悪役令嬢ですが、ヒロインより先に幸せを掴みます

さら

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第三十話 裂ける社交界

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 王太子殿下の布告が出てから、王都は目に見えて変わった。広場や街角ではその文言が読み上げられ、人々は不安と好奇に駆られて噂を重ねる。
 ――悪役令嬢クラリッサ、断罪。
 ――第二王子と共に反逆の徒。
 ――いや、彼女は自由を選んだだけだ。

 声は二分し、街全体が裂け目を抱えたようだった。

 ◇

 社交界の場でもその亀裂は顕著だった。ある夜会ではわたしが姿を現した途端、明らかに二つの輪が形成された。王太子派は冷たい視線でわたしを突き刺し、第二王子派はひそやかに微笑を向けてくる。

 「まあ、クラリッサ様。よくも顔を出されましたわね」
 「王家の布告を受けてもなお、舞台に立つなど……勇敢というべきかしら」

 冷ややかな声。だがその奥に恐れも混じっていた。わたしを侮蔑すれば安全だと思っているのだろう。

 「殿方に守られていなければ立てぬ淑女は、檻の中でしか生きられませんわ」
 そう返すと、一瞬会場の空気が凍った。わたしは扇を広げ、表情を崩さなかった。

 ◇

 夜会の中央で王太子殿下がエミリアを伴い、姿を現した。彼の硝子の微笑は完璧だが、その奥にある怒りは隠せない。
 「皆の者。布告を無視することは国への反逆だ。クラリッサの振る舞いは決して見過ごせぬ」

 視線が突き刺さる。エミリアは純白のドレスを揺らし、無垢な瞳でわたしを見つめている。
 「クラリッサ様……どうか殿下のお心をお受け入れください。それが国のためになるはずです」

 善意の言葉。けれど、その善意が最も鋭い刃となる。わたしを悪役に追いやるには、彼女の無垢さだけで十分だった。

 ◇

 その瞬間、背後から低い声が響いた。
 「兄上。それこそが檻だ」

 レオンハルトが現れ、迷いなく壇上に上がる。
 「クラリッサ嬢は檻に戻らないと選んだ。布告で縛ろうとしても無駄だ」

 会場がざわめきに包まれる。殿下とレオンハルトの視線がぶつかり、空気が張り詰めた。

 「兄上が力で押さえつけるなら、私は心で彼女を守る」

 ◇

 夜会を終えて屋敷に戻ると、父は沈痛な表情をしていた。
 「社交界は裂けた。王太子派と第二王子派、もはや一枚岩ではない。クラリッサ……お前はその中心にいる」
 「……はい」

 父の声は苦しいほど重かったが、わたしは静かに頷いた。もう後戻りはできない。

 ◇

 自室で白いハンカチを胸に抱きしめ、窓の外を見やる。月光が雪を照らし、静かな光景が広がっていた。
 「檻には戻らない。たとえ社交界が裂けても」

 囁いた声は誓いとなり、夜の闇に溶けていった。

 ――悪役令嬢クラリッサは、断罪を越え。

 ――国を揺るがす嵐のただ中に、誇りを抱いて立っていた。
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