都会から田舎に追放された令嬢ですが、辺境伯様と畑を耕しながらのんびり新婚スローライフしています 

さら

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第13話 共同の目標


 夫婦喧嘩の夜から数日が経った。谷を渡る風は柔らかさを増し、畑の若葉は一段と力強くなっていた。クラリッサは朝露に濡れる葉先を撫で、深く息を吸い込む。土の匂いは生命の匂いであり、ここで生きる決意を改めて確かめさせてくれる。

 隣に立つライナルトは、畑全体を見渡しながら腕を組んでいた。灰色の瞳には、戦場で培われた鋭さだけでなく、未来を見据える静かな光が宿っている。

「……この畑も広がった。だが、村全体の土地を考えると、まだまだ足りん」

「ええ。私も同じことを思っていました」

 クラリッサは畝の向こうに広がる荒地を指差した。石が多く、雑草が繁茂しているが、土を整えれば耕作地として使えるはずだ。

「ここを畑に変えれば、村の食糧はもっと安定します。ただ、私たちだけでは到底無理です」

「村全体を巻き込む必要があるな」

 ライナルトは短く言い切り、クラリッサの方を見た。その瞳には決意と同時に、彼女への信頼が込められていた。

「お前が声をかけろ。村人たちはもう、お前を仲間として見ている」

 胸の奥が温かくなった。王都で「無能」と烙印を押された自分が、ここでは誰かに頼られ、共に歩む存在となっている。クラリッサは強く頷いた。


 その日の夕方、村の広場に人々が集められた。木の椅子や桶を持ち寄り、子どもたちも興味津々で集まってくる。オットー村長が前に立ち、重々しい声を響かせた。

「辺境伯様と奥方様から、皆に話があるそうだ」

 ざわめきが静まり、クラリッサは深呼吸して一歩前に出た。視線が一斉に自分へ向けられる。胸は高鳴り、足が震えそうになるが、決して退いてはいけないと自分に言い聞かせた。

「皆さん。この土地には、まだ眠っている畑があります。荒れた土を整えれば、必ず豊かな収穫が得られるはずです」

 人々の間にざわめきが広がる。ハンスが腕を組んで眉をひそめた。

「言うのは簡単だがな。荒地を耕すのは骨が折れる。俺たちの力だけじゃ足りねえ」

「だからこそ、皆で力を合わせるのです。私も鍬を振ります。ライナルト様も共に働いてくださいます」

 クラリッサの真剣な言葉に、人々の表情が変わっていく。リーネが頷き、声を上げた。

「奥方様はいつも土に膝をつけて、一緒に働いてくださる。私たちが信じなくてどうするの!」

 その一言が引き金となり、広場に大きな拍手が巻き起こった。人々の瞳に光が宿り、団結の空気が満ちていく。


 翌日から、大規模な開墾が始まった。男たちは鍬を振るい、女たちは石を拾い、子どもたちは旗を立てて風の向きを知らせる。クラリッサも泥に膝をつき、汗を流しながら石を掘り起こした。

「奥方様、こっち手伝ってください!」
「はい、すぐに!」

 呼ばれるたびに走り回り、指先は土で黒く染まった。だが、疲れよりも充実感が勝る。皆が同じ方向を見て、同じ夢を描いている。その中心に自分がいることが、信じられないほど嬉しかった。

 日が傾き、荒地の一角に新しい畝が並んだ。風除けの石垣も築かれ、溝に水が流れる。村人たちは声を上げて喜び、子どもたちは泥だらけの顔で笑い合った。

 その光景を見つめながら、ライナルトがクラリッサの肩に手を置いた。

「これが俺たちの共同の目標だ。村を豊かにし、皆が飢えずに生きられるようにする」

 クラリッサは頷き、心の奥から力が湧いてくるのを感じた。

「はい。これからも、共に歩みましょう」

 夕陽に照らされた畑は、黄金色に輝き、まるで未来そのもののように見えた。
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