を得るのは早い者勝ちだ。偶然その木が生えるのを見たスーロは、一目散に木の幹にとまり……見た。もう一匹、同時に木にとまった妖精がいるのを。
その妖精は、赤い光を撒き散らしながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「この木は俺のものだ。文句があるならかかってこい」
「……この木は、僕のものなんだよなぁ」
スーロはゆらりと舞い、緑の光を振り撒く。そして、赤い妖精を睨めつけた。
爆発。
2匹から迸った力が、ぶつかり合って爆ぜ散った。
互いにほんの小手調べ。それでも地面に大穴が開き、草も花も吹き飛ばした。
この2匹は、妖精の中でも屈指の力を持っていたのだ。ただ、今までは自覚が無かった。
今日初めて力の大きさを知ったのである。
他の妖精同士が戦う所は何度も見たことがあったが、爆風が起きてもせいぜい草花を揺らす程度。地面に穴が開くなんて、想像もできなかった。
他の妖精たちは怒った。迷惑だ、余所でやれ、と。
当然である。巻き込まれてはたまらない。
スーロと赤い妖精は、天界から出て戦うことにした。
天界から出てすぐの場所は、下界の大地の遥か上空である。
「ここなら人間にも見られないし、丁度良いな」
「雲くらいしか無いしね」
赤い妖精とスーロは確認し合った。そして。
「じゃ、仕切り直しといくか!」
言葉と共に、赤い妖精が力を放った。スーロは即応、距離を取りつつ避けざまに、ぶわりと力を解放した。
赤と緑の輝きが、螺旋を描いて絡み合う。雲を斬り裂き空を駆け、2匹の周りを囲んで廻る。やがて互いに喰らい合い、細くなって消え去った。
赤い妖精は、すっと腕を上げる。
「もっと技巧を凝らすとしよう」
腕の周りに炎が躍った。ちらりと揺れる、細い炎。
「その程度かい?」
スーロは力を束ね、背後に大剣を形作った。緑色の幻影。確かな威力をもった、力の塊。
「分かってないな。見えるものだけが力じゃない」
赤い妖精は、そう言ってニィっと笑った。
直後、スーロの体に衝撃が走る。
「っ⁉」
初めて感じる灼熱が、喉を焦がして言葉を奪う。熱さが、痛みが、体中を駆け巡って、叫びそうなのに、声は出ない。
内側から力を解放。身を焼く力を吹き払い、そのまま相手を巻き込もうとする。
「こいつッ」
赤い妖精が目を見開いた。
「なら、これで!」
「うあああああああ!」
スーロは衝動に任せて力をぶつけた。
力が吹き荒れ2匹を巻き込む。無茶苦茶に飛ばされて平衡感覚を失いながらも、2匹は力を振るい続けた。
高度はだんだん下がっていき、地上がはっきり見える頃、ようやく決着がついた。
「ちィッ……」
赤い妖精が明滅。だんだん薄くなっていき、ふわりと風に溶け消えた。
スーロもまた、消えかけていた。力は空っぽで、動くこともままならない。
(あの木は、僕のものになったのに……このまま、消えるのか……)
ふと、視界の隅に剣が映った。地面に落ちている、ごく普通の剣。
(あの中なら……)
滑り込むように剣の中に入る。消えそうだった存在が安定するのを感じた。
剣が持ち上げられるのを感じ、スーロは目を覚ました。
どれくらい眠っていたのかは分からない。ただ、全く力が戻っていないことから、短期間であろうと察せられた。下界で自然に力を回復するには、数百年必要なのだ。完全回復ではなく、天界に帰れる程度の力でも。
スーロは、自分の宿る剣を持つ人間を見た。金褐色の髪をした少年だった。
その少年は、実に美味しそうな意志を持っていた。
『僕を拾ってくれるのかい?』
話しかけてみると、少年は目を丸くした。
「剣が喋った……」
『僕は剣じゃない。妖精さ』
「あ、なるほど……オレはノーシュ。君は?」
『スーロ』
「そっか。よろしく」
ノーシュは笑って、剣を腰に差した。それからしばらく歩いていたが、急に立ち止まる。
「あれ……?」
『どうしたんだい?』
尋ねたスーロは、気付いた。先ほどまでノーシュが持っていたはずの意志が無くなっている。その代わりのように、自分の力がほんの少し回復している。
意志を喰ったのだ。
(その手があった。人間の意志をたくさん喰えば、力が戻って天界に帰れる!)
天界に帰りさえすれば、素早く力を回復できる。
現状、自分の意思で意志を喰うことはできない。勝手に喰ってしまう。力が空っぽなせいか、喰い方をよく分かっていないせいか。
喰いすぎると、新たな意志が湧かなくなったり、意志を喰っているとバレたりする可能性がある。なるべく早く、思い通りに喰えるようにならなければ、と思った。
◇
スーロは溜息を吐いた。
(やっと感覚が掴めたんだよなぁ)
ノーシュは、邪神討伐隊を追放されてからというもの、今までにない高頻度で意志を抱くようになった。自然と、スーロが意志を喰う頻度も高くなり、自分がどうやって意志を喰っているのか分かってきたのである。
どんな意志を喰っているのかも分かるようになった。最初は全く分からなかったのに。
最近喰った意志は全て、ノーシュの復讐心に由来するものだった。
遺跡に行こうという意志。邪神を倒すための力を手に入れようという意志。
一方で、復讐しようという意志は喰っていない。大きすぎて、自然には喰えなかったのだ。いや、喰いきれなかったと言う方が正確か。
だが、今なら。
思い通りに意志を喰えるようになった今なら。
(けど……これを喰っちまったら、ご主人はどうなる?)
果たして、すぐに新たな意志を抱いてくれるのだろうか。
復讐の意志がある限り、意志が湧き続けるだろう。大本を喰ってしまうより、言い聞かせて引き止めた方が、ずっと多くの意志にありつけるはずだ。
(ああ、でも、美味しそうだ)
悩んでいる間に朝が来て、ノーシュは歩き始めた。明らかに、邪神のもとへ向かっていた。遺跡に行くには遠回りをしなければいけない。その道を無視して、真っ直ぐ進んでいく。
『ご主人。遺跡に行くにはそこを右だよ』
「行かないってば。……ってか、地図覚えてたのか」
『僕は馬鹿じゃないからねぇ。ご主人と違って』
「おかしいだろ、オレも地図覚えてるのに」
『……』
全く引き止められる気がしなかった。人間の心は分からない。どう言えば止まってくれるか、見当もつかない。
(もう我慢できないや)
ぱくん。
一瞬だった。復讐の意志を容易に喰らい尽くし、スーロは快感に酔いしれる。
(凄い……力が、一気に戻ってくる!)
悩む必要なんて無かった。天界への帰還に足る力が、身の内に漲る。
もう意志を喰う必要は無くなった。人間なんて必要無い。さっさと天界に帰ってしまおう。
そう、思ったはずなのに。
(……変だな。まだ、ご主人と一緒にいたいなんて)
自分の感情が理解できず、首を傾げる。
ふと外へ意識を向けると、ノーシュが倒れているのが分かった。
『……ご主人?』
「ん……」
薄く目を開けたノーシュは、眠気に耐えかねたかのように再び目を閉じた。
『ご主人、街道の真ん中で寝るのはどうかと思うよ』
そう言ってみるが、寝息だけが返ってくる。
昼が来て、夜が来て、また朝が来ても、ノーシュは眠ったままだった。
遠くでガラガラと音がして、だんだん近付いてくる。
(これは……馬車?)
馬車はノーシュの前で止まり、中から人間が出てきた。男2人と女2人。
「ノーシュ君⁉」
知り合いなのだろうか、1人の男がノーシュに駆け寄る。その男は他の3人に指示を出し、馬車にノーシュを乗せた。
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