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第17話 収穫祭と嵐
〇
夏の盛りを越え、谷の畑は黄金色に染まっていた。大根の葉は青々と茂り、麦の穂は風に揺れてざわめく。クラリッサは畝にしゃがみ、瑞々しいトマトを手に取った。掌に伝わる重みと温かさに、胸が熱くなる。ここに来た当初は石ばかりの荒地だったのに、今はこんなにも豊かな実りを抱いているのだ。
「これなら、祭りの準備に十分ね」
彼女の声に、リーネや村の娘たちが笑顔を返す。子どもたちは籠を抱えて走り回り、農夫たちは汗を拭いながら声を上げた。
「今年は豊作だ!」
「奥方様のおかげだ!」
褒められてクラリッサは頬を赤らめた。だが本当に誇るべきは、この土地で共に汗を流した村人たちだ。
夕暮れ、広場では収穫祭の舞台が組まれていた。木の梁に色鮮やかな布が掛けられ、花の冠が飾られる。オットー村長が誇らしげに胸を張り、声を響かせた。
「今年の祭りは、辺境伯様と奥方様に感謝を捧げるものとする!」
拍手と歓声が上がり、クラリッサはライナルトと視線を交わした。彼の口元はわずかに緩み、灰色の瞳は静かに輝いていた。
△
祭りの日の朝、青空が広がった。村人たちは色とりどりの衣をまとい、広場に集まる。屋台には新鮮な野菜や焼き菓子が並び、蜂蜜酒の甘い香りが漂った。太鼓の音が鳴り響き、子どもたちが踊り出す。
クラリッサも浴衣をまとい、舞台の前に立った。村娘たちと共に踊りの輪に入り、袖を広げて舞う。人々の歓声が上がり、笑い声が谷を満たす。
その時だった。空の色が急に変わった。西の山の彼方から黒雲が押し寄せ、雷鳴が轟く。風が強まり、舞台の布がはためいた。
「嵐だ!」
「急げ、作物を守れ!」
村人たちの声が一斉に響き、祭りは混乱に変わった。クラリッサは裾をたくし上げ、畑へ走る。ライナルトも兵を率いて駆け出した。
「水路を塞げ! 畝が流されるぞ!」
叫ぶ声に、男たちが必死で土嚢を積む。クラリッサはリーネと共に苗を覆う布を広げ、子どもたちを避難させた。雨が叩きつけ、視界は白く煙る。
◇
夜半、ようやく風雨が収まった。畑は泥に覆われ、舞台は半ば倒れていた。村人たちは疲れ切り、広場に座り込む。だが大きな怪我人は出ず、作物も半分以上が守られた。
「よく……守り抜いたな」
ライナルトが低く言い、剣を泥に突き立てて膝をついた。灰色の瞳は疲労に濁りながらも、誇らしさを宿している。
クラリッサは彼の隣に座り、泥まみれの手をそっと握った。
「皆で守ったのです。だから大丈夫……来年もきっと」
彼女の言葉に、人々の間から小さな笑いが生まれた。リーネが肩で息をしながらも笑みを浮かべ、ハンスが大声で叫ぶ。
「そうだ! 俺たちはやり遂げたんだ!」
歓声が広がり、嵐の爪痕を越えて人々の絆はさらに強まった。
クラリッサは空を見上げた。雲の切れ間から星が顔を出し、光が谷を照らす。涙に濡れた頬をぬぐい、彼女は小さく呟いた。
「この土地で、生きていくのね……」
隣のライナルトが黙って頷き、その肩に温かな手を置いた。
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夏の盛りを越え、谷の畑は黄金色に染まっていた。大根の葉は青々と茂り、麦の穂は風に揺れてざわめく。クラリッサは畝にしゃがみ、瑞々しいトマトを手に取った。掌に伝わる重みと温かさに、胸が熱くなる。ここに来た当初は石ばかりの荒地だったのに、今はこんなにも豊かな実りを抱いているのだ。
「これなら、祭りの準備に十分ね」
彼女の声に、リーネや村の娘たちが笑顔を返す。子どもたちは籠を抱えて走り回り、農夫たちは汗を拭いながら声を上げた。
「今年は豊作だ!」
「奥方様のおかげだ!」
褒められてクラリッサは頬を赤らめた。だが本当に誇るべきは、この土地で共に汗を流した村人たちだ。
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「今年の祭りは、辺境伯様と奥方様に感謝を捧げるものとする!」
拍手と歓声が上がり、クラリッサはライナルトと視線を交わした。彼の口元はわずかに緩み、灰色の瞳は静かに輝いていた。
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祭りの日の朝、青空が広がった。村人たちは色とりどりの衣をまとい、広場に集まる。屋台には新鮮な野菜や焼き菓子が並び、蜂蜜酒の甘い香りが漂った。太鼓の音が鳴り響き、子どもたちが踊り出す。
クラリッサも浴衣をまとい、舞台の前に立った。村娘たちと共に踊りの輪に入り、袖を広げて舞う。人々の歓声が上がり、笑い声が谷を満たす。
その時だった。空の色が急に変わった。西の山の彼方から黒雲が押し寄せ、雷鳴が轟く。風が強まり、舞台の布がはためいた。
「嵐だ!」
「急げ、作物を守れ!」
村人たちの声が一斉に響き、祭りは混乱に変わった。クラリッサは裾をたくし上げ、畑へ走る。ライナルトも兵を率いて駆け出した。
「水路を塞げ! 畝が流されるぞ!」
叫ぶ声に、男たちが必死で土嚢を積む。クラリッサはリーネと共に苗を覆う布を広げ、子どもたちを避難させた。雨が叩きつけ、視界は白く煙る。
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夜半、ようやく風雨が収まった。畑は泥に覆われ、舞台は半ば倒れていた。村人たちは疲れ切り、広場に座り込む。だが大きな怪我人は出ず、作物も半分以上が守られた。
「よく……守り抜いたな」
ライナルトが低く言い、剣を泥に突き立てて膝をついた。灰色の瞳は疲労に濁りながらも、誇らしさを宿している。
クラリッサは彼の隣に座り、泥まみれの手をそっと握った。
「皆で守ったのです。だから大丈夫……来年もきっと」
彼女の言葉に、人々の間から小さな笑いが生まれた。リーネが肩で息をしながらも笑みを浮かべ、ハンスが大声で叫ぶ。
「そうだ! 俺たちはやり遂げたんだ!」
歓声が広がり、嵐の爪痕を越えて人々の絆はさらに強まった。
クラリッサは空を見上げた。雲の切れ間から星が顔を出し、光が谷を照らす。涙に濡れた頬をぬぐい、彼女は小さく呟いた。
「この土地で、生きていくのね……」
隣のライナルトが黙って頷き、その肩に温かな手を置いた。
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