悪役令嬢ですが、ヒロインより先に幸せを掴みます

さら

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第六十話 新しい日常

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 王太子殿下が退位し、遠方の修道院へ送られたその日から、王都の空気は大きく変わった。
 長く街を覆っていた重苦しい影は消え、広場では子どもたちの笑い声が響き、市場には再び活気が戻っていた。

 「クラリッサ様のおかげで、ようやく安心して暮らせます」
 「自由の令嬢が示した未来を、私たちも信じていきたい」

 人々の言葉は胸に深く届き、白いハンカチを指で撫でるたびに、あの日々が確かな誇りへと変わっていった。

 ◇

 新居での朝。
 「クラリッサ、もう少し眠っていてもいいのに」
 レオンハルトは半ば呆れたように笑いながら、書類の山に向かっていた。
 「あなたを一人で働かせるなんてできませんわ」
 「だが、これは本来私の務めで……」
 「いいえ、あなたの隣で共に進むのが妻の務めです」

 そう告げると、彼は一瞬驚いた顔をして、やがて柔らかく笑った。
 「君には敵わないな」

 ◇

 昼下がりには、民からの嘆願を直接聞く場を設けた。
 「クラリッサ様、子どもたちの学びの場を増やしていただけませんか」
 「ええ、検討しましょう。未来を選ぶには、学ぶ力が必要ですもの」

 「クラリッサ様、税の取り立てで苦しんでいる者がいます」
 「承知しました。必ず改善いたします」

 人々の声は切実で、ひとつひとつが重く響いた。だが、その声に応えることが檻を拒み続けるわたしの責務だと感じていた。

 ◇

 夜。暖炉の前で二人きり。
 「クラリッサ。君が民と向き合う姿を見ていると、心から誇らしい」
 「まあ。そんなに見つめられると照れてしまいますわ」
 「照れていい。君は私の妻であり、この国の光だ」

 彼がそっと手を取り、指先に口づけを落とす。胸が熱くなり、目を閉じた。
 「……レオン。わたしは檻には戻りません。あなたと共に、この国を歩みます」
 「共にだ。必ず」

 ◇

 窓の外に雪はもうなく、春を告げる風が吹いていた。
 机の上の白いハンカチは、恐怖の象徴ではなく、新しい日常の旗印となっている。

 ――悪役令嬢クラリッサは、断罪を越え、自由を選び。

 ――いま、愛する夫と共に、新しい日常を歩み始めていた。
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