断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら

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第6話 ほんとうの「パン屋の奥さん」へ

 盗賊騒ぎが収まった翌朝、村は不思議なほどに静かだった。夜を徹しての見張りと片付けで皆疲れているのだろう。だが窯の中では、いつも通り生地が膨らみ、焼き色がつき始めていた。パン屋の朝は止まらない。

 私は汗を拭きながら棚に並べる。昨日の恐怖と興奮がまだ体の奥に残っている。短剣を握った手の震え、村人たちにかけられた誇らしい言葉、そして──カイの低い声。

「……お前がここにいることを、俺は誇りに思う」

 あの一言が、何度も胸の奥で反響していた。断罪され、居場所を失った私に、誇りだと。思い出すだけで目頭が熱くなる。

「リディア、手を止めるな。客が来る」

「は、はい!」

 カイに声をかけられ、私は慌ててパンを並べ直す。窯の熱で火照る頬を誤魔化しながら、店先の戸を開いた。朝の光に照らされた村人たちの顔は、どこか昨日よりも一層あたたかい笑みに満ちていた。

「奥さん、よくやったな!」
「盗賊相手に怯まなかったって聞いたよ!」

 口々にかけられる声に、私は俯きそうになる。だがその肩を、カイが大きな手で支えてくれた。その温もりに、私は微笑みを返すことができた。


 昼下がり、店の喧騒がひと段落した頃。私は店の奥で粉袋を片付けていた。カイの足音が近づく。

「リディア」

「はい?」

 振り向くと、彼はまっすぐこちらを見つめていた。灰色の瞳が炎のように揺れ、けれど決して乱れない。

「昨日の夜、言いかけたことがある」

 心臓が跳ねた。私は知らず知らずのうちに手を止め、粉のついた指を胸の前で組む。

「俺は……ずっと一人でこの村を見てきた。領主としてではなく、ただのパン屋として。腹を満たすことが何より人を守ると信じてきた」

 その言葉の奥に、彼が背負ってきた孤独が透けて見えた。貴族としての責務と、辺境を守る使命。それを隠しながら村に身を置いていたのだ。

「けれど、今は違う。お前がいて、初めてこの場所が温かくなった。……リディア、俺の妻になってくれ」

 世界が止まったように感じた。窯の余熱が頬を撫でる。胸の奥に重ねてきた不安や恐れが、波のように引いていく。

「……私で、いいのですか。断罪され、何も持たない私で」

「俺には、お前が必要だ」

 たった一言が、涙腺を決壊させた。私は震える手で口元を押さえ、必死に頷いた。

「はい……私も、あなたと生きたい」


 夕刻、村人たちを集めて小さな宴が開かれた。広場に並べられた机には焼きたてのパンや煮込み料理が並び、笑い声と歌が響く。子どもたちは走り回り、老人は酒を掲げる。

「おめでとう、奥さん!」
「いや、もう立派な公爵夫人じゃないか!」

 からかい混じりの祝福に、私は頬を赤くしながら笑った。けれど心は不思議と軽い。奥さんと呼ばれることに、もう迷いはなかった。

 広場の片隅で、カイが私の手を握る。その大きな手は、これからの日々を共に歩む確かな証のように思えた。

「リディア。……これからも、二人でパンを焼こう」

「はい。二人で」

 夜空に星が瞬き始める。窯から漂う小麦の香りに包まれながら、私は心からの微笑みを浮かべた。

 ──断罪された令嬢ではなく、ただの“パン屋の奥さん”として。ここが私の居場所なのだ。

終わり
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