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5章 決着
5-3 神殿Ⅲ
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邪神は思い付いた。「この人間を、生きた状態で中に入れたままにすれば良い」と。
不死の加護を得ているのは確実である。ただ、回数制限か時間制限か分からない。
時間制限なら、時間を稼ぎたい。殺し続けるのは面倒だ。中に入れれば動けまい。
そう考えて、実行に移した。強く叩きすぎたかもしれない。もし死んだら、もう一度同じことをしよう。今度は、もう少し弱めに叩こう。
ほくそ笑む邪神の内側から、長い槍が突き出した。
『……⁉』
邪神は驚いた。それはもう驚いた。
力の一部が、たかが槍の一本に削り取られたからである。
『何をした……何をしたァ、人間んンッ!』
内部に向かって声を出す。返事は無い。
しばらくして、自分の外に例の人間が出現した。
触手がノーシュに殺到する。
ノーシュは大きく跳んで、柱の側面を蹴り、また別の柱へと跳び続けた。触手は柱を打つだけで、ノーシュに掠りもしない。
「一か八か!」
叫んだノーシュの手には、大剣が握られていた。柱を蹴る角度を変え、一気に邪神へと迫る。
『おおおおオオオ』
邪神が唸る。ノーシュを吹き飛ばそうと、風を巻き起こす。
その風がノーシュを襲った時。
既に、邪神は斬り裂かれていた。
ノーシュは屋根に叩きつけられ、邪神の上にどさっと落ちる。開かれたままの瞳が邪神を映すまで、ほんの少しの間があった。
邪神は、穴だらけになっていた。穴や、斬り裂かれた部分から、しゅうしゅうと白煙が出ている。
『我が……消える……消えていく……』
呆然と呟く邪神。その間にも穴は増えていき、煙の量も多くなる。
『何故……何故、我が消えねばならぬのだ……何故、我は邪神にならねばならなかったのだ……』
「……下界に干渉しすぎたからだろ?」
『何故! 何故、妖精どもは良くて、神は……』
邪神の言葉は、最後まで紡がれることは無かった。黒い塊だったものは今や見る影もなく、小さな炭から煙が立ち上っているようにしか見えない。
やがて、その場には白煙が漂うのみとなった。
ノーシュはよろよろと邪神の残滓から離れ、柱にもたれかかった。
「はぁ……」
ずるりと座り込み、目を閉じる。
もうすぐ不死の加護の効果が切れるらしい。何となくそれが分かり、溜息を吐いた。
(早く来い、邪神討伐隊)
まだ、復讐は終わっていない。「ざまぁみろ」と言うまでは、終われない。
それまで生きていられるかどうか……いや、何としても生きてやる。効果が切れても、皆が来るまで生き続けてやる。
霞んでゆく意識の中で、そんなことを思い続けた。
「む?」
隊長は怪訝そうに空を見上げた。他の4人もつられて上を向く。
空にかかっていた不気味な雲が千切れ、陽光が覗いていた。
先ほどまで感じていた圧のようなものも、薄くなって、消えた。邪神のもとへ近付いているはずなのに。
「まさか……邪神が力を集めてる?」
アレアの呟きが、皆に戦慄を走らせた。フィリーは平静を装って言う。
「そっか、今まで放出させていた力を集約しているのね。……私たちを、返り討ちにするために」
「声震えてるぞ、フィリー」
茶化すように言ったジャンの声も、少し震えていた。
レイスは目に涙を浮かべながら、行く先を見た。滲む視界に映るのは、小高い丘に建つ神殿。その丘までは、まだ少し距離がある。
「皆、大丈夫か」
隊長が尋ねた。4人は目を瞬かせる。
「……やっぱり、隊長は行くのやめといた方が良いわよ。真っ先に死ぬタイプでしょ」
「それな。死ぬかもしれねーってのに、そこまで平然としてるってことは、そういうことだよな」
フィリーとジャンの言い分に、隊長は首を傾げた。
「言っている意味が分からないのだが……」
「うん、私も分からない」
「おいらも」
何となくそれらしいことを言ってみただけだった。
「けど。隊長が行かない方が良いと思ってるのは本当よ。死ぬ可能性の方が高いんだもの。彼女を村で待たせてるんでしょ?」
「おいらが隊長の分も頑張るから、隊長は村へ帰ってくれよ。待たされてる彼女が可哀そうだ」
「断る。何なら、俺一人でも邪神のもとへ行くぞ」
平然と言う隊長に、呆れたような視線が集まった。アレアは嘆息する。
「馬鹿を言ってないで、皆で行くよ。生き残れる可能性だってあるんだ、皆で行った方がその可能性は上がるはずさ。第一、今更帰れと言われて帰るような奴、この面子にはいないだろう?」
「……そうね」
フィリーは諦めたように言った。ジャンは軽く舌打ちし、隊長は頷く。
「……って、レイス! 先行しすぎだよ!」
アレアの声に、レイスはびくりと立ち止まった。4人が喋って歩みが遅くなっている間、レイスはずっと同じペースで歩いていたのだ。
4人はレイスのもとまで駆け寄り、それから皆で歩き始めた。
不死の加護を得ているのは確実である。ただ、回数制限か時間制限か分からない。
時間制限なら、時間を稼ぎたい。殺し続けるのは面倒だ。中に入れれば動けまい。
そう考えて、実行に移した。強く叩きすぎたかもしれない。もし死んだら、もう一度同じことをしよう。今度は、もう少し弱めに叩こう。
ほくそ笑む邪神の内側から、長い槍が突き出した。
『……⁉』
邪神は驚いた。それはもう驚いた。
力の一部が、たかが槍の一本に削り取られたからである。
『何をした……何をしたァ、人間んンッ!』
内部に向かって声を出す。返事は無い。
しばらくして、自分の外に例の人間が出現した。
触手がノーシュに殺到する。
ノーシュは大きく跳んで、柱の側面を蹴り、また別の柱へと跳び続けた。触手は柱を打つだけで、ノーシュに掠りもしない。
「一か八か!」
叫んだノーシュの手には、大剣が握られていた。柱を蹴る角度を変え、一気に邪神へと迫る。
『おおおおオオオ』
邪神が唸る。ノーシュを吹き飛ばそうと、風を巻き起こす。
その風がノーシュを襲った時。
既に、邪神は斬り裂かれていた。
ノーシュは屋根に叩きつけられ、邪神の上にどさっと落ちる。開かれたままの瞳が邪神を映すまで、ほんの少しの間があった。
邪神は、穴だらけになっていた。穴や、斬り裂かれた部分から、しゅうしゅうと白煙が出ている。
『我が……消える……消えていく……』
呆然と呟く邪神。その間にも穴は増えていき、煙の量も多くなる。
『何故……何故、我が消えねばならぬのだ……何故、我は邪神にならねばならなかったのだ……』
「……下界に干渉しすぎたからだろ?」
『何故! 何故、妖精どもは良くて、神は……』
邪神の言葉は、最後まで紡がれることは無かった。黒い塊だったものは今や見る影もなく、小さな炭から煙が立ち上っているようにしか見えない。
やがて、その場には白煙が漂うのみとなった。
ノーシュはよろよろと邪神の残滓から離れ、柱にもたれかかった。
「はぁ……」
ずるりと座り込み、目を閉じる。
もうすぐ不死の加護の効果が切れるらしい。何となくそれが分かり、溜息を吐いた。
(早く来い、邪神討伐隊)
まだ、復讐は終わっていない。「ざまぁみろ」と言うまでは、終われない。
それまで生きていられるかどうか……いや、何としても生きてやる。効果が切れても、皆が来るまで生き続けてやる。
霞んでゆく意識の中で、そんなことを思い続けた。
「む?」
隊長は怪訝そうに空を見上げた。他の4人もつられて上を向く。
空にかかっていた不気味な雲が千切れ、陽光が覗いていた。
先ほどまで感じていた圧のようなものも、薄くなって、消えた。邪神のもとへ近付いているはずなのに。
「まさか……邪神が力を集めてる?」
アレアの呟きが、皆に戦慄を走らせた。フィリーは平静を装って言う。
「そっか、今まで放出させていた力を集約しているのね。……私たちを、返り討ちにするために」
「声震えてるぞ、フィリー」
茶化すように言ったジャンの声も、少し震えていた。
レイスは目に涙を浮かべながら、行く先を見た。滲む視界に映るのは、小高い丘に建つ神殿。その丘までは、まだ少し距離がある。
「皆、大丈夫か」
隊長が尋ねた。4人は目を瞬かせる。
「……やっぱり、隊長は行くのやめといた方が良いわよ。真っ先に死ぬタイプでしょ」
「それな。死ぬかもしれねーってのに、そこまで平然としてるってことは、そういうことだよな」
フィリーとジャンの言い分に、隊長は首を傾げた。
「言っている意味が分からないのだが……」
「うん、私も分からない」
「おいらも」
何となくそれらしいことを言ってみただけだった。
「けど。隊長が行かない方が良いと思ってるのは本当よ。死ぬ可能性の方が高いんだもの。彼女を村で待たせてるんでしょ?」
「おいらが隊長の分も頑張るから、隊長は村へ帰ってくれよ。待たされてる彼女が可哀そうだ」
「断る。何なら、俺一人でも邪神のもとへ行くぞ」
平然と言う隊長に、呆れたような視線が集まった。アレアは嘆息する。
「馬鹿を言ってないで、皆で行くよ。生き残れる可能性だってあるんだ、皆で行った方がその可能性は上がるはずさ。第一、今更帰れと言われて帰るような奴、この面子にはいないだろう?」
「……そうね」
フィリーは諦めたように言った。ジャンは軽く舌打ちし、隊長は頷く。
「……って、レイス! 先行しすぎだよ!」
アレアの声に、レイスはびくりと立ち止まった。4人が喋って歩みが遅くなっている間、レイスはずっと同じペースで歩いていたのだ。
4人はレイスのもとまで駆け寄り、それから皆で歩き始めた。
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