追放された多武器使い、一人で邪神を倒しに行く

秋鷺 照

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5章 決着

5-1 神殿Ⅰ

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 枯れた草を踏みしめて、ノーシュは歩く。
 目の前には階段。その上には神殿が見えていた。
 白亜の柱が立ち並び、雲の切れ間から白い光が差し込んでいる。
 邪神がいるとは思えない、壮麗な光景だった。
「ふぅ……」
 重く生温い風が吹き、草花の残骸を飛ばしていく。
 階段を1歩上がるだけで息苦しさを感じた。
 全貌の見えた神殿には、壁が無い。数多の柱が、天地を繋ぐようにそびえたっている。
 地に敷き詰められた石畳も、細やかな意匠が施された屋根も、真っ白だ。
 全ての色を、邪神が吸収してしまったかのように。
「出たな、邪神」
 神殿の中央に鎮座する、漆黒の塊。それを見据え、ノーシュは言った。
 邪神はクツクツと笑う。
『出たな、とは異なことを。そちらから来たのではないか』
 それはそうだな、とノーシュは思った。なので、言い換えることにした。
「倒しに来たぞ、邪神!」
『何故、我が倒されねばならぬ?』
「は?」
 ノーシュは怪訝そうな顔をした。邪神は心外そうに言葉を吐く。
『我はただ、この地に住む人間たちを助けただけだ』

 この村は、隣国からやってくる盗賊に頻繁に襲われていた。
 王都から遠く離れ、重要な地でもない。
 助けを求める村人たちは、国に容易く見捨てられた。
 村人たちは祈った。神の助けを請うた。
 ――どうか、この村をお守りください。
 だが、神々は無視した。下界への干渉を恐れて。

『そこで我が……む⁉』
 話の途中で、ノーシュは邪神に斬りかかった。黒い塊があっさり剣を弾き、ノーシュの腕を引きずり込む。
「うっ⁉」
『話を聞け』
「……あ……うぅ」
 めきめきと音がする。腕だけにとどまらず体まで、黒い塊に呑まれていた。
 ノーシュは声を上げようとした。「こんな状態じゃ話なんて聞けない」と。だが、言葉にならない。息ができない。
 ふっと目の前が真っ暗になった。顔も呑まれたのかと思ったが、違う。

 黒い塊がよじれ、ノーシュの体を分断した。呑まれていなかった肩から上だけが、ぼとりと落ちる。
 何も映していなかった目は、すぐに光を取り戻した。
 消えたはずの体が何事も無かったかのように出現し、ノーシュは立ち上がる。
「うー……不死の加護さまさまだな」
『話を聞く気になったかな』
「なってないけど」
『それなら、もう一度めきっと』
「聞きます」
 ノーシュは慌てて言った。無闇に斬りかかったところで勝機は無い。話を聞きながら考えようと思ったのだ。決して、さきほどの邪神の攻撃が苦しすぎたという理由ではない。
『どこまで言ったか……そうそう、誰も何もしないから、我が下界に降り立ったのだ』

 祈りに応じて降り立った神は、村を守った。
 来る盗賊はことごとく神に消され、村に平和が訪れた。
 感謝した村人たちは、神殿を建てた。それがこの神殿である。
 神は村を守り続けた。
 やがて盗賊は来なくなった。いつの間にか、村人もいなくなっていた。
 それでも神は村を守り続けた。自分が既に邪神と化しているとは気付かずに。村人たちを亡き者にしたのは自分だとも気付かずに。
 天界から届いた神の声を聞いて全てを知った後も、村を守り続けた。
 この村を守ることを、村人たちに願われたのだから。

『だから我は今も、この村を守り続けている。それなのに、何故我を倒そうとするのか』
「……邪神だからじゃないか」
『なりたくてなった訳ではない。我はただ、人間の願いを叶えたいだけだ。何なら、そなたの願いも叶えてやろうか』
「じゃあ、オレに倒されろ」
『それは嫌だ。倒されるだなんて、まるで悪者ではないか。我は善い神だ。他の神々と違って、人間の願いをしっかり叶える、善い神だ。それを倒そうとし、人間に力を与えて我のもとに遣る天界の神々こそ悪なのだ』
 その言葉に、ノーシュは顔をしかめる。
「けど……邪神がいることで苦しんでる人がいっぱいる。それをどうにかしようとした天界の神々を悪く言うのは……」
『不作に苦しむなら豊作を願えば良い。疫病に苦しむなら健康を願えば良い。そなたは我を倒すのをやめて、困っている人々に伝えに行くのだ。我に祈れ、と。不作も病も何もかも、この我が解決してやる、と』
「解決できるならしろよ……」
『そういった事柄に干渉するには、人々の、我に対する祈りが必要なのだ』
 邪神が存在する不利益がなくなれば、邪神を倒す必要がなくなる。むしろ、邪神の存在をありがたがるかもしれない。願いを叶えてもらえるのだから。
 そこまで考えたノーシュは、邪神を見据えて口を開いた。
「オレは……お前を倒す」
『……なんと。話を聞いても分からない阿呆だったか』
「村の人たちが邪神を信仰してるのを想像したら、何か嫌だなって思ったんだ」
 そう言って、ノーシュは邪神に跳びかかった。上から槍を刺すつもりで。
 びゅるっと黒い塊がほどけ、ノーシュは槍ごと呑み込まれる。
 少しして、跳びかかる前に立っていた位置にノーシュが現れた。
『ほう、これでも死なないか。厄介な加護を得ているようだな』
「オレを利用したいのか殺したいのか、どっちだよ」
『失敬な。そなたが攻撃してこなければ、我は何もせぬぞ』
「利用したいとは思ってるんだな」
『利用というと語弊がありそうだ。我は人間のためを思って助言しているのだから』
「……」
 ノーシュは改めて邪神の話を思い返す。
 邪神に守られたこの村は、草も生えない荒れ地となった。平穏を望んだ村人は、一人残らず死に絶えた。
 そんな邪神が、本当に全てを解決できるのか。
 人間が本当に望んだ形で、解決してもらえるのか。
「……あの雲、願えば晴らせるのか?」
『雲……ああ、あれは無理だ。我の力が溢れた結果なのだから』
「ならどうやって豊作にするんだ」
『日照不足でも育つ作物をもたらそう。たとえば、これだ』
 ぽんっと、黒い塊から芋のようなものが吐き出された。ノーシュはそれを手に取り、一口齧る。
「うっ」
 何だこれは、と言おうとしたが、胸の痛みに呻くことしかできない。
 明らかに猛毒である。
「…………一口食べただけで死ぬような作物を豊作にしてどうするんだ」
 不死の加護のおかげで戻ってきたノーシュは、声を低くして言った。
 この時点でノーシュは、邪神の言葉に耳を貸さないと決めた。
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