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第5話 パン屋を巡る騒動
〇
朝の澄んだ空気に、窯から立ちのぼる煙がまっすぐ天へ伸びていく。村人たちがいつものように列をつくり、私とカイは息を合わせてパンを並べていた。粉の香りと笑い声に包まれるひととき──しかしその穏やかさは、唐突に破られた。
「……パンが、盗まれた?」
昼下がり、子どもたちに残りのパンを分け与えようと奥の棚を開けた時、私は凍りついた。確かに焼いておいた十数個の塩パンが、 spっと影も形もない。慌てて周囲を探しても、かごは空っぽだった。
「リディア」
背後に現れたカイは、棚を一瞥するなり眉をひそめる。
「扉の閂が外れていた。外からこじ開けられた形跡がある」
「じゃあ……盗人が」
「村の者じゃない。足跡が多すぎる。複数人だ」
低い声に血の気が引いた。辺境の村は平穏に見えても、街道を狙う盗賊が潜んでいると噂には聞いていた。だが実際に自分の身近で起こるとは思ってもいなかった。
──パンを狙うなんて、ただの盗みではない。村人の食卓を奪う行為だ。
「カイさん……放ってはおけません」
「分かっている。夜を待つ」
その瞳に宿る静かな炎を見て、私は強く頷いた。
△
月が昇る頃、村の外れに身を潜めていた。焚き火の光が森の奥にちらつき、男たちの笑い声が漏れ聞こえる。耳を澄ませば、粗野な声が交わっていた。
「今日のパンは柔らかくてうまかったな!」
「明日はもっと持って来させろ。あの店、女が働いてるらしいじゃねえか」
ぞっとして、思わず拳を握る。私の胸に怒りが湧いた。村人たちのために焼いたパンを、彼らはただ奪い、踏みにじっている。
「……許せない」
小声で洩らした私に、カイが短剣を差し出した。
「持て」
「えっ」
「戦えとは言わん。ただ、いざという時に自分を守れ」
私は息を呑み、刃を握りしめた。冷たい金属の感触が手のひらに沁みる。王都で与えられた宝飾品よりも、ずっと重く、ずっと現実的な護りだった。
カイは無言で闇に踏み出す。その背を追いながら、私は心の奥に芽生えた決意を確かめる。ここはもう、私の居場所なのだ。奪わせてなるものか。
◇
盗賊たちの焚き火の明かりが近づくにつれ、空気が張り詰めた。カイは木陰から姿を現し、低く告げた。
「パンが欲しければ、金を払え」
「なんだてめえ! ただのパン屋が生意気に!」
刃を抜き放つ盗賊たち。だが次の瞬間、カイの剣閃が月光を裂いた。鋭い動きに、男たちは次々と倒れる。残った者が逃げ惑う中、ひとりが私のほうへ迫ってきた。
「女を捕まえろ!」
恐怖で足がすくむ──だが、私は短剣を構えた。
「来ないで!」
震える声と共に振りかざすと、男は驚いたように足を止めた。その隙にカイが駆けつけ、敵を押さえ込む。私の腕は震えていたが、短剣は最後まで落ちなかった。
やがて盗賊たちは縛り上げられ、村の広場に引き立てられた。村人が集まり、怒りと安堵の声を上げる。
「よくぞ守ってくれた!」
「奥さんまで立ち向かったんだって? 誇らしいよ!」
頬が熱くなる。私はただ必死だっただけだ。それでも、村人たちの笑顔に胸が震えた。
「リディア」
耳元に届いたカイの声は、いつになく優しい響きを帯びていた。
「……お前がここにいることを、俺は誇りに思う」
その言葉に、涙があふれそうになる。私はただ頷き、パンを守れたことに安堵した。
──辺境の村での暮らしは、ただの逃避ではない。ここで私は確かに生き、誰かの役に立っているのだ。
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朝の澄んだ空気に、窯から立ちのぼる煙がまっすぐ天へ伸びていく。村人たちがいつものように列をつくり、私とカイは息を合わせてパンを並べていた。粉の香りと笑い声に包まれるひととき──しかしその穏やかさは、唐突に破られた。
「……パンが、盗まれた?」
昼下がり、子どもたちに残りのパンを分け与えようと奥の棚を開けた時、私は凍りついた。確かに焼いておいた十数個の塩パンが、 spっと影も形もない。慌てて周囲を探しても、かごは空っぽだった。
「リディア」
背後に現れたカイは、棚を一瞥するなり眉をひそめる。
「扉の閂が外れていた。外からこじ開けられた形跡がある」
「じゃあ……盗人が」
「村の者じゃない。足跡が多すぎる。複数人だ」
低い声に血の気が引いた。辺境の村は平穏に見えても、街道を狙う盗賊が潜んでいると噂には聞いていた。だが実際に自分の身近で起こるとは思ってもいなかった。
──パンを狙うなんて、ただの盗みではない。村人の食卓を奪う行為だ。
「カイさん……放ってはおけません」
「分かっている。夜を待つ」
その瞳に宿る静かな炎を見て、私は強く頷いた。
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月が昇る頃、村の外れに身を潜めていた。焚き火の光が森の奥にちらつき、男たちの笑い声が漏れ聞こえる。耳を澄ませば、粗野な声が交わっていた。
「今日のパンは柔らかくてうまかったな!」
「明日はもっと持って来させろ。あの店、女が働いてるらしいじゃねえか」
ぞっとして、思わず拳を握る。私の胸に怒りが湧いた。村人たちのために焼いたパンを、彼らはただ奪い、踏みにじっている。
「……許せない」
小声で洩らした私に、カイが短剣を差し出した。
「持て」
「えっ」
「戦えとは言わん。ただ、いざという時に自分を守れ」
私は息を呑み、刃を握りしめた。冷たい金属の感触が手のひらに沁みる。王都で与えられた宝飾品よりも、ずっと重く、ずっと現実的な護りだった。
カイは無言で闇に踏み出す。その背を追いながら、私は心の奥に芽生えた決意を確かめる。ここはもう、私の居場所なのだ。奪わせてなるものか。
◇
盗賊たちの焚き火の明かりが近づくにつれ、空気が張り詰めた。カイは木陰から姿を現し、低く告げた。
「パンが欲しければ、金を払え」
「なんだてめえ! ただのパン屋が生意気に!」
刃を抜き放つ盗賊たち。だが次の瞬間、カイの剣閃が月光を裂いた。鋭い動きに、男たちは次々と倒れる。残った者が逃げ惑う中、ひとりが私のほうへ迫ってきた。
「女を捕まえろ!」
恐怖で足がすくむ──だが、私は短剣を構えた。
「来ないで!」
震える声と共に振りかざすと、男は驚いたように足を止めた。その隙にカイが駆けつけ、敵を押さえ込む。私の腕は震えていたが、短剣は最後まで落ちなかった。
やがて盗賊たちは縛り上げられ、村の広場に引き立てられた。村人が集まり、怒りと安堵の声を上げる。
「よくぞ守ってくれた!」
「奥さんまで立ち向かったんだって? 誇らしいよ!」
頬が熱くなる。私はただ必死だっただけだ。それでも、村人たちの笑顔に胸が震えた。
「リディア」
耳元に届いたカイの声は、いつになく優しい響きを帯びていた。
「……お前がここにいることを、俺は誇りに思う」
その言葉に、涙があふれそうになる。私はただ頷き、パンを守れたことに安堵した。
──辺境の村での暮らしは、ただの逃避ではない。ここで私は確かに生き、誰かの役に立っているのだ。
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