都会から田舎に追放された令嬢ですが、辺境伯様と畑を耕しながらのんびり新婚スローライフしています 

さら

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第22話 村を守る戦い


 夜明けとともに、谷を震わせるような太鼓の音が森の奥から響いた。鳥たちが一斉に飛び立ち、村の空気は張り詰める。畑を囲む柵の向こうには、武装した男たちの影が見え隠れしていた。ヴォルフ商会が放った傭兵たち――三十の武力が、今まさに襲いかかろうとしている。

 クラリッサは村人たちと並び、手にした薬草の袋を抱きしめた。剣は振るえない。けれど傷ついた者を癒し、皆を立たせることはできる。隣に立つライナルトは剣を抜き放ち、灰色の瞳で前を睨んでいた。

「恐れるな。ここは俺たちの土地だ」

 その一声が広場に響き、村人たちの胸に火を灯した。ハンスが鍬を肩に担ぎ、リーネが矢をつがえる。老人たちも子どもたちを背後に庇いながら、石を投げる準備を整えた。

 森の影が動き、傭兵たちが突進してきた。鋼の音が空気を裂き、村と外の世界がぶつかり合う。


 戦いは激しかった。ライナルトは最前線に立ち、剣を振るうたびに敵を薙ぎ倒す。だが敵の数は多く、押し寄せる波のように絶え間なく襲ってくる。

「奥方様! こっちだ!」

 叫び声に振り向くと、兵のひとりが傷を負って倒れていた。クラリッサは泥を踏みしめ、急ぎ駆け寄る。薬草をすり潰し、布に包んで患部に当てる。

「大丈夫、まだ戦えるわ」

 兵は歯を食いしばりながら立ち上がり、再び前線へ走った。クラリッサの胸に熱が広がる。自分の知識が人を支えている――その実感が彼女を突き動かしていた。

 一方で村人たちも奮闘した。ハンスは鍬を大きく振り回し、敵を後退させる。リーネは矢を放ち、正確に標的を射抜いた。

「畑は渡さない!」

 その叫びが、雨のように降り注ぐ矢や剣戟の音を越えて響いた。


 戦いの最中、ヴォルフ本人が姿を現した。豪奢な外套をまとい、数人の護衛を従えている。太った顔に不気味な笑みを浮かべ、村を見下ろして叫んだ。

「無駄な抵抗を! この畑も薬草園も、いずれは我が商会のものとなる!」

 ライナルトが剣を構え、低く唸るように答えた。

「ここは誰のものでもない。村人たちと共に築いた土地だ!」

 二人の視線が交わり、戦場の空気がさらに張り詰める。クラリッサは必死に負傷者を癒しながら、その瞬間を見守った。

 やがてライナルトが大きく踏み込み、護衛を薙ぎ払いヴォルフへ迫る。敵は動揺し、陣形が崩れる。村人たちは歓声を上げ、一斉に攻勢へと転じた。

 夜明けに始まった戦いは、夕暮れまで続いた。最後の傭兵が倒れると、谷に静寂が戻る。村人たちは泥にまみれながらも抱き合い、涙と笑顔を交わした。

「勝った……守り抜いたんだ!」

 クラリッサは薬草で血に染まった布を握りしめ、震える声で呟いた。ライナルトが隣に歩み寄り、剣を土に突き立てる。

「お前の知恵がなければ、この村は立ち向かえなかった。……ありがとう」

 その言葉にクラリッサの目に涙があふれた。守り抜いた畑と薬草園――それはただの土地ではなく、皆の希望そのものだった。
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