都会から田舎に追放された令嬢ですが、辺境伯様と畑を耕しながらのんびり新婚スローライフしています 

さら

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第11話 雨の日の二人


 朝から谷は厚い雲に覆われ、やがて大粒の雨が屋根を叩き始めた。畑に出ることもできず、クラリッサは窓辺に腰かけて外を眺めていた。畝の間に小さな川のような水が走り、昨日まで誇らしげに広がっていた若葉が雨に打たれて揺れている。

「……大丈夫かしら。根が浮いてしまわないといいけれど」

 不安を口にすると、背後から低い声が返る。

「心配するな。土は思ったより強い」

 振り向けば、ライナルトが立っていた。鎧ではなく厚手のシャツ姿で、濡れた外套を片手に提げている。雨の中を巡回してきたらしく、肩口には水滴が残っていた。

「こんな雨の中、外へ?」

「兵の様子を見てきた。水路が溢れぬように監視している」

 クラリッサは胸が締め付けられた。彼は常に誰かを守ろうとし、自分の身を顧みない。だが今は畑にも出られず、二人で過ごす静かな時間が流れている。雨音が屋敷を包み込み、外の世界を切り離していた。

「……せっかくですから、一緒に料理をしませんか?」

 クラリッサの提案に、ライナルトは眉を上げた。

「俺が?」

「はい。雨の日に外へ出られないのなら、台所で過ごすのも悪くありません」


 台所には薪の火が燃え、温かな空気が満ちていた。クラリッサは籠から野菜を取り出し、包丁を手に取る。ライナルトは大鍋の前に立ち、不器用に玉ねぎを刻もうとする。

「……殿様、指まで切ってしまいますよ」

「料理は苦手だ。だが挑戦はしてみる」

 真剣な顔で玉ねぎと格闘する彼の姿に、クラリッサは思わず笑みをこぼす。戦場で剣を振るう武人が、涙を流しながら玉ねぎに悪戦苦闘している光景は、どこか微笑ましかった。

「切るのではなく、包むように押さえて……そうです。上手です」

 手を添えて教えると、ライナルトはぎこちなくも少しずつ形を整えた。やがて鍋に放り込まれた玉ねぎが香りを立て、雨音と重なって心地よいリズムを生む。

 二人で野菜を煮込み、ハーブを加えると、部屋いっぱいに柔らかな匂いが広がった。

「こんなふうに一緒に料理をするなんて、王都では考えられませんでした」

「貴族は手を汚さないのだろう」

「ええ。でも……今はその手が、とても頼もしく見えます」

 ライナルトの耳が赤く染まり、彼は視線を逸らした。


 出来上がったスープを椀に注ぎ、二人で食卓に並んで腰を下ろす。雨音がまだ強く響いているが、室内の温もりがそれを忘れさせるほど心地よい。

 一口すすると、玉ねぎの甘みとハーブの香りが広がった。クラリッサは目を見開き、微笑む。

「……おいしいです」

「俺の切った玉ねぎも役に立ったか」

「もちろんです。これからは時々、お手伝いしていただけますか?」

「……考えておこう」

 素っ気ない言葉だが、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。

 窓の外では雷が遠くに鳴り、雨脚は弱まる気配を見せない。クラリッサは椀を置き、しばし黙って雨を眺めた。

「雨の日も悪くありませんね。こうして、ゆっくり過ごせるのですから」

「俺も……悪くないと思う」

 ライナルトが不器用に言葉を紡ぎ、二人の間に温かな沈黙が流れた。雨はやがて止むだろう。けれど今日という一日は、二人にとって特別な記憶として残る――クラリッサはそう確信していた。
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