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6章 呪術師と暗殺者
6-3 九死一生
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「にゃー?」
ぴくりと耳を動かして、ケットシーが鳴いた。朝の散歩をしている轍夜の頭の上である。
「どした?」
「不穏な言葉が聞こえたにゃー」
ケットシーは耳を澄ませる。風の噂を、より良く聞くために。少しして、慌てたように轍夜から飛び降りた。
「リィラの所へ行くにゃー!」
「えっ、リィラに何か」
「違うにゃー! ペトアモスが大ピンチにゃー!」
「えぇっ⁉」
剣と棒がぶつかり合って、金属音を響かせる。幾度も繰り返される棒の打擲を、ペトアモスは剣でひたすら受けていた。
「ぐっ」
呻き声が漏れると同時、ミシリと腕から嫌な音がした。逃れようと後ろに跳ぶ。
それは悪手だった。
横殴りに振るわれた棒が、ペトアモスを吹っ飛ばす。ボールでも打ったように軽々と。
ペトアモスは空き家の石壁に激突。声の代わりに血がせり上がる。
「終わりかァ?」
「なんだ、つまらん」
2体は、動かないペトアモスを見て呟いた。そして目線を檻へと移す。そろそろ発とう、そう思った時、殺気を感じた。ばっと空き家の方を向く。そこにペトアモスの姿は無い。
「誰が、終わりだと言った!」
ペトアモスの声に、2体は意外そうな顔をする。
「姿を消す力を持っているのか。だが、無駄だ」
「その剣の力だな? 奪ってやる」
2体は面白そうに棒を振るう。それは正確にペトアモスの位置を捉え、強く打ち据えた。
「無駄なのは分かっておる!」
姿を現したペトアモス。その手には、真っ赤に光る短剣が握られていた。
その光を見た2体は、戦意をさらにかき立てられて、短剣の持ち主を殺すことしか考えられなくなった。子供を連れ去ることなどすっかり忘れ、夢中で棒を振るい続ける。
ペトアモスには、もう、棒を受け止める力は無かった。剣を軸に体を動かし、避けようと努める。
そんなペトアモスの奮闘を、遠くで見ている者があった。呪術師である。
直接見ているのではなく、遠隔視の魔法を使っている。
(ここまでは予想通り。さて、王と王妃は来るかな?)
来たらプラン2の1、来なければプラン2の2を実行に移す。どちらでも構わない。
(それにしても、意外と粘るなぁ。特殊な剣を持っているのは知っていたが……)
ほんの一時期とはいえ、仕えていた相手である。ペトアモスの戦い方は知っているつもりだった。しかし、今ペトアモスが使っている戦法は、初めて見る。
呪術師としては、ペトアモスの生死も子供たちの安否も「どっちでも良い」。決して「どうでも良い」わけではない。どう転ぶか予想しながら見るのが、楽しいのだ。
「どうだ?」
隣で立つ暗殺者が尋ねてきた。
「初めて見る短剣が出てきた。見た様子だと、何か特殊な条件で力を発揮する……」
「そうじゃなくて。標的は来そうか?」
「さあな。今良いところなんだ、黙って待ってろよ。……血か? 自分の血を短剣に吸わせたのか! こりゃ面白い!」
「……」
暗殺者は呆れたような目で呪術師を見て、これ見よがしに大きなため息を吐く。
「俺にも見せてほしいんだがな」
「それは無理だ、悪いな」
不可能では無いのだが、観戦に集中したくて、呪術師はそう言った。
「ぐ、う……っ」
ペトアモスはよろめきながら立ち上がった。
そろそろ限界だ。何度も打ち据えられて、その度に意識が飛びそうになる。
意識を手放せば、トドメを刺されて終わり。いや、意識を保っていても、動けなければ終わりだ。今はまだかろうじで急所を防げているが、時間の問題だった。
(歳だな……)
昔はもっと粘れた気がする。
(来ぬ、か……)
家臣の誰か1人でも来てくれれば、子供たちを救えるというのに。
棒を振るう2体は、短剣の放つ赤い光に呑まれている。完全に、抗いようも無く。子供たちには目もくれず、戦いに興じている。
振りかぶられた棒が、頭上に迫る。
「っ……!」
棒の動きが、やけにゆっくりと見えた。致命的な一撃が迫るのを、呆然と見つめる。
(動けぬ……。ここまでか)
思った、その時。
何かが視界を遮った。
「待たせたな、おっさん!」
「調子に乗るなにゃー」
割って入った轍夜が、剣で棒を受け止めていた。
「……てか、鬼?」
轍夜は、眼前の種族を見て呟いた。節分で使う鬼の仮面そっくりな顔。いかにも鬼の持ちそうな金棒。鬼だと思わない方が無理なくらい、どう見ても鬼である。
「鬼、にゃー? みーは見たことが無いから、これが鬼かは分からないけどにゃー」
ケットシーは轍夜の頭の上で、鬼を睨みつけながら話す。
「東の大陸の、更に東にある海には、たくさんの島があるにゃー。その中には、鬼の住む島もあるにゃー。……でも、ここにいるのはおかしいにゃー。遠すぎるにゃー」
話をしている間にも、金棒は振るわれ続ける。雑に強くなる呪具が、「これはサボってられないな」と判断した。
リィラは魔法でペトアモスを引き寄せ、轍夜から遠ざける。
「よく食い止められましたね」
轍夜と鬼が戦っているのを見て、リィラはペトアモスに言った。感心したのだ。
「あの2体、相当強かったでしょう? わたくしでも手こずりそうです」
「防御に徹しておったからな。それに……」
ごぼりと血を吐き出してから、ペトアモスは言葉を続ける。
「余とて元は王だったのだ。良い剣の1つや2つ、持っておる」
「……大丈夫ですか?」
「ギリギリ、といった所か。……余は相当運が良いようだ。家臣ではなく、そなたたちが来てくれた。おかげで命拾いしたぞ」
言いながら、ペトアモスは目を閉じた。
ぴくりと耳を動かして、ケットシーが鳴いた。朝の散歩をしている轍夜の頭の上である。
「どした?」
「不穏な言葉が聞こえたにゃー」
ケットシーは耳を澄ませる。風の噂を、より良く聞くために。少しして、慌てたように轍夜から飛び降りた。
「リィラの所へ行くにゃー!」
「えっ、リィラに何か」
「違うにゃー! ペトアモスが大ピンチにゃー!」
「えぇっ⁉」
剣と棒がぶつかり合って、金属音を響かせる。幾度も繰り返される棒の打擲を、ペトアモスは剣でひたすら受けていた。
「ぐっ」
呻き声が漏れると同時、ミシリと腕から嫌な音がした。逃れようと後ろに跳ぶ。
それは悪手だった。
横殴りに振るわれた棒が、ペトアモスを吹っ飛ばす。ボールでも打ったように軽々と。
ペトアモスは空き家の石壁に激突。声の代わりに血がせり上がる。
「終わりかァ?」
「なんだ、つまらん」
2体は、動かないペトアモスを見て呟いた。そして目線を檻へと移す。そろそろ発とう、そう思った時、殺気を感じた。ばっと空き家の方を向く。そこにペトアモスの姿は無い。
「誰が、終わりだと言った!」
ペトアモスの声に、2体は意外そうな顔をする。
「姿を消す力を持っているのか。だが、無駄だ」
「その剣の力だな? 奪ってやる」
2体は面白そうに棒を振るう。それは正確にペトアモスの位置を捉え、強く打ち据えた。
「無駄なのは分かっておる!」
姿を現したペトアモス。その手には、真っ赤に光る短剣が握られていた。
その光を見た2体は、戦意をさらにかき立てられて、短剣の持ち主を殺すことしか考えられなくなった。子供を連れ去ることなどすっかり忘れ、夢中で棒を振るい続ける。
ペトアモスには、もう、棒を受け止める力は無かった。剣を軸に体を動かし、避けようと努める。
そんなペトアモスの奮闘を、遠くで見ている者があった。呪術師である。
直接見ているのではなく、遠隔視の魔法を使っている。
(ここまでは予想通り。さて、王と王妃は来るかな?)
来たらプラン2の1、来なければプラン2の2を実行に移す。どちらでも構わない。
(それにしても、意外と粘るなぁ。特殊な剣を持っているのは知っていたが……)
ほんの一時期とはいえ、仕えていた相手である。ペトアモスの戦い方は知っているつもりだった。しかし、今ペトアモスが使っている戦法は、初めて見る。
呪術師としては、ペトアモスの生死も子供たちの安否も「どっちでも良い」。決して「どうでも良い」わけではない。どう転ぶか予想しながら見るのが、楽しいのだ。
「どうだ?」
隣で立つ暗殺者が尋ねてきた。
「初めて見る短剣が出てきた。見た様子だと、何か特殊な条件で力を発揮する……」
「そうじゃなくて。標的は来そうか?」
「さあな。今良いところなんだ、黙って待ってろよ。……血か? 自分の血を短剣に吸わせたのか! こりゃ面白い!」
「……」
暗殺者は呆れたような目で呪術師を見て、これ見よがしに大きなため息を吐く。
「俺にも見せてほしいんだがな」
「それは無理だ、悪いな」
不可能では無いのだが、観戦に集中したくて、呪術師はそう言った。
「ぐ、う……っ」
ペトアモスはよろめきながら立ち上がった。
そろそろ限界だ。何度も打ち据えられて、その度に意識が飛びそうになる。
意識を手放せば、トドメを刺されて終わり。いや、意識を保っていても、動けなければ終わりだ。今はまだかろうじで急所を防げているが、時間の問題だった。
(歳だな……)
昔はもっと粘れた気がする。
(来ぬ、か……)
家臣の誰か1人でも来てくれれば、子供たちを救えるというのに。
棒を振るう2体は、短剣の放つ赤い光に呑まれている。完全に、抗いようも無く。子供たちには目もくれず、戦いに興じている。
振りかぶられた棒が、頭上に迫る。
「っ……!」
棒の動きが、やけにゆっくりと見えた。致命的な一撃が迫るのを、呆然と見つめる。
(動けぬ……。ここまでか)
思った、その時。
何かが視界を遮った。
「待たせたな、おっさん!」
「調子に乗るなにゃー」
割って入った轍夜が、剣で棒を受け止めていた。
「……てか、鬼?」
轍夜は、眼前の種族を見て呟いた。節分で使う鬼の仮面そっくりな顔。いかにも鬼の持ちそうな金棒。鬼だと思わない方が無理なくらい、どう見ても鬼である。
「鬼、にゃー? みーは見たことが無いから、これが鬼かは分からないけどにゃー」
ケットシーは轍夜の頭の上で、鬼を睨みつけながら話す。
「東の大陸の、更に東にある海には、たくさんの島があるにゃー。その中には、鬼の住む島もあるにゃー。……でも、ここにいるのはおかしいにゃー。遠すぎるにゃー」
話をしている間にも、金棒は振るわれ続ける。雑に強くなる呪具が、「これはサボってられないな」と判断した。
リィラは魔法でペトアモスを引き寄せ、轍夜から遠ざける。
「よく食い止められましたね」
轍夜と鬼が戦っているのを見て、リィラはペトアモスに言った。感心したのだ。
「あの2体、相当強かったでしょう? わたくしでも手こずりそうです」
「防御に徹しておったからな。それに……」
ごぼりと血を吐き出してから、ペトアモスは言葉を続ける。
「余とて元は王だったのだ。良い剣の1つや2つ、持っておる」
「……大丈夫ですか?」
「ギリギリ、といった所か。……余は相当運が良いようだ。家臣ではなく、そなたたちが来てくれた。おかげで命拾いしたぞ」
言いながら、ペトアモスは目を閉じた。
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