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第十八話 逆襲の微笑
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学問奨励会での出来事は、瞬く間に社交界全体へと広まった。
――王太子殿下は公の場でクラリッサ嬢を問い詰めた。
――しかし第二王子殿下が彼女を庇い、言葉を封じた。
――王家の兄弟の対立は、もはや隠せぬ段階にある。
囁きは尾ひれをつけ、雪崩のように広がっていく。屋敷に届く手紙は批難と同情が半々。中には「殿下に背を向けた悪役令嬢」と断じる文章もあった。
「お嬢様……これでは、ますます立場が」
「ええ。でも、怯える気はないわ」
扇を閉じ、わたしは窓辺に立つ。外では雪が舞い、白い光が庭を覆っている。檻を拒んだ以上、噂に縛られてはいけない。
◇
数日後、殿下から再びの招待状が届いた。内容は「新入生を歓迎する学院での茶会」。形式上は和やかな場だが、誰もがそれが舞台であると知っていた。
茶会の会場は学院の庭園。冬の薔薇が寒気に耐えて咲き、白い帳のような布が張られた天幕の下に、華やかな席が設けられていた。
そこに座る殿下の隣には、やはりエミリアがいた。可憐な白のドレス、無垢な瞳。周囲の令嬢たちが彼女を囲み、花のように笑みを浮かべている。
「クラリッサ、よく来てくれた」
殿下の硝子の微笑み。
「お招きに感謝いたします」
その瞬間、周囲の視線が集まる。噂に彩られた令嬢、悪役と囁かれる娘。わたしは扇を揺らし、表情を崩さない。
◇
「クラリッサ様」
エミリアが歩み寄ってきた。純粋な声。
「わたし、まだ学院に慣れていなくて……でも、殿下がいつも優しくしてくださるから安心できます」
「……そう」
「それに、クラリッサ様のお噂も耳にしています。……とても勇敢で、誰よりも強い方だと」
会場がざわめいた。褒め言葉に聞こえるが、その裏には「殿下の寵愛は自分にある」という暗示が潜んでいる。善意の笑みほど鋭い棘はない。
殿下がすかさず続けた。
「クラリッサ、君はエミリアから多くを学ぶといい。素直さ、優しさ……それこそ王太子妃に必要な資質だ」
囁きが波のように広がる。公開の場での比較。これが殿下の逆襲だった。
◇
胸の奥に冷たいものが広がる。だが俯いてはいけない。わたしは扇を閉じ、静かに答えた。
「殿下。わたしは素直さや優しさを否定するつもりはございません。けれど、それが従順であることと同義だと仰るなら――わたしは違います」
空気が震えた。人々の視線が一斉にわたしへ注がれる。
殿下の微笑が凍る。
「……君は、わたしに背を向けるというのか」
「いいえ。ただ、わたしは檻に閉じ込められることを拒むのです」
◇
「その通りだ」
低い声が響いた。会場の端からレオンハルトが歩み寄ってくる。冬の光を背に、深い瞳が揺るぎなく輝いていた。
「兄上。檻に閉じ込めることを愛と呼ぶのは誤りだ」
「黙れ、レオンハルト!」
「黙らない。クラリッサ嬢は、自分の意志で幸せを選んでいる」
彼の声は会場全体に響き渡り、人々の心を揺さぶった。エミリアでさえ瞳を見開き、息を呑んでいた。
◇
茶会はその後も続いたが、空気は一変していた。人々は殿下の硝子の微笑よりも、レオンハルトの真摯な言葉に耳を傾けていた。
夜、屋敷に戻ったわたしは机に白いハンカチを置いた。
「逆襲の微笑……でも、もう囚われない」
窓の外には月が昇り、雪の庭を照らしている。わたしは確信していた。檻を壊す鍵は、すでに手の中にあると。
――王太子殿下は公の場でクラリッサ嬢を問い詰めた。
――しかし第二王子殿下が彼女を庇い、言葉を封じた。
――王家の兄弟の対立は、もはや隠せぬ段階にある。
囁きは尾ひれをつけ、雪崩のように広がっていく。屋敷に届く手紙は批難と同情が半々。中には「殿下に背を向けた悪役令嬢」と断じる文章もあった。
「お嬢様……これでは、ますます立場が」
「ええ。でも、怯える気はないわ」
扇を閉じ、わたしは窓辺に立つ。外では雪が舞い、白い光が庭を覆っている。檻を拒んだ以上、噂に縛られてはいけない。
◇
数日後、殿下から再びの招待状が届いた。内容は「新入生を歓迎する学院での茶会」。形式上は和やかな場だが、誰もがそれが舞台であると知っていた。
茶会の会場は学院の庭園。冬の薔薇が寒気に耐えて咲き、白い帳のような布が張られた天幕の下に、華やかな席が設けられていた。
そこに座る殿下の隣には、やはりエミリアがいた。可憐な白のドレス、無垢な瞳。周囲の令嬢たちが彼女を囲み、花のように笑みを浮かべている。
「クラリッサ、よく来てくれた」
殿下の硝子の微笑み。
「お招きに感謝いたします」
その瞬間、周囲の視線が集まる。噂に彩られた令嬢、悪役と囁かれる娘。わたしは扇を揺らし、表情を崩さない。
◇
「クラリッサ様」
エミリアが歩み寄ってきた。純粋な声。
「わたし、まだ学院に慣れていなくて……でも、殿下がいつも優しくしてくださるから安心できます」
「……そう」
「それに、クラリッサ様のお噂も耳にしています。……とても勇敢で、誰よりも強い方だと」
会場がざわめいた。褒め言葉に聞こえるが、その裏には「殿下の寵愛は自分にある」という暗示が潜んでいる。善意の笑みほど鋭い棘はない。
殿下がすかさず続けた。
「クラリッサ、君はエミリアから多くを学ぶといい。素直さ、優しさ……それこそ王太子妃に必要な資質だ」
囁きが波のように広がる。公開の場での比較。これが殿下の逆襲だった。
◇
胸の奥に冷たいものが広がる。だが俯いてはいけない。わたしは扇を閉じ、静かに答えた。
「殿下。わたしは素直さや優しさを否定するつもりはございません。けれど、それが従順であることと同義だと仰るなら――わたしは違います」
空気が震えた。人々の視線が一斉にわたしへ注がれる。
殿下の微笑が凍る。
「……君は、わたしに背を向けるというのか」
「いいえ。ただ、わたしは檻に閉じ込められることを拒むのです」
◇
「その通りだ」
低い声が響いた。会場の端からレオンハルトが歩み寄ってくる。冬の光を背に、深い瞳が揺るぎなく輝いていた。
「兄上。檻に閉じ込めることを愛と呼ぶのは誤りだ」
「黙れ、レオンハルト!」
「黙らない。クラリッサ嬢は、自分の意志で幸せを選んでいる」
彼の声は会場全体に響き渡り、人々の心を揺さぶった。エミリアでさえ瞳を見開き、息を呑んでいた。
◇
茶会はその後も続いたが、空気は一変していた。人々は殿下の硝子の微笑よりも、レオンハルトの真摯な言葉に耳を傾けていた。
夜、屋敷に戻ったわたしは机に白いハンカチを置いた。
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窓の外には月が昇り、雪の庭を照らしている。わたしは確信していた。檻を壊す鍵は、すでに手の中にあると。
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